私には一人の幼馴染がいる。


「おーい桜花!一緒に帰ろうぜ」


それがこの宍戸亮。
幼稚舎から中学まで同じ。
しかも親は仲良しだし学校以外でも会うことは多々あった。
テニス一筋の努力家。
照れ屋だけど、頼りになる幼馴染。
そんな亮のことは何でも知ってるつもりだった。
何でも分かってるつもりだった。

……鈍感なあいつの気持ち以外は。


「今日よ、忍足と岳人の二人とダブルスで勝ったぜ!」


嬉しそうな顔で私に言ってくる。
私は子供の自慢話を聞く母親か……。
それでも、その顔を見ると私も嬉しくなるのは事実なんだけど。


「見てたよ。鳳くんも頑張ってたよね」
「ああ。あいつには世話んなったしな」


私は女テニ部員だけど、今日は少しだけ休みをもらって亮の試合を見に行った。
前日、亮にも試合のこと聞いてたし、応援でもしようと思って。
今日の試合は普通の試合じゃない。
亮が髪を切って、鳳くんとダブルスを組んで…榊先生に正レギュとして認められて初めての、ダブルスの試合。
これを見逃すわけにはいかなかった。


「よく頑張ってたじゃん」
「だろ?あーっ、今日はマジですっきりしてるぜー」


ぐっと伸びをする亮。
その姿を、私は微笑ましく思いながら見つめた。


「あとは、次の青学との試合に勝つだけだな!」
「そうだね。その日は応援に行くから、頑張ってよね?」
「もちろんだろ!関東大会で優勝を決めるのは、俺ら氷帝だかんな」


にっと笑顔を見せる亮。
その無邪気な顔に、私の心臓はまた高鳴る。
ああ、やっぱり私、亮のこと好きだなぁ。
でも…私は少し不安があった。
小さい頃から亮との関係はこんな感じだった。
仲が良くて、ずっと登下校は亮と一緒にするくらい。
……それが、逆に不安だった。
普通、このくらいの年になると…お互いを意識して友達≠ネんていう関係にはなれないって思ってた。
だけど亮は違う。
今みたいに、私の顔を見て笑ってくれる。
……私は、友達以上の対象として見られていないのか。
意識なんてできる相手ではないのか。

私はこんなにも亮のことを好きでいるのに。


「もちろん、桜花も応援にくるだろ?」
「……うん。当たり前じゃない」


この関係は嫌いじゃない。
むしろ、このままがいい。
……でも、これ以上になれないと思うと、
切なくなる。
だって…
その笑顔は友達≠ノ向けているものでしょう?
私は、今自分の考えていることを振り払うかのように、首を振った。


「今でも、亮の事応援してくれてる人たくさん居るんだから、ちゃんと勝たないとね」
「はは、そうかは分かんねーけど、負ける気はないぜ」
「ふふっ、亮らしいね。私も応援してるから」


さり気なくアピール。
……って言っても、もう応援するのが幼馴染として普通になってるからあまり効果はないんだけど。


「おう。……でもよ、そう俺のことばっか応援してたら誤解されるから止めとけよ?」
「………え?」


一瞬、私は言葉に詰まった。
誤解って……。
ああ、もしかしてファンクラブの子たちのことかな?


「それなら、」
「ちゃんと自分からアピールしといた方がいいぜ。跡部にはな」
「………?」


跡部?
なんでそこで跡部が出てくるの?
すると、亮は何かを知ってるような顔をして、


「だってお前、男テニで跡部が部長になってからテニス部に入ったし、気になってんだろ?」
「……っそれは、」
「じゃなきゃ、お前がテニス部に入る理由なんてねーよな」


違うよ。
私がテニス部に入ったのに、跡部のことなんか関係ない。
私は……ずっと亮を見てきて……。


「あいつ、昔からあんな性格なのに人気だからなぁ。俺、応援してるからな」


「応援してる」

その言葉が、私の心にひどく残った。
……亮が好きだと気付いて、数年。
その数年が、その一言で全て泡のように消えてしまったみたいに。
無駄だったと告げられたみたいに。
悲しくなってきた。
私は思わず立ち止った。


「桜花?」
「………やっぱり、だめだったのかなぁ」


私は泣きたいのを堪えて、呟く。
亮は少し心配しているみたいで私の顔を覗く。
私の高望みだったのかもしれない。
幼馴染から彼女へなんて……。
自分の想いに、いつか、どんなに鈍い彼でも、気付いてくれるって……。


