俺は最近、厄介なやつに付きまとわれている。 鬱陶しくて面倒で、しぶといやつだ。 「ひ、よ、し、くん!」 春休みの自主学習期間中に行われる、自由参加の講習。 それを受けようと教室に入り自分の席に座ってふうと一息ついた途端にこれだ。 にやにやと、意地の悪そうな笑顔を表情いっぱいにして、座っている俺の目の前に立ち俺をじっと見る桜花。 「今日も良い天気だね。そして私は今日も日吉くんのことが好きだよ!」 「……はいはい」 「今日が雲一つない快晴だとしたら、私の気持ちも汚れ一つない愛情一色だよ!」 「そーかよ。俺の方は打って変わって憂鬱な土砂降りだがな」 開口一番、さらっと俺への気持ちを告白しやがるこいつ。 普通、会話に困ったときによく出る天気の話題と並列して告白ができるか? 俺だったらできない。というか、多くの人はできない。でもこいつにはできてしまう。 それは何故か。簡単な話だ。 「今日もお前は嘘ばっかりだな」 「えへへー。そんなに褒めないでよ」 「一切褒めてない」 これは俺に対する嫌がらせだからだ。こいつはこうやって毎日俺をからかっている。 本気じゃない。呼吸をするようにこいつは俺に嘘の告白をして面白がってる。 暇さえあればこうして俺の元にやってきて、にこにこ顔で「好きだ」と言う。 もう両耳にタコができてしまったくらいに、だ。 「それでそれで、日吉くんのお返事は?」 「いつも通り、ふざけるな≠セ」 「はい!本日も日吉くんのふざけるな≠「ただきました!」 「(うるさい)」 元気に片腕をピンと伸ばして挙手をして言う桜花はどことなく嬉しそうにも見える。 俺はだるそうに、両手に耳を当てて桜花を無視することにした。これも日常茶飯事。 その俺の行動に気付いた桜花はぷくっと頬を膨らませて俺の両手をはぎ取ろうとする。だが俺の方が力が強いから引きはがせない。ちなみにこれもいつものことだ。 ………桜花がこんな感じで俺に付きまとうようになって、もう3か月ほどになるか。 それまでにもクラスメイトとして普通に仲良く会話をしていた、友達感覚のやつだった桜花。 だが、突然告白をしてきた。改まって呼び出されたとかではなく、途切れた会話の合間に思い出したように言われた。 台詞はシンプルで、「日吉くん、私ね、日吉くんが好き」だったな。 まさかそんなことを言われると思っていなかった俺は、本当に驚いて目を見開いたまま数秒時間が止まっていたと思う。 別に桜花のことは嫌いではない。だが、二つ返事で好きだと返せるほどの気持ちも抱いていなかった。 中途半端に返答をするような不義理なことはしたくない。そう思って自分の正直な気持ちを告げようと思って口を開いた直後、 「好きだよ」 そう桜花は言った。にこにこ顔で。 一瞬面食らった俺だが、この時はまだ俺は照れていた。 すぐに桜花の表情が見られなくて視線を逸らしてまた口を開こうとする。 「………俺は、「好き」 だがそれもまた、桜花の言葉に遮られた。 「好ーきー」 一度ならず。 「好っき」 二度までも。 「好き好き」 何度でも。 「好き好き好き」 この時点で俺の耳にタコができてた。 「好き、やき、好き」 しまいにはゲシュタルト崩壊を起こしたくらいだ。 ……その後だっけか。俺がジト目で、ようやく桜花に「嘘だろ」と言えたのは。 すると桜花は一層笑顔になって、「えへへ」と笑った。 この時分かった。ああ、こいつはそうやって冗談を言って俺をからかっているのだと。 それからだ。桜花の好き好き攻撃が始まったのは。 よほど俺が戸惑った姿が面白かったのだろう。 俺はそれが少し癪で、以来本気に受け止めることはなく嘘だと流すことにした。 どうして桜花がこんなからかい方をするのかは分からない。 今まで冗談を言い合うことはあっても、こうした嘘をしつこく押し付けることはなかったのに。 好き好き攻撃をする以外は、普段の桜花と変わらないから放っておいてはいる。 元々映画や本の趣味も合って、楽しいやつだからな。 「……ったく、最近余計にしつこくなったな。なんだ、春だからか?」 「そんな人を変人扱いしないでよー。でも、明日からもう4月なんだね。早いよね」 「4月にならなくても、桜花の頭の中は年中お花畑だもんな」 「あ、まーた馬鹿にして!」 「先に馬鹿にしてるのはそっちだろ」 人のことを好きだ好きだと毎日馬鹿にしやがって。 それを知ってか知らずか、また桜花は誤魔化すようにえへへと笑う。 「馬鹿にはしてないよー。好きとは思ってるけど」 「はいはい」 「本日二度目のはいはい≠「ただきました!」 