「あの生徒会長ぜってーいろいろ隠してやがるぜ!?平家の奴もナ!!」


生徒会室からの帰り道。もうすっかり暗くなった夜道を会長と平家以外の先程のメンバーが歩く。
そして刻が抑えていた鬱憤を晴らすかのように文句を続けているのを余所に、


「ほんまに、あそこ離れてええの?」


カンカンと壁に木の枝を叩いて遊ぶのをやめ、遊騎が椿に言った。
その問いかけに、桜の隣にくっつくようにして歩いている『ひめまる』姿の椿は黙って頷いた。
この場に椿が居る理由はというと―――





「私は手を貸せないけど、椿ちゃんを連れて行くことを許してあげよう」


中立宣言をした後、会長は少し緊張が解れたような声で言った。
表情や口には出さないが、桜の傍に居たいという椿の気持ちを汲んでのことだろう。
椿は何も言わずに、会長や皆を眺めている。


「ハァ?椿チャンを?」
「でも、『ひめまる』を危険な目に遭わせとうないで」
「椿まで巻き込むのはよくないのだ」


だがもちろん、事の重大さを分かっている桜やコードブレイカーたちはそのことに反対した。
そのことを予想していた会長は、少しだけ胸を張り自信満々に告げる。


「君たちは椿ちゃんを侮りすぎだよ。言ったでしょ、彼女は強いって」
「そうだとしても、椿さんは無関係ですよ」
「いいじゃないですか」


零も眉を寄せて反対の意を示すが、それを遮るように平家が楽しそうに言う。


「桜小路さんを護りたいと思う気持ちは同じ。同じ志を持つもの同士、仲良くしようじゃありませんか」
「……お前が『仲良く』トカ言うと、寒気がするゼ」
「ほう、お仕置きされたいようですね」


ぼそっと呟いた刻の言葉にも敏感に反応し、光の鞭を作る平家。
刻がびくりと肩を動かしたのに満足したのか、椿へと視線を戻す。


「……そうでしょう?久留須さん」


その問いかけに、椿は考える間も必要とせずに頷いた。


「桜といる。私も、桜を護る」
「椿……」


声量は小さいながらも、しっかりとした口調で言う椿に、桜は思わず椿を見つめる。
どうしてこの子は自分をこうも心配し、行動を共にしようとしてくれるのか。
その疑問が、桜の胸に広がる。
だがそれを口に出す前に、零が先に口を開いた。


「分かりました。そこまで言うのなら、仕方ありません」
「そうだナ。いいゼ、何かあったらこの刻様が護ってヤルヨ」


勝手にしてくれ状態の零と、むしろ気持ち的に嬉しいと感じている刻。
そんな二人のこの言葉で椿の同行は決定し、生徒会室から離れることとなった。





「私の役目は、桜を護ることだから」
「ツーカ、さっき会ったばかりの桜チャンによくそこまでできるネ」
「………」


遊騎の言葉にそう答えた椿。
それからも窺えるように、強い忠義心を感じて刻が少しばかり呆れて呟く。
刻の呟きには何も言わず、椿は桜の隣をじっと歩いていた。


「心配いらぬぞ!!体の大きさも元に戻ったことだしな!!自分の身は自分で護る!!」


少し前から、椿やコードブレイカーたちに護る護るを連呼されたためか、桜は決心したように言う。


「私は護られるばかりは嫌なのだ。だから椿の身も私が護っ」
「だめ」


意気込んで言った言葉も、椿にぴしゃりと却下され桜は目を点にする。


「そんなこと、だめ。絶対にだめ」
「な、なぜなのだ……私は自分一人でも、」


そう言いかけた時、ふいに桜は頬をむにょっとつままれ続きが言えなくなる。
零の仕業だ。


「むおっ……こ…これは……!?」
「相変わらず懲りない人ですね。でもダメですよ」


数回されたことのある仕草だが、椿は初めて見たためか思わず零の腕を掴む。
そして首を振り、「やめて」と声を発した。
どうやら、頬をつまむ仕草を攻撃と思っているらしい。
そのことに感づいた零は、しばらくその行動を見つめ、桜の頬から手を離した。


「……今度はちゃんと護ります。あなたを小さくしてしまった時のようなヘマはもうしませんから」
「大神……」


冷静に、言い切った言葉。
桜は少しだけ意外そうに零を見つめた。


「あと椿さん、護ると豪語するのはいいですけど、それはオレたちの仕事ですから」
「ソーソー。大神君がやってくれるからさ、一人で張り切らなくてもいいヨ」


不思議そうにぼうっと零を見つめる椿に、零はそう言う。
刻も手をひらひらと振り、軽い調子で言った。
さらに、刻にはぽんぽんと肩を叩かれ、その行動にも不思議そうに首を傾げた。


