「そんなことさせないのだ―――!!」


生命の終わりを感じようとする直前だった。
桜が叫びながら遊騎と零へと飛び込んだのは。
強い意思と共に。全力で。
そして今回は、桜だけではない。


「なっ……椿さんまでっ……」


遊騎、桜、そして最後に椿という順番で突き飛ばされた零は驚きと共に椿を見つめる。
桜が飛びこんで来たのは何ら不思議はないが。
椿もとなると、疑問は湧いてくる。
桜のこと以外には、どちらかと言えば無関心に近い態度だったのに、と。


「(遊騎……あなたの覚悟は私も分かる。でも……)」


椿は遊騎の覚悟の強さを身に染みるように感じていたし、理解もしていた。
そんな覚悟の邪魔をしてはいけないと思って≠「た。


「(それと命を失うこととは違う)」


だがそれでは前と同じことの繰り返し。
桜の想いを無下にしてしまう。
自分が感情を消して桜を守っていると知り、桜が涙を見せた時のように。
刻と虹次の闘いの時、自らが桜に叱られた時のように。


「(桜にとっては……全然、違う。零も……)」


驚き目を見開いて、自分を見つめる零を一瞬だけ見た。


「(……嬉しく、なさそうだった)」


そして悲しげに目を伏せた。
その間に、桜の『珍種』の力で遊騎の異能が消える。


「なぜだ!」


遊騎の暴走を無意識のうちにだが押さえた桜は地面に倒れ込む遊騎の頭の横に拳を振り降ろした。


「……なぜ、なぜ一人で勝手に死んでいこうとなどするのだ!?……どうして!?」


悲痛な叫び。その声は震えている。
遊騎に向けられているものだが、その言葉は椿の身にも痛いほど染みていた。


「……オレには無理なんや。本当は真理も大神もみんな護りたいわ」


息も絶え絶えになりながら、遊騎は小刻みに震えながら言葉を発する。


「でも、そんなたくさんの大切はオレ一人の両手じゃ護りきれん……だから」


呟く遊騎の姿を、まるで自分を見ているかのような気分になる椿。
気ぐるみの中で無意識に切なそうな表情になっている。
自分というちっぽけな存在では、大切≠全部護るということはできない。
そう、思っていた。


「だからともだち≠ェいるんだろ!?」


だが確固たる信念を持つ桜の言葉が、自分の心に深く突き刺さった。
遊騎も茫然と桜を見上げる。


「どうして何も言ってくれなかったのだ……。私や大神、椿では遊騎君のともだち≠ノなれないのか?」


悲しいとも悔しいともとれる表情、瞳には涙をいっぱい溜めて桜は言う。
椿はようやく気付けたのだ。
自分の大切≠ェ何を大切≠ノ思っているのかということを。


「『にゃんまる』……」


桜の言葉に驚き、思わずぽつりと呟く遊騎。
零はただ静かに桜の言葉を聞き、二人の姿を見つめていた。


「……異能があろうとなかろうと、人の力なんて弱い」


ついに涙を零し、桜はボロボロの遊騎を壊れ物として扱うように優しく、あたたかく、ハグをした。


「一人の両手じゃ一人を抱きしめるので精一杯……だから助けあえるともだち≠必要としてほしいのだ。みんなでみんなを護るために」


囁くように言う桜の言葉を、椿は何も言わずに聞く。
もやもやする心のまま、自らの両掌を見つめた。
……この弱々しい両手で、自分が桜を護りたいと思うように、桜もまた、誰かを、こんな私を、護りたいと思ってくれている。


「桜……ごめん、なさい……」


いつか言えなかった、この言葉。
感情を失くしてまで護ろうとしていた自分を叱ってくれた桜への、言えなかった謝罪。
このか弱い呟きは、桜と遊騎に届くことは無かった。
ただ、すぐ隣にいた零には届いたらしく、零はそっと椿を見た。
だが何も言わず、すぐに視線を桜と遊騎へと戻す。


「……許されへん」


一瞬、桜の言葉に何らかの意思を抱いた表情をした遊騎だが、すぐに口元を引き締め答える。
優しくハグをしてくれる桜を拒絶し、背を向けた。


「今でも真理は一人で苦しんどる。……それなのにオレだけ……オレだけ、お前らみたいなともだち″る訳いかへんのや」
「遊騎く……」


頑なに拒絶をし、壁を作る遊騎に桜が再び声をかけようとした時。
遊騎の耳にとある音≠ェ届いた。


「これは……!?」
「どうした?何か聞こえるのか!?」


『音』の異能者である遊騎は敏感に反応したが、常人である桜や椿にはその音は聞こえない。
不思議そうに遊騎を見つめていると、


「これは『モールス信号』や!まさか……」


遊騎は音の正体に気付いたようで、音に意識を集中させる。
そして、それが真理からのメッセージだということにもすぐに気付いた。


《ゆうき》


誰もが静かに、遊騎の背中を見つめる。


《ゆうきのこえ きこえたよ》
《ぼくはだれにでも やさしい ゆうきがだいすき》
《たくさんともだちつくって あいにきてね》


「真……」


震え、少しずつ小さく蹲っていく遊騎の背中を、桜は優しい表情で見つめた。


《きみはぼくの じまんのともだち》


そのすぐ隣にきた椿も、ただじっと遊騎を見守る。
二人の背後で立ち、遊騎に背を向けている零の口元も優しかった。


《ずっとずっと そばにいてね》


それは真理からの、遊騎へのともだち≠ニしての言葉、想いだった。