「ようやくなんですよ」


本当の目的をと聞かれるも、平家は表情を変えず……少し嘘っぽい貼り付けたような笑みを一瞬見せ、そう呟いた。


「今、あなたの遊びに付き合ってるヒマなど……ないのです!!」


そして大きな光を放出し、その場にいる者の目を眩ます。
椿は咄嗟に隣にいた桜を護るように覆いかぶさった。最早条件反射だった。
だが、すぐに気づいた。
平家の狙いは零だと。


「ぐっ……!は……はなっ……」


案の定、平家は一目散に零の左肩の傷を抉るように掴む。
着ぐるみの中とはいえ、光は皆と同じように受ける椿はまだ目が見えないまま、声のする方を向いた。


「左腕は、私のものだ」


そして間近で平家と睨み合う零は。
自らの左腕を奪おうとする平家の様子が、ひどく凶悪で、まるで野生の動物のような獰猛さを纏っていることに気づき目を見開く。
が、


「エ……『エンペラー』殿……!」


その平家の頭を足蹴にする形で、少年の姿の『エンペラー』が現れた。


「お…お前!?何勝手に出てきやがった!?」


もちろん零が呼んだというわけではなく、『エンペラー』の意思で現れただけのこと。
だが結果的に零は平家の手から逃れることができた。


「てめーごときの分際で、しゃしゃってんじゃねーぞ、平家」


見下しながら告げる『エンペラー』は、しっかりと平家の名を呼んだ。


「……ようやく思い出してくれたようですね。それとも、火の玉の時のようにまだ自分の記憶もあやふやなままですか?」


足蹴にされたまま、にやりと口角を上げ告げる平家の言葉に、零や桜は驚きを隠せないでいた。
まさか、知り合いだとは思わなかっただろう。


「ずっと、ずっと待っていたんですよ。かつての心友≠ノ会えるのを」
「……泣かせるねえ」


さっと『エンペラー』の足蹴から逃れ、改めて向き合い互いを見る二人。


「そんなに待つほど憎いか、オレが」
「ええ……憎くて憎くてたまりませんよ」


そして再会の言葉にしては強烈な言葉を投げかけ合う。


「……あれから何十年経つかなあ」


言いながら、『エンペラー』は平家に向け中指を立てる。


「オレとお前とあいつらの四人で、悪のいねえ真の楽園とやらを創るため、『コード:ブレイカー』『コード:ネーム』を含むエデン≠創世したあの時から……な」


言い放った『エンペラー』の言葉に静かに驚く零。
それは泪や桜も同じだ。


「え……!?エデン≠チて……大神の左腕を狩らせてるあのエデン=c…?」
「……エデン≠『エンペラー』と平家、あんた達が創っただと!?……あんた、一体いくつなんですか、平家先輩?」


話の辻褄が合わないと言いたげに平家を見る零。
その問いには、平家は人差し指を上げ淡々と答えた。


「私ですか?私はまだ100歳ちょっとの若輩者……ウルトラフレッシュ☆ヤングマンですよ」


その言葉には、普段あまり驚きもしない椿も思考が止まったような感覚に陥った。
どうも、椿の知る常識では測れない内容だった。


「100……?」


隣で椿が首を傾げるのを見て、桜は改めて平家と向き直った。


「先輩!冗談がすぎますぞ!100歳超えになぞ見えませぬっ!」
「フフフ……その通り、私は身も心も永遠の17歳ですから」
「なるほど!……って、うん?」


説明になっていない平家の言葉だが、さらっと言ってのけるためあっさりと騙されかけた桜。
疑問は拭えないままだが、平家は話を次に移した。


「もう100年以上も経ってしまいましたね。あなたと私が出会ってから……」


そして思い出話を語るかのように、平家は少しだけ話し始めた。

時の始まりは明治時代。
その時から異能者は確かに存在しており、大日本帝国軍は密かに異能者を集めて研究・実験を進めていた。
異能を一種の兵器として利用するために。
軍人が臣民を弾圧した時代、命令をきかなかったり危険な能力を持つ一部の異能者たちを『脅威』とし粛清も厭わなかった……まさに、『魔女狩り』のごとく。
そして平家は、異能者であることを隠し軍に所属していたのだと。
ある日、平家は粛清のあの場で、『エンペラー』を見た。
弱き異能者を護るために数万人の軍人たちを一瞬にして燃え散らす、闇色に皇ぐ『エンペラー』の姿を。
その姿を見て、平家の言葉で言うと「ショッキング☆ソウル」だったらしく、平家はとある決心をした。
軍を抜け、『エンペラー』を始めとする4傑の一人として、「理想郷」という名の異能者により影の自警組織を創世したのだ。
それが、すべての始まり……。

それほどに、『エンペラー』の七つの炎はすごいものなのだと。


「あなたの昔話に興味はないな、平家」


そしてその七つの炎は今、零が持っている。


「……あなたじゃだめなんですよ、大神君」


ひとしきり話し終えた平家は胸に手を添え、また静かに口を開く。


「七つの炎は『エンペラー』にこそ相応しい……あなたでは、この平家の魂は奮えませんよ……?」


かつて味わった衝撃が忘れられないのか、平家は淡々と零に向け言い放つ。


「……そーでもねーぜ?」


だがそれに異を唱えたのは紛れもない『エンペラー』だった。


「七つの炎には零が相応しい。オレが選んだんだから間違いねえ」


断言する『エンペラー』に、平家は変わらぬ表情で問う。


「……ほう?では、なぜ選んだのかこの平家に教えてください」


当然の問いだが、『エンペラー』は何か言うでもなく、無言のままだった。
零や泪は、絶対に思い出せてないと確信してしまっていた。


「と…とにかく!平家、てめえだけにはオレの力、ぜってー貸してやんねー!わかったか!?」
「フフフ……素直じゃないのは相変わらずですね。左腕を奪って欲しいならそう言えばいい……」