「そうだな、私たちは仲間なのだ。仲間は頼るためにいるのだ」
「………?」


訳が分かっていないことを桜は感じたのか、笑顔で補足をする。
それでも椿は理解することなく、先程零につままれた桜の頬を撫でた。


「ぬ……?ああ、心配はいらぬぞ。珍しく大神は元気づけてくれたのだ」
「……元気づける?」
「ああ。自分たちがついていると教えてくれたのだ」


頬に触れる椿の手に、自分の手も重ねるようにした桜。
もちろん椿にもな、と言った桜の笑顔を椿は見つめた。


「そうやー。オレたちが、『にゃんまる』も『ひめまる』も護るし」


椿と桜との間に、ぬっと入ってきた遊騎。
いつもの無表情のままだが、安心させようとする心遣いは確かに感じた。


「『にゃんまる』心配いらへん。オレたちにまかしとけば大丈夫やし」


先程まで、帰ろうとしていた刻を拳で説得させた面影がまるでない様子に、刻は大きく溜息をついた。


「ハァ!?家もサイフもねえお前に何が……」
「家はないけど住むトコはあんねん」


少し小馬鹿にするような刻の言葉も無視し、遊騎が言葉をかぶせる。
そして、


「この奥や」


ぴしっと指差した先は、紛れもない……公園だった。





遊騎の住んでいる場所が、公園を突き抜けた先にある立派な豪邸だということ。
天宝院グループの社長が遊騎だということ。
信じがたい出来事に次々と出会い、夢にいるような感覚で豪邸の一室に集まる5人。
しばらく遊騎についての会話を交わした後、何やら寂しい顔で「友達なんていらん」と言い転がっていく遊騎を桜が追いかける。
それを更に追うように、椿も後に続いた。
零の携帯にかかってきた、不穏な内容を知る由もなく。


「どこに行ったのだろうな、遊騎君は」
「………」


『子犬』を抱きながら、人一人いない豪邸の中を見回しながら歩く桜。
その左後ろで椿も無言のまま歩き続ける。


「友達をいらないなど……遊騎君の言っていることはよく分からないのだ」


難しそうに、そして悲しそうに呟く桜。
その小さく見える後姿を見つめながらも、何も言葉をかけることができないでいる椿。
それも仕方が無い。自分にも、その『友達』というものがよく分からないのだから。
今までそんな存在を作ったことのない椿にとって、何を言うにしても野暮というものだった。


「桜小路さん」


遊騎を探していると、ふいに後ろからそう呼び止められた。
聞き覚えのある声に桜と椿が振り向くと、やはりそこには先程別れたばかりの平家の姿があった。
桜が驚いたように平家へと近寄る。


「いつこちらへ!?」
「……ご無事でなによりです。さあ……」


この時すでに、椿は着ぐるみの中で首を傾げていた。
違和感。それが今ひどく椿の胸の中で渦巻いている。


「私と一緒に……。安全な場所へ行きましょう……」


そしてゆっくりと桜へと伸ばされる平家の手。
流れるようにして桜の首元に辿り着く前に、その手の動きが止まった。
それは、さっきまで探していた遊騎が平家の腕を掴んだからだ。
ほぼ同時に、椿も平家と桜の間に割って入り桜を護るように両手を広げる。
その二人の行動に、目を丸くして見つめるばかりの桜が何か口にする前に、遊騎が言った。


「お前……誰や?」
「だ…誰とは……」
「こいつ平家やない。ニセモノや」


その言葉でようやく疑いを持ち始めたのか、桜は椿の背後から、怪しげに笑ったままの平家を見つめた。
遊騎と同じように、椿も小さな体で平家を睨んで見ている。
それからは偽物の平家が遊騎へと変貌し、零と刻と共に本物の平家がその場に居合わせた。
二人になってもお気楽な遊騎に一時は戸惑ったものの、桜の動物的な勘が働き偽物と本物の見分けがつくことができた。


「こんな当て方反則ー!!」


言いながら、遊騎に変身するために貼っていた膜を割り、出てきた女の子。
その人物は自ら『Re-CODE』の日和と名乗った。
そして先手必勝とでも言うように、あっという間に遊騎と刻を異能から創り出した膜の中に閉じ込めた。
邪魔者を減らしたところで、日和は桜に向かって『鍵』の在り処を聞き出そうとする。
何の事だか理解していない桜を護るようにして、零と椿は一歩前に出た。
それでも詰め寄る日和に、平家は光の鞭で威嚇をした。


「ここは私に任せて、大神君は桜小路さんを安全な所にお連れしてください」


そして3人を庇うようにして前に出て、そう言った。
更に自信満々に、


「言ったでしょう?今の桜小路さんは『コード:ブレイカー』6人の命に代えても護らねばならないと」


そう続けて言った。
闘いの邪魔になるとの嫌味も添えて。


「平家さん……」
「ご心配なく。私は負けません」


着ぐるみで表情は見えずとも、声で感情を読み取ったように安心させる言葉を向ける平家。
それを受けた椿は、心配の言葉を綴ろうと開けていた口を堅く閉ざす。


「お…大神!?椿!?」


そしてその一瞬後、零と椿はそれぞれ椿の手を握って遠くへと駈け出した。
落ちそうになった『子犬』は、何とか桜のスカートに噛み付きしがみついている。
こうして、平家と日和の闘いが始まろうとするのを後に、3人はその場から離れることに成功した。