※悲恋



知っていた。
知っていて、お前に恋をした。




「………桜花」


名前を呼ぶと、愛らしい微笑を見せる。
その表情が好きなんだ。
だが、それも……

今日で終わりだ。


「今日、部活は休みだ。……少し、話さないか?」
「……うん、いいよ」


一瞬、桜花の顔が哀しそうになったのを、俺は気付かぬふりをした。
今、この一時くらい。
ゆっくり桜花と話をしたい。


「……最近、肌寒くなってきたが、身体は大丈夫か?」


と言っても、俺たち二人一緒に居て、話すことはあまりない。
学校のこと、部活のこと。
どれも話題にはならなかった。


「大丈夫だよ。ほら、ちゃんとセーターも着てるし……」


にこりと微笑む桜花は、すごく愛らしい。
ずっと傍にいたい。
でも、
できない。


「桜花、」
「わかってるよ」
「……!」


そろそろ話題を切り出そうとした時、桜花の一言によって遮られた。


「……景吾は、そんなこと話しに来たんじゃないよね」
「………」


眉をハの字にして、俺を見つめる。
そんな瞳が俺の心を重く締めつけた。


「………私だって、馬鹿じゃないよ。ちゃんと、景吾の気持ちにも気付いているし、……理解しようとしてる」


その澄んだ瞳を濁すように涙を滲ませ、俺を捕らえる。

……やめてくれ。
そんな瞳で俺を見て、
俺の決心を揺るがさないでくれ……!
俺は、


「桜花……」


お前に、


「俺たち、……………別れよう」





さようならを言いに来たんだ。





桜花は動揺の色を見せず、俺の言葉をしっかり聞いていた。
俺の決心を焼き付けるように。


「………いつか、景吾からそんな話をされるって、思ってた」


桜花は切なそうに目を細め、顔を伏せた。
……俺だって、本当は嫌だ。
ずっとずっと桜花の傍に居て、いっぱい話したい。
楽しい話をたくさん……。
だけど、
俺じゃだめなんだ。


「………悪い、桜花…」


俺が、桜花が虐められる原因を作ってしまっているから。
俺の傍にいるから、桜花は虐められる。
俺の存在のせいで桜花が傷つくなら……この選択は、しょうがないことだと思った。


「……謝らないで。……景吾は、私のことを想ってくれてるんだよね……?」


桜花の言葉に頷く。
そう。
これは、桜花を想っての決断……。


「そう……だよね?……ねぇ、景吾」
「…ん?」
「私を……抱き締めて」


そう言って、桜花は俺の顔を見上げた。
その瞳には……もう涙が溢れていた。
俺は衝動的に桜花を抱き締めた。


「……っ景、吾……痛いよ……」
「悪いっ……でも、今だけ……」


今だけでいい。
あとは我慢する。
……お前を感じていたい。


「………俺は、お前を守ってやれなかった……」
「……やめてよ、そういう事言うの……。反則、だよ……」


桜花が俺の服を強く握る。
微かに、その手は震えていた。


「……好きだ……桜花……」
「………」
「……お前を、離したくはない…」
「………」
「だが、そうしなきゃいけない……」
「………」
「………今度は、俺以外の誰かに……」
「景吾」
「………?」
「他の男の話なんてっ……今、しないで……っ」


桜花はすがりつくように、俺を強く抱き締めた。
ああ、
俺はどこまで、桜花の気持ちを考えてやれないんだ。


「やだよ……っや……そんな、話っ……」


桜花を守ってやれるのは、本当は俺だけなのに。
桜花が傷つくのを恐れて…何もできない。
俺は弱い男だ。


「………桜花…」


桜花は、今まで我慢してきたものを吐き出すかのように泣きだした。
もう、戻ることはできない。
俺たちは、知っていて、この恋を始めたんだ。


「愛してる………」




いつか遠い日、
また俺たちが巡り逢い、
同じように恋をして、
愛し合い、
幸福な日々を過ごすことができる、

そんな日を、
今はただ……待っていよう――――





この恋の終わりははじめから見えていた
(それでも愛さずにはいられなかった……お前を、本気で好きになったから、)