「ちょっと、今日は屋上来てくれない?」
「………」


私はその呼び出しを受けた。
何故、こんなことになっているかは誰もが分かる。
私が学園一の有名人、跡部景吾と付き合っているから。
たったそれだけで私は適度に呼び出される。
決して跡部に不自然がられないよう、適度に。
そこは取り巻きたちも頭がいいらしい。
それに、跡部はクラスも違うから見えるところで違和感はない。
気づいてくれないからと言って、跡部を責める気なんてさらさらない。
私は覚悟は決めていたから。
こうなることを知って、跡部と付き合っているから。
じゃないと、あいつの彼女なんて勤まらないでしょ?
……はぁ、今日は日差しが強いから屋上は嫌なんだけどなぁ……。
前回は校舎裏で、影で涼しかったのに。


「お、桜花」
「跡部……」


こんな時に……。
でも、会ってしまったのなら仕方ない。


「どうしたの?今日は生徒会?」
「いや、今日は無い。それより、部活、見にくるか?」


跡部は何かと言うと私を部活に誘ってくれる。
私は特に部活も入ってないし、委員会もない。
それでも帰りは送ってくれるっていうから、待ち時間が暇なのを気遣って、こう誘ってくれる。


「ごめん。今日は行けない。用事あるから、先に帰るね」
「そうか……。分かった。じゃあ、またな」
「うん」


本当はここで無理矢理部活に連れてって欲しい、とか。
何かあったのかって聞いてほしい、とか。
思ってる。
でも、そんなことは言わない。
跡部に迷惑をかけるのだけは嫌だから。
私は跡部の後ろ姿をしばらく見送ると、反対方向の屋上へと向かった。


「……来たわね」
「ええ。今更逃げる気なんてないから」


ここに来てされることはワンパターン。
散々罵倒されて、暴力。
見えないところに傷をつけるのがコツらしい。


「さっさと跡部様と別れてよ」
「邪魔なのよ。あんたなんか跡部様に釣り合ってないし」


突き飛ばされたと思うと思い切り見下し視線で私を睨みつける。
醜い…。そう思ってしまう。
反抗する気もないし、抵抗する気もない。
こんな奴ら相手にしてると疲れる。
無駄に疲れるのはごめんだ。

暴力は最終下校間近まで今日は続いた。
さっき跡部と喋ってたのを知っているみたい。
腹や腕を蹴られ、気が済んだところで終わる。
その頃にはもうチャイムが鳴っていた。


「はぁ…はぁ……もう、絶対に跡部様に近づかないでよ」


終わる頃には相手も私も息切れ。
そんなになるまで蹴る必要もないと思うけど。
言い捨てて、彼女たちは屋上を降りて行った。


「………」


下校するのは皆早いから、もう学校には数人しか残ってないだろう。
私はゆっくりと体を起こして歩きだした。


「っ………」


階段を降りている途中で、蹴られた足首が痛み出す。
思わず足を止めた。
だが、こうしていても痛みは治らない。
それを知っているから私は歩く。
立ち止まってるくらいなら、前に進んだ方がいい。


「……、」


階段を降り切り、壁伝いに腹部を押さえながら玄関を目指す。
校舎は静かだ。
誰の話声も聞こえない。
自分の荒れた呼吸だけが木霊した。
いつものこと。
このまま一人で家に帰って、自分で絆創膏を貼って……。

そんなことを考えていると、


「桜花……?」
「!!」


後ろから聞き覚えのある声。
私はすっと背筋を伸ばして両手を体の横に直す。


「やっぱり、桜花か……」


跡部は小走りで私を追い抜いて前に立つ。
私は腹部の痛みを我慢して上を見上げた。


「跡部……どうして…部活、終わってたんじゃ、」
「教室に忘れ物したんだよ…。それより、お前先に帰ったんじゃねぇのか?」
「………」


私は理由が思いつかなかった。
何を言ったら納得してくれるだろうか。
何を言ったら上手く誤魔化せるだろうか。
そんな事を考えていると、急に頭痛がして倒れそうになった。


「!!桜花!」
「っ……」


体を支えようとする跡部の手を私は叩いた。


「………」
「大丈夫だから……ちょっと、貧血……」
「くだらねぇ嘘ついてんじゃねえ」
「っ!」


いきなり跡部は私をお姫様抱っこした。
急なことに一瞬思考回路が止まったが、目の前にある跡部の顔の真剣さに抵抗できなかった。
そして跡部は歩き出す。


「いつからだ」
「っえ……?」
「いつからだ、って言ってんだよ」


ああ、もうこの人は気づいてる。
私の置かれている状況を。


「……付き合い始めてから、すぐ…」
「何で言わなかった」
「…………迷惑、……かけたくなかった、」
「迷惑?俺が、彼女の身も守れないような男に見えるのか?」
「ち、がう……ただ、」


これで泣いたら、跡部が困るんじゃないかって。
こんな……分かり切っていること。
跡部に、見捨てられるんじゃないかって……怖かった。


「お前、勝手に強がってんじゃねぇよ」
「っ……」
「こんなに震えてるくせに、何が迷惑かけたくない、だよ」


跡部の言い方はきついけど、かなり心配してくれている。
それが何だか嬉しかった。
今まで想像だけで行動できなかった助けてほしい≠フ気持ち。
跡部は気づいてくれた……。
気づいたら泣いていた。
その泣き声はどんどん大きくなる。


「……俺はっ、…お前が大事なんだよ……。ちゃんと守らせろ」
「っう……あ、とべぇ……」


跡部はそっと額にキスをしてくれた。
まるで夢のような空間だった。
そして、今まで跡部に頼らなかったことを後悔した。
嬉しくて、幸せで、少し悔しくて。


私は跡部の腕の中で泣き続けた。





彼の前で初めて泣いた
(泣いた、というより、泣けた。安心して、泣けた)