それは
何の前触れも無い
出逢いからだった。





「あーもう……っ、こんな時に生徒会なんて……」


放課後、ほとんどの人が部活やら何やらで教室や廊下には人が居ない状態。
私は所々教室の時計を見ながら走っていた。

私は生徒会に所属している。
そして今日、その集まりがあるのだが、運悪く先生に捕まってしまい只今開始3分前。
私の教室から生徒会室は階段を上り下りしないと行けないところにあるからかなりキツい。


「はぁっ……やば、後2分もないよ……、」


チラ、と通りすがった時計を見て呟いた。
その時だった。
彼に出逢ったのは。
私は気付かなかったが、私の前にはプリントを運んでいる男子が居た。
それに気付くのが遅れ、私はその人とぶつかってしまったんだ。


「きゃっ!」
「っ、」


バタン、とぶつかる音がしたと思ったら、彼の持っていたプリントがヒラヒラと宙を舞った。


「ご、ごめんなさい!」
「って……」


お互いに尻もちをついてしまった私と相手は地面に手をつく。


「あのっ…本当にごめんなさい!前、見てなくてっ……」


本当に申し訳なく思って、相手の顔を見れずに謝る。
だが、相手は何か言う気配はない。


「………?」


おかしく思い、おずおずと彼を見てみると、彼は私の顔をじっと見ていた。


「えっ、あ……日吉くん、」


その人は同じクラスの日吉くんだった。
今年初めて同じクラスになったから、喋ったことなんて無いけど……。
改めて謝ろうと思うと、日吉くんは私の頬にそっと手を触れた。


「っ!ひ、ひよしく……」
「お前……頬、切れてるぞ」
「えっ……」


傷に触れないように、日吉くんは傷の場所を教えてくれた。
全然痛くない……。
逆に、私の心臓が有り得ない早さで動いていた。


「あ、本当だ……」


自分の手でその傷に触れると、手が湿る感触がして、赤い液体がついた。


「……プリントで切ったんだな」


日吉くんは落ちたプリントを見つめた。
私はどうしていいか分からず、とりあえず血を拭こうとハンカチを取り出そうとするが、


「動くな。…血が止まってない」


その行動は日吉くんの言葉で止められた。
確かに、血が頬を伝うのが判る。
動けなくなった私に日吉くんは自分のハンカチを取り出して、


「少し痛いかもしれないが……。目、閉じてろ」
「あ、うん……」


さっきみたいに優しく私の頬に触れ、触れるようにして血を拭き取ってくれた。
目を閉じている間が何だか恥ずかしくて自分の心臓の音しか聞こえなかった。


「……とりあえず、このハンカチで押さえておけ」
「あ、ありがと…」


私は日吉くんのハンカチで傷口を押さえた。
ハンカチのふんわりとした感触が伝わる。
そして、気づいた。


「っあ…!生徒会……、」


時間はとっくに予定の時間を過ぎていた。
私は間に合わないと確信し、がっくりと肩を下ろす。


「…あぁ、そういえばお前生徒会だったな」


私の様子に気付き、日吉くんも一瞬時計を見た。


「まぁ、理由なら俺が跡部さんに行ってやるよ。お前は保健室で手当て受けて帰れ」
「え……、日吉くん、跡部先輩のこと……」
「…知らなかったか?部活の先輩だ」
「あ……」


そういえば、跡部先輩も日吉くんもテニス部……。


「早く行かないと、傷が広がるぞ」
「あっ……。日吉くん、ありがと」
「……別にいい」


ぷい、と目を逸らした日吉くん。
その後、少しプリントを拾うのを手伝ってから保健室に行った。





次の日。また完全に傷が塞がってないので頬にガーゼをして学校に登校した。
大事に、昨日渡された日吉くんのハンカチを持って。


「………あれ、日吉くんは…?」


教室に着いても、日吉くんの姿は見えなかった。
近くに居た友達が教えてくれたけど、テニス部は朝練があるんだね。
私は後で渡せばいいと思って朝は諦めた。
でも、午前の授業から午後の授業が終わるまでも全く声をかけられなかった。


「(……話しかけたいのに、)」


どうしても、その勇気が出なかった。
元々、男子とは話す方ではないが、いざという時は普通に話せる。
でも、今回は全然違う。
いざという時なのに……心臓のバクバクが止まらなくて、一歩を踏み出すこともできない。
同じ教室内なのに……、
どうしてこんなにも遠く思えるんだろう。

結局放課後になるまで渡せなかった。


「ど、どうしよう……」


放課後で人が居なくなったのはいいけど……日吉くんの姿も見えない。
もしかして、部活に行っちゃった……?
特に当てもなく、フラフラと日吉くんを探していると、


「……おい、桜花」


後ろから声がした。
それは、私が求めていた声。


「あ、日吉くん……」


見つけた。
嬉しさからか……心臓が一瞬跳ね上がった。


「ひ、日吉くん、これ!」


私は日吉くんの目の前に綺麗に洗った、昨日のハンカチを渡した。
突然だから日吉くんは一瞬驚いたみたいだった。


「……別に、返さなくてもいいんだが」
「そ、そういうわけにはいかないよ……」


日吉くんは私からハンカチを受け取った。
その時、ふと手が触れてしまったから私はハンカチが無くなると同時に手を引っ込めた。
日吉くんの手が触れた部分がもの凄い熱を持っている。
一体、どうしちゃったの……私。


「そうか……これを俺に渡す為に、あんな挙動不審な行動してたのか」
「きょ、挙動不審って……」


私、そんなに変だったかな…?


「あれだとまた、誰かとぶつかるぞ」
「っそ、そんなことないもん……」


日吉くんの顔を見て言い返した私を、日吉くんは面白そうに笑った。
私は何故笑っているのか分からない。
でも、何だかその顔を見てると……顔が熱くなる。


「な、なんでそんなに笑うのよ……」
「お前……面白いな」
「っえ……」
「ガーゼ、取れかけてる」



なっ……!
そ、それで笑ったの……?


「ひ、ひどい…」
「直してやるよ。ほら、」


一瞬にして日吉くんの顔が目の前にきた。
私はう、と後ずさる。
びっくりというか、恥ずかしいというか……。
日吉くんの手が、私の頬に触れていることが理解できなかった。


「あ、りがと……」


日吉くんの手が離れたから、貼ってくれたんだろう。
私はお礼を言う。


「……桜花、」
「な、なに……?」
「お前、顔真っ赤だぞ?」
「っ……」


そう言われると、何だか余計に顔が熱くなる。
そして、胸の鼓動も早くなって……心臓が破裂しそうだった。


「また赤くなった。……お前、ほんと面白いな」


そんな私の気持ちを知ってか知らずか、日吉くんはまた笑う。
ああ、限界です。
これ以上貴方と居たら、心臓がもちません。


「っ……じ、じゃあね!」


耐え切れなくなって私は目を固く閉じてその場から離れた。
日吉くんがそんな私の姿を見て、どんな顔をしたかは判らないけど。
今は自分のことで精一杯だった。


「っもう……、だめ……」


急いで日吉くんから離れなきゃ。
あのまま一緒に居ると、おかしくなる。

……あのまま、日吉くんと話してたら、



「……っ何で、こんなにドキドキするの……?」


きっと私は、


「はぁ……止まって、」





日吉くんに、殺される。





きっと貴方は、私を殺せる
(これが、恋なら)(人間は……きっと、恥と恋で死ねる)