「芥川くん、起きてー」
「んぁ…?」
「あ、起きた!ねぇねぇ、このお菓子あげる!」
「私のももらって!」
「え……いいの…?」


私は、遠くでジローが女の子にお菓子をもらっているのを見つめた。
ジローはまだ寝ぼけ眼で女の子たちからもらったお菓子を鞄の中にしまって、また眠った。
私はその様子を、不機嫌というか…切ない気持で見ていた。


「……おい、言ってこなくていいのか?」
「ん?何が?」
「何がって……お前、ジローの彼女だろ」


私のその表情に気付いたのか、近くにいた宍戸が声をかけてきた。
私は口を閉じる。
確かに、私はジローの彼女。
付き合ってまだ数週間と短いけど……。
それでも、私はジローのことが大好き。


「あいつ、いっつも寝ぼけてるからな…。でも、お前の言葉なら聞くんじゃねぇか?」
「そんなことないよ。ジローは、寝るのが大好きだし」
「だけど…」
「いいの。私、そんなジローが好きだから」


そう言うと、宍戸はそれ以上何も言えなかったのか、「そうか」と言って傍を離れた。
また……強がりを言ってしまった。
少しの溜息をつきながら、ジローを見つめる。
………。
本当は、お菓子を渡す女の子たちに嫉妬しているわけじゃない。
ジローに、それを突き返してほしいとか……彼女がいるからだめとか、言ってほしいとも思ってる。
だけど、言えない。言えないよ…。
ジローのことだもん。私がとやかく言える権利なんてない。
彼女だからって。
ジローの気持ちを無視して、そんな自分勝手なこと言えない……。

そんなことを考えながら、昼休みになるのを待った。





「お腹空いたC〜」
「もう…ご飯食べる時くらい、ちゃんと起きててね?」
「大丈夫!俺、桜花とお昼一緒に食べるこの時間好きだもん」


付き合ってから、私たちは二人きりでご飯を食べるのが日課となった。
初めは私が気恥ずかしくてジローが寝ちゃったりしたけど…。
日を重ねるごとに、この時間の大切さが分かって、こうやって笑顔で食べ合うことができる。
私も、ジローと二人きりになれるこの時間が好き。


「あっそうだ!今日、デザートに苺があるんだC〜」
「え、そうなの?」
「うん。桜花は、苺好き?」
「す…好きだけど…」


そう答えると、ジローはにかっと笑顔になって、


「じゃあ、はい!あーん!」
「えっ…」
「いっこあげるよ。ちゃんとヘタも取ったから大丈夫だよ?」
「う、うん…」


ジローは何の遠慮もなく、苺を私の口元に差し出してきた。
突然のことに意表を突かれながらも、私は口を開ける。
そしてゆっくり口の中に入ってきた苺をかじる。


「どう?おいC?」
「うん……甘くておいしい」
「よかった」


恥ずかしさを紛らわすために、そんな普通の感想が口から出てくる。
それでも、ジローは嬉しかったらしく微笑んだ。
こんなことは初めてで、嬉しかったけど……。
今日は朝からあんな光景を見てしまったから、素直に喜べない。



「……桜花、どうしたの?」
「えっ」
「なんだか、暗い顔してる」
「っな、何でもないよ!」


ジローが私の顔を覗きこみ、私は気持ちを悟られないように少しジローから遠ざかった。
それをさらに不審に思ったジローは、


「む…。桜花、なんか俺に隠してるでしょ?」
「ほ…本当に、何でもないよ…」
「嘘だぁ。何でもなかったら、そんな悲しそうな顔しないよ」
「………っ」


ジローの優しい言葉が私の心に残る。
それでも、私は口を開かなかった。
するとジローは近づけていた顔を元の位置に戻し、


「……ぶう。俺には、言えない事?」


不機嫌そうに、悲しそうに、口を尖らした。
私はジローにそんな顔をさせてしまったと思うと、急に苦しくなってきた。
ジローには笑ってて欲しい。
そんな悲しい顔しないで欲しい。
自分の心の中の気持ちとは裏腹に、ジローは何も言わない私に表情を暗くするばかり。
それに耐えられなくなって、私はつい話を切り出した。


「ご、めんね……ジロー…」
「?」
「私……今まで、嫉妬…してた」


ぽつぽつと言葉を繰り出すと、ジローの表情は先程と打って変わって、疑問符を浮かべていた。


「嫉妬?」
「うん…。こんなこと言うと、ジローの迷惑かと思って…言わなかったけど……」


ジローは私のものじゃない。
だから、思い通りになるわけがない。
……そんなの当たり前のことだから。


「今朝……女の子たちから、お菓子もらってたこと…見てて……」
「…ああ、あれかぁ」


ジローは覚えているのか、左手で頭を掻いた。
そして苦笑しながら、


「でも、寝ぼけてて誰から貰ったか覚えてないけどね〜」


そう言った。
ジローにとっては、「そんなこと」かもしれないけど。
私にとっては大きな嫉妬心へとつながる。
私とジローは、恋人なのに。
周囲に認めてもらえないのか。
ジローは、そのことを分かってくれているのか。
不安で不安で、仕方なかった。


「……私は、それに…嫉妬してたの…」
「……え、」
「ごめんね…。抑えようと思っても、うまくいかなくて…今朝のことが、頭から離れなくて……」


言いながら、少し泣きそうになる。
でもここで泣いたら、それこそ迷惑になると思って堪えた。
そして、ジローはしばらく黙っていたと思うと、急に口を開き、


「それが…、桜花の心を苦しめていた原因?」
「………」


優しくそう言った。
私はその言葉に小さく頷く。


「桜花、その気持ち、俺に全部ぶつけてくれてもよかったんだよ?」
「えっ…?」
「俺は、桜花のこと本当に好きだから。桜花の気持ちなら何でも聞きたい



返ってきた言葉は予想もできない内容だった。
まさか、ジローがそんなことを言うなんて。


「桜花を傷つけちゃうのなら、俺はあのお菓子全部女の子たちに返してきてもいい。食べずに、捨てちゃってもいい」
「っそれは…」
「それくらい、俺は桜花の笑顔が好きなんだよ」
「…ジロー……」


名前を呟きながら、私の瞳から涙が零れた。
我慢していたのに……。
そして、同時にジローに抱き締められた。


「俺が謝らないといけないよ。ごめんね。桜花の気持ちに気付けなくて」
「っううん……」
「俺の態度が、君の心を不安にさせていたんだね」


ジローの腕の中は、あたたかかった。
抱き締められながら、頭を撫でられて……私はその心地よさに、再び涙を零した。


「ジロー…ごめん、大好き……」
「俺もだよ。……それともう一つ、俺は謝らないといけないことがあるんだ」


ジローの柔らかい声が、耳元で聞こえる。
私も静かに頷いた。


「今の、桜花が嫉妬したって聞いて……一瞬、すごく嬉しくなっちゃった」
「えっ…?」
「不謹慎なんだけどね、桜花が俺の事をこんなに想ってくれたって分かって……安心した」
「ジロー…」
「だからね、桜花も安心して。ううん…安心するまで、何度も言ってあげる。俺は、桜花の事が大好きです、って」


その言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。
そして無性に……大好きだと叫びたくなった。


「桜花、大好き」
「うんっ…」
「世界で一番好き」


ジローが耳元で囁いてくれる言葉に、私は何度目かの涙を流しながら、


「私も、ジローのこと、一番大好き…」


そう、同じように呟いた。





君に言えないこと、伝えたいこと
(これからは、何でも言い合える恋人になっていこうね)