「(うざい)」 最近は、俺のあしらい方にも慣れてきたのか桜花もこんな風に返してくる。 まぁ何にせよ、桜花は笑ってるし、どうせそのうち飽きて別の遊びでも見つけるだろうと思って、止めろとは言ってない。 慣れてきた、というのもあるし。 「あ、そうだ日吉くん」 「……なんだよ。嘘の告白ならもう聞かないぞ」 ぽんと思いついたように手を打ち、俺を見る桜花。 俺は頬杖をつきながら桜花を見上げた。 予想では、大袈裟に驚いた感じで「えー!ケチ!」とか言うと思っていたが。 桜花はそんな態度ではなく、穏やかに笑って俺をしばらくじっと見た。 「………桜花?」 不思議に思って桜花の名前を呼ぶと、桜花はわざとらしく目を閉じて満面の笑みを見せた。 「なんでもないよ!日吉くんは、明日の講習も来るのかなーって思って!」 そしていつもの調子でそんなことを言うから、俺も少し安心して口を開く。 「ああ、来るぜ。それがどうしたんだよ」 「えへへ、今日出る宿題、明日日吉くんに見せてもらおうかと思って!」 「自力でやれ馬鹿」 言いながら、しっしと手であっちに行けとジェスチャーをすると、桜花はまた笑いながら「大好きな日吉くんが冷たいー」と言う。 まだ言うか、と若干呆れつつも、この時は講習の教師が入ってきたためにここで会話は終わった。 そして翌日。 また昨日と同じように、俺が席に着くと先に教室にいた桜花が寄ってきた。 今日は生憎の曇りだが、どうせいろいろなことに付け込んで俺に好きだと言ってからかってくるだろう。 そう思って身構えながら桜花を見る。 「おはよう、日吉くん」 「はいは……ん?」 「どしたの?」 昨日同様、嘘の告白から始まると思っていた俺は、「はいはい」とあしらおうとした言葉を途中で止めた。 すると桜花は相変わらずの間抜け面で俺を見た。 「いや……今日は嘘告白から始まらなかったから、拍子抜けしただけだ」 俺は正直に今の気持ちを言う。 別に、待っていたわけではない。ここ3ヶ月ずっと続いていたことが無かったから、驚いただけだ。 「そう?私だっていっつもいっつも言ってるわけじゃないよ?」 「いや、そんなことはないが……」 俺の記憶が正しければ、ほぼ毎日言っていた気がする。 だから俺のあしらい方も日々洗練されていたんだから。 「とにかく、今日さ、講習が終わったら少しだけ時間あるかな?」 「時間?あるにはあるが……」 「そっか!じゃあ、少しだけ時間ちょうだい。話したいことがあるんだ」 そう言って、にこっと何やら意地悪そうに笑う。 また何か企んでいるのか……?そう思いつつも「わかった」と返すと桜花はまた笑って自分の席に戻っていった。 まだ講習が始まるには時間があるのに……って、なんで少し寂しがってるんだ俺は。 別に普通だろう。今まで付きまとわれている時間が長かったからか、感覚が麻痺してるんだな。 ………。 ちらりと目をやる、視線の先の桜花は一人大人しく席に座っている。 友達と話すわけでもなく、予習をするわけでもなく。 ただじっと、そこに座っていた。 ……もしかして何か悩みでもあるのか? それを相談したくて俺に時間をくれと言っているのかもしれない。 まぁ、普段あんな調子の良いやつだが、これも何かの縁だ。 悩みがあるなら、できる限りのアドバイスはしてやろう。 そう思いながら、俺は今日の講習をどこか集中できないまま終えた。 そして講習が終わり、他の生徒も全員教室からいなくなった午後。 桜花はようやく席を立ち、俺の方へと来た。 「ごめんね、残ってもらっちゃって」 眉を下げながら笑う桜花の表情は、いつもと変わらないように見えた。 「別にいい。今日は少し元気が無かったが、悩みでもあるのか?」 俺なりに心配はしている、その気持ちを言葉にして伝えてみた。 すると桜花は少し言いにくそうに目を逸らし、だが何か決意をしたみたいに俺をもう一度見つめた。 「悩みっていうわけじゃないんだけど……」 そして緊張でもしているのか、腹の前あたりで両手を忙しなくこすり合わせたりしている。 やっぱり、今日の桜花はどこか変だ。……まぁ、最近の桜花はいつも変だったが、変のベクトルが今日は違う。 「日吉くん、あのね」 少しだけ改まって、桜花は口を開く。 俺もそれに感化されるように、少しだけ改まって桜花へと向き直して言葉を待つ。 「私、日吉くんのことが好きです」 そして放たれた言葉に、俺は目を見開いて桜花を凝視する。 俺を真っ直ぐ見ず、少し視線を下に向けて、さっきまで忙しなく動かしていた手をぎゅっと握っている桜花。 