激しい戦闘を繰り広げている『エンペラー』と平家だったが、突然ベルフェゴールの力が弱まり光を通し始め、果てには消えてしまった。 途端、平家の攻撃を受けてしまった『エンペラー』は、疑問に思うも、零の姿を見て目を見開いた。 「零!?」 零は荒い息をしながら、地面にうつ伏せで倒れこんでしまっていたからだ。 「宿主の大神君とあなたは一体化しているんですから、当然でしょう?」 驚き零の元に駆け寄った『エンペラー』の背後に、3人の平家が立つ。 「あなたが勝手に異能を使えば宿主に負担がかかる……そんな状態で大神君の生命力がもつはずないでしょう」 最初から分かっていたのか、平家は淡々と説明するように告げた。 「最大のミステイクですよ。大神君程度ではあなたの宿主は務まらないのに、なぜ彼を選んだんです?子供止まりで本来の姿にさえ戻れないのが何よりの証拠……もう昔の自分には戻れない」 これが、平家が先ほど告げたミステイクだと、『エンペラー』は気付き、険しい表情で平家を見上げた。 だが、これ以上力を使って零に負担をかけるわけにもいかず、『エンペラー』は何もできないでいた。 「憐れな……プリティ・エンペラー」 そして再び平家が攻撃の手を加えようとしていたその頃。 一人はぐれてしまい、零や椿を探している桜の元に100分の3平家が現れた。 突然のことに驚いた桜だが、改めて平家に向け、零の左腕を狩るのを止めるよう訴える。 対して平家は、今回の目的を語った。 一つは『エンペラー』の現在の力の確認。 そしてもう一つは、桜に真実を伝えること、だと。 「我ら『理想郷』創世の4傑……そのうちの一人は、桜小路さん、あなたの本当の母君なのですから」 伝えられた内容に、桜は一瞬何も言えなくなり、だがすぐに困ったように口を開いた。 「なっ……何を言っておられるのですか?100年近く前のお話のはず……歳が……合いませぬよ」 「……なぜでしょうね。でも、これがスーパーリアル。……あなたの真っ直ぐな所、あの人にそっくりです」 困惑する桜に、平家はどこか優しい表情で告げた。 そしてすべて教えると言い、エデン≠ヨ来るよう誘う手を泪が掴み、それは阻まれる。 さらに、力を交えようと泪が異能を使おうとしたとき、泪は昨日の冴親との闘いが響いてロストしてしまった。 ―――同時刻。 「さ……桜……!」 椿もまた、はぐれてしまった桜を探していた。 自分がしっかりと桜の手を掴んでいればこんなことには……と、後悔を抱えながら。 平家と『エンペラー』の攻防により、行く手を瓦礫が邪魔する。 足場が悪いのにも気にせず、桜の姿を探している時のことだった。 「椿さん」 「……平家、さん」 後ろから、平家に声をかけられたのは。 ちょうど桜と平家が出会った同時刻にあたる。 「100分の1平家です」 「平家さん、桜は……桜を、傷つけ……」 平家の自己紹介も聞く余裕のない椿は、桜の様子を聞いた。 その必死な姿に、平家は柔らかい表情で口を開いた。 「……私とあなたはもう敵同士なのですから、桜小路さんを案じるならば私を倒すのが先決ですよ」 「………それ、は」 平家の言葉を、頭では理解できても体を動かす気にはなれなかった。 それは、ただ単に平家を攻撃する気になれないからなのか、レベルの高い闘いを見せられ、力の差を感じて攻撃できないためか、自分のことながらよく分からなかった。 「……少し意地悪を言いすぎましたね」 戸惑っているであろう椿に気付き、平家は少しだけ笑った。 「桜小路さんは無事ですよ。今、あなたと同じように私とお話をしています」 「……お話?」 何故、と問う前に、平家は答えた。 「そう。桜小路さんに真実を伝えるために」 「……!」 真実。そう聞いて椿は眉を寄せた。 ひとえに真実と言われても、いまいちピンとこないが、それでも。 自分たち異能者に関する真実の内、ただの一つでも桜を喜ばせる真実などないと、椿はそう思っていた。 「会長と共にいた椿さんは既に知っているでしょう。桜小路さんの本当の母君のこと」 「………うん」 渋谷が桜の本当の父であることを知っているように、桜の本当の母のことも渋谷の口から椿は聞いていた。 