頑として譲らない『エンペラー』には予想通りなのか、平家ももちろん力ずくの手段をやめようとはしない。
そして平家の姿が残像のようになって零の背後に現れる。気配を感じて振り向くも、また次の死角に入られる。
光の異能ならではの、光速の動きだ。
そしてその光速による攻撃も、とある人物によって再び防がれた。


「雪比奈っ!?」
「……なぜ、あなたはさっきから大神君を護るんです?」
「言わない」


問う平家に、またもぴしゃりと答える雪比奈。


「……じゃあ、消えなさい」


言うと、平家は自らの学ランのボタンを開け、光を放出する。
眩いほどの光が辺り一帯を覆うが、零はしかと雪比奈と泪が護っていた。
そして桜は椿が、動けない遊騎は虹次が背負い、凌ぐことができた。


「平家将臣……やはり計り知れぬ。『Re-CODE』をもってしても、1対2で抑えるのが精一杯とは……」


感心しているようにも聞こえる虹次の言葉。
それは平家の耳にも届いていたのか、


「1対2?ちがいますよ。ここからは、」


瞬間、椿の眼前には信じられない光景が映っていた。


「100人の平家……平家百式がお相手します」


数えきれないほどの……いや、100人と言うからには本当に100人いるのだろう。
光り輝く平家の姿が視界いっぱいにいた。


「な……バカなっ」
「面白い。これならこいつを100回殺せる」


唖然とする零と桜、そして動揺する泪。
雪比奈だけは、やる気満々なのか、


「アレをやる」


と言いながら、上着を脱ぎ何やら妙な模様のある包帯姿になった。


「だ…だめだ、雪比奈!ここにいる全員殺す気か!?アレは……」
「ゆ、雪比奈さん……」


何かをしでかそうとしている雪比奈を止めようとしたのは泪と椿。
椿は桜の傍を離れないながらも、顔を向け首を横に振った。
だが、雪比奈は意思を変えるつもりはないらしい。
最悪の予感が椿の脳裏を過ったが、


「ベルフェ…ゴオォ…ル」


地を這うような声が聞こえた途端、辺りが真っ暗闇に陥る。


「……しかたがねえなあ。ロスト中で宿主の拘束力が弱まってるから少し自由にさせてもらうぜ」


声の正体は『エンペラー』だった。
どこからともなく聞こえてきた声だったが、


「零、良く見ときな。七つの炎の……いや、オレの辺獄烈火の本当の従え方を」


そう言うや否や、椿は真っ暗闇になったのではなく、巨大な闇色の悪魔……ベルフェゴールに包まれているのだと気づいた。
轟くような唸り声、そして大きな骸骨と目が合う。
本当のベルフェゴールと。


「っ………」


本能的に、椿はやはり怯えてしまう。
一瞬のうちに気付いた桜も、隣にいる椿の手をぎゅっと握った。


「久々に見せてやるよ。『異能者の皇帝』とまで称された、オレの本当の力をな」


ようやく姿の見えた『エンペラー』も、先ほどの零のように漆黒を身に纏っているような姿だった。


「……ようやくですか。それを待っていたんですよ」


そして100人いる平家が不敵な笑みと共に口々に口を開く。


「さあ見せてください。『エンペラー』あなたの力を。そして、教えて差し上げましょう。あなたの、スペシャル☆ミステイクを」
「相変わらず口の減らねえ男だな。……この『エンペラー』様に楯突いたこと、後悔させてやるぜ」


言うと、一拍を置いた後、


「つぶせ!ベルフェゴール!!」
「平家百式百蓮華!!」


闇と光が激しくぶつかり合った。
その衝撃を受け、零や桜、椿や泪たちはそれぞれに分散させられた。
しっかりと桜の手を握っていた椿は一度は同じ場所に倒れこんだが、来る第二陣の衝撃を受け、やはり離れ離れになってしまった。


「桜!」
「椿!」


互いに互いの名前を呼ぶも、あっという間に闇と光、瓦礫までもが混ざり合い姿が見えなくなってしまった。


「零!桜小路!椿……!」
「参ったな」


3人の身を案じる泪。そして近くにいた雪比奈が呟く。


「攻撃までできる高度な3Dホログラムが100体とはね」
「これだけの光波と位相を記憶し、すべてバラバラに動かすなど人間の情報処理能力をはるかに超えている。一体どうやって……」
「……光子」


信じられないと言いたげな泪に、雪比奈は説明するように言葉を発した。
光を操るだけじゃなく、まだ仮説の域にある光コンピュータのnクビットの演算方法での超高速計算が可能なのだろうと。


「平家将臣……『コード:ブレイカー』02になんて収まるレベルの男じゃない。『異能者の皇帝』に匹敵する程の実力……斃しがいがあるな」


どこか面白そうに言う雪比奈に、泪はとりあえずすごいってことだなと言うことしかできなかった。
創世代の異能戦闘……最早自分たちが入り込む隙などないように思えた。


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