夏全盛期、蝉がミンミンと騒いでいる。
風もない、からっとした空気の中、
二人の男女が校庭で佇んでいた。


「ったく、先生もひでぇよなー」
「ほんと……なんで私たちがこんなことまで、」
「これも、桜花が馬鹿だからいけねぇんだよ」
「なっ…岳人だって、私とどっこいじゃん」


向日は片手にホースを持って。
桜花はジョウロを持って。
目の前に広がる花壇を見ていた。


「つーか…いくらなんでも育ちすぎだろ」
「そうよ。きっとこれは伸び伸びと育てなかった岳人への嫌がらせね」
「お前のその発想がすでに嫌がらせだけどな」


向日はそんな桜花の言葉にそう言い、ホースを蛇口にセットした。


「いくら補習組だからって、俺たちだけに花の水やりとか…」
「本当よ。しかも何で私はジョウロなのよ」
「あー、似合ってるぜ」
「何それ、新手の嫌味?」


お互い憎まれ口を叩きながら、花に水をやる。
色鮮やかな花の大群は、水を浴びて心なしか嬉しそうに上を向いている。
葉についている水滴が実に涼しげだ。


「あーー!暑い!あついあつい!」
「ちょっと静かにしてよ!暑いって言うから暑くなるのよ!」


打って変わって、この二人は汗という名の水滴を身体中に浮かべているが。


「ねぇ岳人、それ代えてよ」
「は?無理」
「なによケチ。ちっさい岳人にはジョウロがお似合いよ」
「おまっ…男は身長じゃねぇんだぞ!?」
「ムキにならないでよ、暑苦しい」
「っ……。それもそうだな」


これだけ暑いと喧嘩をする気にもなれない。
向日はそんな感じで、水やりを続けた。


「ねぇ岳人」
「今度はなんだよ」
「凄い汗だね。少し休んだら?」
「あ…でも、いいのか?」
「いいよ。その間私がホースで水まきしてるから」


そう言うと、桜花はジョウロを置いて手を差し出す。
向日は不思議に思いつつ、ホースを渡した。


「つーか、桜花は暑さ大丈夫なのかよ」
「私はまだ平気。暑さには強い方だから」
「そ、そうか…?」


言葉に甘えるように、向日は花壇の煉瓦に腰を下ろした。
そして伸びをする。


「ん〜〜〜〜あー……疲れた」


雲ひとつない、良い天気を恨むかのように空を見た。
それと同時に、絶好のテニス日和だとも思った。
どうせ汗をかくなら、水やりなんかじゃなくてテニスの方がよっぽど清々しいのに、と。
滴る汗を拭いながら、休んでいると、


「岳人、」
「ん?」
「えいっ!」
「!?!?」


急に身体中に降りかかる冷たい水。
熱くなった体温を一気に冷やすかのような冷たさに、驚いて飛びあがった。
そして桜花を見る。


「お、お前なぁ!」
「あはは!岳人、びしょ濡れー!」
「お前の所為だろ!」


その原因はもちろん桜花だ。
ホースの口を潰し、少し上を向け、雨のように細かくなった水の粒を向日に向けていたんだ。
全身にその水を浴びた岳人は腕を払いながら桜花を睨んだ。


「何すんだよ!」
「だって、暑そうだったから。どう?少しは涼しくなったんじゃない?」


大分笑ったのか、少し目に涙を浮かべている桜花。


「よくもやったな!お返しだっ!」


それに反抗してか、向日は濡れたおかっぱを桜花に向けて激しく揺らした。
そして飛ぶ水滴が桜花に向かう。


「きゃっ!冷たっ!」
「はは、どーだ!」
「べ、便利なおかっぱね……もう一回食らえっ!」
「おわっ!ホースとか卑怯だぞ!」


しばらく二人の水のかけ合いが続いた。
それはどんどん二人の間に笑顔を生み、楽しげな雰囲気へと変える。
先程まで暑さで不機嫌だった二人は、楽しそうにはしゃいでいた。


「あはは!もう、岳人しつこすぎ!」
「お前からやってきたんだろー?」


最終的にはお互い水浸しの状態になってしまった。


「はぁ……久しぶりにこんなにはしゃいだなぁ」
「俺もだぜ。テニス部の奴らともこんな馬鹿やんねぇよ」


二人は隣同士、煉瓦に腰を下ろした。


「でも、楽しいね」
「だな。さっきまで暑かったのに、水のせいで涼しいぜ」
「そうだね。………あ、でも、制服こんなに濡れちゃった」


今になって気付いた自分の状態。
このまま帰ったら親に怒られること間違いなしだ。


「だったらよ、」
「ん?」
「この暑さで制服が渇くまで、一緒に居ようぜ」
「………」



向日の言葉に一瞬驚いた桜花だが、


「いいね、それまで楽しい話題、よろしくねっ」






それは勢いのある炭酸の水滴のように。
夏に生まれた、
これから始まる、

弾けるような恋の予感。





サイダー的恋愛開始
(ただの補習仲間から、恋の相手へと発展した夏)




なんか、なんか……中学生!!!というような恋愛が書きたかったんです…。
岳人くんだと、そんな恋愛が書けると思って。
書いている途中、「これだよ!これこそ中学生だよ!」と思ってました。
中学生の頃は、こうやって遊んでいるだけでも恋愛に発展してしまいますからね。
楽しそうな二人が書けてよかったです^^