そんな桜花が言った言葉を理解した数秒後、俺は大きな溜息と共に口を開いた。 「またそれか」 緊張して損した、そう思いながら俺は頭を掻いて桜花を見た。 「今日は随分と凝った嘘の告白だな」 俺は腕を組み、何も言わないでいる桜花を気にすることなく、言葉を続ける。 「朝から様子が変だと思っていたが、それはこの時の為の伏線だったんだな?まんまと騙されるところだったぜ」 もう一度俺は溜息をついた。 「嘘にバリエーションをつけるのは勝手だが、今回俺は本気でお前のことを心配してたんだ。そういう気持ちを弄ぶようなことはするな」 心配していた気持ちは本物だった。 だから、それを利用してこんな風に嘘をつかれたと思うと、俺は怒りというよりは、失望に近い気持ちになった。 人を傷つける嘘はつかない、そんなやつだと思っていたから。 「…………ごめんね」 未だ俺を見ず、俯いてばかりいる桜花は小さく呟くように言った。 俺がこういうことは嫌いだと知っているはずなのに……。 「今日、だけは……」 そんなに怒ってないから、分かってくれればいい。 そう言おうと思った矢先に、桜花はまた小さく言った。 俺は最初聞き取れずに、眉をひそめて桜花に少しだけ顔を近づける。 「桜花?」 そして呼びかけると、桜花はゆっくりと顔を上げて俺を見た。 最近よく見る、嘘をついたあとに「えへへ」と笑う笑顔ではなく。 涙目のまま切なく歪んだ、初めて見る表情で。 「今日だけは、真剣に、日吉くんに思いを伝えたくて……」 「お前……」 ぽろっと瞳から涙が零れる桜花を見て、俺はどうしていいか分からなかった。 どうして泣いているんだ?いつもみたいに、笑って嘘を誤魔化せばいいのに。 「今日の告白が嘘って思われても、仕方ないのは分かってる……」 ずずっと鼻水を啜りながら、桜花は言う。 俺は言葉が出てこなかった。 桜花が何を言いたいのか、よく分からなくて。 「でもね、日吉くん」 一層ひどくなった泣き顔で俺を見る桜花。 「私が嘘をついたのは、今日だけなんだよ……っ」 涙混じりで、ぼろぼろになりつつも、桜花は少し叫ぶように言った。 そうして、くるっと後ろを向いて足早に歩いたと思えば、自分の荷物をひったくるようにして持って教室から出て行った。 俺は追いかけることもできず、難しい顔をしたままその場に立ち尽くした。 「嘘をついたのは、今日だけ……?」 そして桜花が言い捨てた言葉を繰り返し呟いてみる。 桜花が出て行った教室のドアを呆然と見ていると、ふとそのすぐ隣にある黒板に目を向ける。 黒板の隅に書かれている、今日の日付を見て俺ははっと気付いた。 「4月1日……今日は、エイプリルフールか……」 嘘と結びつくに相応しい言葉だった。 エイプリルフール。今日だけは嘘をついても良い日。 そうか。だから桜花は俺に嘘をついたのか。好きだって……。 「ん?でも、待てよ……」 その後、桜花は言った。 嘘をついたのは今日だけだと。 その意味を俺はしばらく真剣に考えてみる。 「っ………!」 まるで、最後のピースがぴったりと埋まったようだった。 桜花が俺に伝えたかったこと。今日も、今までも。 それがようやく分かった気がした。 そうだ。ああ、そうだ、そうだ………。 よくよく思い出してみれば、桜花は一言も嘘≠セとは言ったことは無かった。 俺が勝手に、嘘だと決めつけていたんだ。俺だけが嘘だと思っていた。 初めて桜花の告白を嘘だと言った時も。 桜花は肯定することはなく、誤魔化すように笑っていた。 その後も、ずっと桜花は俺が「嘘だろ」と言う度に笑っていた。 あれが、本当の自分の気持ちを誤魔化すための笑顔だとしたら。 「桜花っ……!」 そのことに気付いたとき、俺は全力で桜花の後を追った。 狼少女の恋愛結論 (怖がりで臆病な彼女がした、最初の告白)(俺が嘘だと決めつけてしまった、震える程真剣で真っ直ぐな気持ち) 2017年エイプリルフール企画の庭球夢です。 企画と言っても、念入りに企画したわけではなく、ふと思い立っただけのものですが……。 嘘≠テーマにした切なめの短編夢です。 最初に断られそうになった彼女は、そうなるのが怖くて日吉くんが思うように嘘≠ノ乗っかったんですね。 しばらく狼少女のままでいた彼女も、でもこのままじゃいけないと思い、エイプリルフールに行動することを決めた。 嘘だと思われることは分かっていたけど、きっかけになってくれることを祈ったんですね。 そうして最後気付いた日吉くんはこのあとヒロインを呼び止めるのですが……。 きっと最後は、彼女は狼少女から脱却できるんじゃないかと思いますよ。 |