もちろん、名前とどういった人物であったのかということのみで、会ったことなどはないが。 「そのことをお伝えしただけですよ。桜小路さんにとって、とても大切なことですからね」 「………そう」 きっと……桜は、とても混乱しているだろう。椿はそう思った。 「平家さんはそれを……私に、伝えにきたの?」 平家がわざわざ皆をバラバラに分散させたのは、桜に伝えたいことがあったため。 そうだと気づいた椿は、訝しむように平家を見る。 「……もちろん、あなただけに伝えたいこともありますよ」 対する平家は薄い笑みを浮かべ、人差し指を立てて言った。 椿の期待に応えるように。 「あまり時間がありません。単刀直入に言います」 そう前置きをする平家を、椿はじっと見つめて言葉の続きを待った。 「椿さん、どうか、記憶を取り戻してください」 「………!!」 そして言われた言葉を聞いて、目を見開いた。 「知らないとは言わせません。異能にて『無』にした記憶が何なのか……それは分からなくても、何かしらの記憶を『無』にしたことは覚えているはず」 「………」 「恐れずに……自分と桜小路さんとの『はじまり』を取り戻してください」 自分と桜との『はじまり』? 椿は、目の前の平家が何を言いたいのか、分からないでいた。 「……わ、私は……私と桜との『はじまり』は知ってる……」 「本当に?」 間髪入れずに平家に問われる。 その瞳を、真っ直ぐ見ることができなかった。 脳裏に一瞬過ぎったのは、幼い頃の自分と桜。そう、椿は遠い昔、桜と会ったことがあるのだ。 「あなたが知っているその『はじまり』は本当の『はじまり』ではない」 「………やめて」 「後付けされた……もしくは、自らが望んで作り出した、仮の『はじまり』に過ぎない」 「やめて……平家さん」 これ以上聞きたくない、と椿は両手で耳を塞ぐ。 幼少期以降の記憶の全てを失っている椿にとって、それは数少ない記憶の一つ。 大切に思う桜との唯一のつながり。幼い頃の桜の影を追って、自分は今まで生きてきた。 その思い出を、記憶を……偽りだと今言われている。感情は無くとも、椿の心は大いに打撃を受けた。 「私と桜を、否定するようなこと言わないで……」 「全て忘れたまま、本当の意味で彼女を否定しているのは、椿さん……あなたでは?」 ずきん。 冷静な平家の言葉が、まるで形を成して心臓に刺さっているような気さえする。 こんなに鋭く心に響く言葉を言われたのは、初めてだった。 「どうして…そんなこと、言うの……?」 心臓が痛いくらい、どくんどくんと波打つ。 額には汗が滲み、目元はじんわりと熱くなる。 自分は今どうなっているのか。どんな感情を抱いているのか。 その理解さえも追いつかない。 そしてその原因である平家を真っ直ぐ見ることができない。故に、彼がどんな表情をしているのかも分からない。 「……これから、どんどん闘いは苛烈になっていきます。その中で、あなたの本望が遂げられる日も来るかもしれない」 「………」 本望。きっとこれは、互いに相違なく、椿の影武者としての役割だと認識しているだろう。 「その時、あなたが何も知らないまま終わるところを、見たくないのですよ」 その言葉が優しげなものだと気づき、椿ははっとして平家を見上げた時。 平家はあまり見たことがないような、辛そうな表情をしていた。 「……おかしい、ですよ……平家さん」 椿はようやく、平家の顔を見て言葉を発することができた。 「私は……桜の影武者として生きてきた……ただ、それだけが私の存在意義……だから、影に記憶はいらない。記憶があってもなくても、変わらない……」 弱々しくもそう告げると、平家の表情は一層切なくなった。 何か言おうとしたように見えたが、言葉は飲み込み、平家はいつもの表情に戻る。 「……相変わらず、頑固ですね、あなたは」 そうして薄っすらと笑みを浮かべ、 「今は、いいでしょう。忘れたがりの椿さん、プリーズ……どうか今日の私の言葉は忘れないでください。……桜小路さんと、あなたの本当の『はじまり』のことも」 子供に言い聞かせるように言うと、言い返す余地も与えず、平家はふっと光が消えるように消えてしまった。 残された椿はしばらくの間……呆然とその場に立ち尽くしてしまっていた。 |