※悲恋 「あー……。なんで俺がジロー起こしにいかなあかんのや」 俺は文句を言いながら校舎をぶらつく。 既に部室付近や中庭は探し終えた。 「こーゆーんは、樺地の仕事ちゃうんか…」 樺地が委員会で遅れるからって、何で俺なんや。 一番近くに居たからか。 不条理やなぁ……。 「残るは屋上……。まぁ、あそこなら確実に居るやろ」 そう思って、屋上への階段を一歩ずつ確実に上って行く。 ドアを開けると……あぁ、今日は雲が多いな。 少し淀んだ空が俺を迎えた。 「お、ジロー……」 探す前に視界に入ったジローに目にやった。 だが、そこには何時もと違う雰囲気のジロー。 何や、寝てなかったんか? 「……ジロー?」 虚ろな目で地面を見ていたジローに近寄る。 どうしたんや? しゃがんでジローにもう一回声をかけると、ジローの目から涙が一気に溢れた。 「!ジロー、……?」 どうしたのか聞く前に、俺はあることに気づいた。 ジローの口が微かに動いている。 微妙だったが声も聞こえた。 「………?」 俺は耳を澄まして言葉を拾う。 「………なんで、こう……なるんだろ……ね、おしたり……」 ジローがふと眼を俺に向け、聞いてきた。 その声は震えていた。 「……自分、何があったんや…?」 俺は心配そうな顔をして聞いた。 すると、ジローはとんでもないことを言った。 「俺、………桜花に、ばいばい言っちゃったんだ……」 とても切なそうな顔で、哀しそうに呟いた。 俺は、一瞬ジローが何を言ったのか判らんかった。 桜花にばいばいを言った? それって……別れた、っちゅーことか……? 「……なんでや?ジロー……あんなに、桜花のこと好きやったやん」 言った、てことは自分から別れを持ち出したことやろ? ジローと桜花と言えば、学校でも結構有名なバカップル。 俺らも、からかっては羨ましいとさえも思っていたのに。 それほど、二人はお互いを好き合ってたのに。 なんで……。 「……桜花を、嫌いになったんか…?」 「………違うよ。俺は、今でも桜花が大好きだよ……桜花を、愛してる……」 言っていることは本当なんやと思う。 言いながらまだ涙がぼろぼろとジローの頬を濡らしてるからな。 「せやったら、何で……」 俺もわけが判らなくなり、少し眉根が寄った。 すると、ジローは哀切に微笑み、 「………怖かったんだ」 まるで、どこまでも広がっている空に語りかけるように言った。 「……怖い?」 「うん……。俺、桜花のことが凄く大好きで……大好きで、大好きで……大事だったんだ」 眉を八の字にして、無力さが判る表情で告げる。 ……その気持ちは、見たら判るよ。 ジローは……俺でも尊敬するくらい、一途やもんな…。 「だから……ずっと、怖かったんだ。いつか、桜花が離れてくんじゃないかって……」 離れてく……。 どうして、そう思うんや? 桜花とジローは一緒に居ることが多かったやん……。 俺が、その思いを聞くと、 「一緒に居たからだよ……。だから、もし桜花が居なくなったら…って考えると……寂しくて…」 俺は、ジローの抑揚のあまり感じられない声を黙って聞いた。 何時の間にか、俺も真剣になっていた。 「……そんな不安が、最近凄く大きくなってて……これだったら、居なくなっちゃう前に……さよらなを言えばいいんだって、思った」 ……それが、別れた理由か…。 「………桜花は?」 「……驚いてたよ。でも…『何で?』『どうして?』って言い出すわけでもなく……ただ、困ったように笑って、『判った』って……『ジローがそう言うなら』って………」 言いながら、ジローは更に涙を流す。 その姿は、普段のジローからは感じられない哀愁が漂う。 「その時…本当は、後悔……だったのかな、居なくなる寂しさを考えるより、ずっと……寂しくて、悲しかった……」 失って気付いた……本当の愛、か。 それでもジローは、桜花とヨリを戻すことは無いんやな。 「なんでだろう……っ。これで、良かったはずなのに……!」 涙で鼻声になりながらも、喉から絞り出すように声を出す。 拳が握られているのも判った。 「なんで……こんなに、辛いんだろうね……忍足、」 俺に聞いてきたけど、俺は何も言えなかった。 何を言っても……今はジローを傷つけることになってしまうやろ。 俺にできるんは、ただ……願うだけや。 いつか、ジローにホンマの愛を教えてやって……。 そしてジローも愛し方を覚えて。 そんな二人の愛を安心して見守れる……そんな、運命的な相手が見つかることを。 今はまだ、未熟なこの子に。 本当の愛し方も知る前に (これもまた、愛し方を知る術となれば)(俺は何も言わない) |