「っ……亮、鈍すぎだよ…」
「……え、」
「私がテニス部に入ったのは、跡部のことを知ったからじゃない……」


私がテニスに興味を持ったのは、

「桜花知ってるか?テニス部に変な奴が入ってきたんだって」
「そいつすっげー生意気のくせに、すっげーテニス強ぇんだよ」
「でもいつか、俺が倒してやるけどな!」


その時の、亮の楽しそうな笑顔を見たからだよ。
亮がそこまで言うなんて。
そんなにテニスにこだわりを持つなんて。
……だから、私も亮みたいになりたい、亮と同じ気持ちになってみたいと思って。
テニス部に入ったのに……。


「それなのに……亮、全然分かってないよ……私の気持ち。ばか…っ」


堪えてた涙は、ぽつりと私の頬に落ちてしまった。
私に、亮を責めることができないのはもちろん分かってる。
でも……そうしないと、気持ちを抑えられなくなりそうだったから。
そこまで言うと、亮も一つの疑問を浮かべたらしく、


「桜花……まさか、俺のこと…」
「………そうだよ、ずっとずっと、私が好きなのは亮だけだよ……」


ここまで言わないと分からないのは亮らしい。
思わず自分の想いを吐き出した。
迷惑かもしれない。
もうあの関係には戻れないかもしれない。
それでも、このまま誤解され続けて、亮の傍に居るなんて無理だから。


「っな……そんな、嘘だろ…」
「…亮に、そんな気持ちがないのは分かってる。だけど、誤解されるのは嫌……」
「違えよ」


私がそう言うと、亮は少し真剣な顔をして否定した。
私は涙で揺れた視界のまま、亮の顔を見た。


「……俺だって、ずっと桜花のこと好きだった…」
「っえ…?」


亮の口から出たのは、私には想像のできないような言葉だった。
だってそんな、あり得ない。
亮が私のことを好き……?


「っだから、今まで自分に言い聞かせてたんだ……。桜花は跡部の事が好きなんだ≠チて…」
「ど、どうして…」
「……俺達、ずっと昔から一緒だったから…好き≠ネんて気持ち…持ってもらえる自信なかったんだ」


亮の考えていることは、私と同じだった。
……もしかして、亮は今までその考えがあったから、普通を装ってくれてたの…?


「桜花が跡部のこと好きだって思ってたら、自分の気持ちに、諦めがつくと思っててよ……」
「亮……」
「なのに、お前はずっと俺のこと応援してくれてるし……っだめなんだよ、お前のこと諦めるなんて…できなかった」
「そんな…私、知らなかった……」
「そりゃあ、俺だって、この関係崩すのは嫌だったから、いつみたいに接してたしな」


切なそうに、亮は笑った。
その顔を見ると……無性に亮の事を抱きしめたくなった。
今までそんな想いにさせてごめん。
と、好きになってくれてありがとう、を。



「……桜花、さっきはあんなこと言って悪かった…」
「…うん、」
「俺の気持ちはさっき言った通りだからよ……抱き締めても、いいか?」
「っ、うん」


そう言うと、すぐ亮は私を抱き締めた。
その力はすごく強かった。
だけど、それだけ亮の気持ちが真剣だと分かって、その強さが、心地よかった。


「ごめんな……今まで、気付いてやれなくて、」
「ううん……私も、もっと早く伝えてたら……亮に、我慢させなくてもよかったのに、」
「俺のことはいいんだよ。……ずっとずっと、大切にしてきた桜花だったから…」


抱き締められながら、頭を撫でられた。
恥ずかしいけど、それ以上に嬉しい。


「泣かせるなんて……俺、幼馴染失格だな…」


亮がふっと自分を責めるかのように笑った気がした。


「そんなことないよ……それに、」


私は亮の耳元で、


「恋人としては、満点合格だよ」


そう囁いた。
すると、すぐ亮の耳が赤くなっていくのが分かった。


「桜花っ……」
「ねぇ亮、もう一回、好きって言って……」
「………」


そう促すと、亮は恥ずかしそうだったけど、はっきり、


「好きだ……桜花。もうぜってえ、離さないからな」


今度は嬉しくて泣きそうだった。
このまま時が止まってしまえばいいと思うくらい、幸せだった。


……それはきっと、亮もそう思ってる。





ふたつの「好き」が重なった瞬間
(そこから私たちは、恋人の一歩を踏み出せるんだよね)