零の腕から出る青い炎が桜や椿、クラスメイト達を遊騎から護るように包み込む。
それを見て遊騎は眉を寄せた。


「身体は死んでも魂は死んどらんいうんか。そこまでして護りたいんか」


吐き捨てるように言われた呟きは独り言となり、桜たちには聞こえない。


「大神……」


護ってくれているということを嬉しく思ったのか、桜は零の左腕をぎゅっと抱き締める。
椿もその姿を見つめていたが、直後、桜の腕の中から零の左腕が消えた。
不思議がるも、またそのすぐあと、あおばの悲鳴により零の身体が何やら黒い靄のようなものに包まれていることを、椿と桜は気付いた。


「お……大神ィ―――!」


桜が叫ぶ。その隣で、椿は零の身体を覆う黒い炎をじっと見つめていた。
クラスメイトたちが近付けないと躊躇する中、桜は零を救うために動き出した。


「桜!行っちゃダメ!あれじゃあ大神くんはもう……」
「……うそだ」


あおばに身体を押さえられ桜は止まるが、一瞬、空虚な目で呟く。


「約束したのだ。それなのにこんなあっさり……死、死なぬと言ったではないか、大神ィ―――!」


涙を零し、悲痛な表情で叫ぶ桜。
だがすぐに顔を横に向け、椿の存在を思い出す。


「椿!椿はそう思うよな、大神は死なぬと………!?」


そうすがるように聞く途中、桜は思い切り目を見開いた。
桜の視線の先にある椿の姿は、目に見えるほど震えていた。
そのことに心底桜は驚いた。
悲しみなのか恐怖なのか、いやそもそも感情など持っていないのだから、どちらの理由でもない。


「椿、どうし―――」


眉を寄せ、両手で自らの身体を抱き締めるような形になりながら震える椿を見つめる桜。
だがその直後、零を包んでいた黒い炎が爆発するように大きく燃え上がる。
桜と椿の視線はそちらに移った。
そして黒い炎の中から、全身黒い衣装のようなものに身を包んだ零の姿を見つけた。


「く……黒い炎!?」
「大神、おま……」
「生、きて……」


桜も嬉しそうに呟く。
そして、いつもの笑みを浮かべながら零は皆を見つめる。


「悪ってのは往生際が悪いと昔から相場が決まってるんですよ」
「大神―――!」


左腕も元通り無事な姿で立っている零の姿が嬉しく、桜は零に抱きつきクラスメイトたちも安心したように笑顔を見せる。
誰もが喜んでいる中、椿だけは零のその姿を恐れるようにして見ていた。
零が生きている。それは椿にとっても嬉しい事実。
だが、本能が警報を鳴らしている。
『今の零に近づいてはいけない』と。
自分が積み上げたものを一瞬にして崩されてしまう、と。
そして無意識に震える手を合わせながら遠巻きに桜たちを見ていると、


「共鳴壊音」


その呟きと共に、零の背後から『音』の攻撃が向かってくる。
だが零は新しく身に纏う黒い炎でその攻撃を消した。


「おもろいわ。真っ黒い炎かい。面倒増やして戻って来よったか」
「……待たせたな、遊騎」


相変わらず、敵意を持った遊騎の冷たい瞳が零を見る。
そして零も同じくらい冷たい表情で遊騎を振り返った。


「お前に教えてやるよ。本当の悪ってヤツを」


言い放つ零の身体に揺らめく、得体の知れない黒い炎。
ちりちりと火花を放つ度に椿の身体はびくりと震えた。
自分でもどうして、こんなに怯えてしまっているのか分からない。
椿が一人で葛藤している間、クラスメイトたちは零に逃げろと説得を試みた。


「……ダメですよ。これ以上人殺し≠ネんか助けては。本当は今でもオレが怖いのでしょう?……無理はしないことです」


そんなクラスメイトたちに、零は困ったような笑みを向けて言った。
引かないクラスメイトたちに、先程無理矢理追いやった時の態度とは全く別の態度でこの戦いから遠ざけようとする零。
その零の言動はあたたかく、優しさを帯びているのに。


「……椿、先程からどうしたのだ?」
「さ……桜……」
「大神が戻ってきてくれたのだぞ?」


零が生き返ってから一歩たりとも動いていない椿の傍に桜が近寄る。
安心したような笑みを見せる桜だが、椿はそう素直に喜べなかった。
目の前に桜がいるというのに、椿の視線はちらちらと零を気にしている。
その視線に気付いたのか、桜は理解したようにぽんと手を打った。


「そうか、今はまだ戦いの最中……場の空気を気にしているのだな」
「………」


私も配慮が足りなかったなと、一人で勝手に納得している桜を見つめ、椿は安堵すると同時にまた対峙する二人に視線を送る。


「遊騎……もう二度とお前に、こいつらを傷つけさせはしない」


すでに零は気持ちを切り替え、遊騎を憎悪を帯びた目で見ていた。
対する遊騎も、上等だと言わんばかりに向きあう。


「じゃあ護ってみろや!」


そして『音』の攻撃を零に向ける。
それは一瞬で零の目の前で消されるが、この攻撃はただの目眩ましだったのか遊騎は皆の頭上に飛び上がる。


「この大勢……護れるもんなら、護ってみろや!」


そして特大の『音』が桜や椿、クラスメイトたちへ降り注ごうとした。
悲鳴をあげるクラスメイトたちだが、零はなにやら地面に手をつく。
その直後、クラスメイトたちの身体は黒い炎に包まれた。


「なんっ……」
「大神!なんてことを……」


遊騎や桜は驚き、その光景を見つめる。
だがすぐ、黒い炎はその姿を小さくし、無傷なクラスメイトたちの姿が露わになる。


「な……!?」
「い…今、オレ達燃えてなかった!?」


自分の身に起きたことだが、訳が分からないと各々自分や相手の姿を確認する。
やはり皆無事なようで、桜は嬉しそうな顔をした。
桜は珍種のため、遊騎の攻撃は効かない。そして、『無』の異能を扱う椿にも遊騎の攻撃は効かない。
クラスメイト達を守るために、零がとった行動だと椿は気付いた。


「燃えてへん!?しかも『音』だけまた、かき消えた!?……まさか」


そして遊騎も、零の黒い炎の効果に察し始めたところで、背後から零の拳が向かってくる。
それに対応するように、遊騎もすぐに振り向いて同じように拳を突き合わせた。
お互いの異能がぶつかり合う、轟々しい音が一瞬響く。


「異能のパワー勝負でコード:06のろくばんが、コード:03のオレに勝とうやなんて……十年早いわ!」


叫ぶと同時に、遊騎が一歩二歩と零を押し出す。


「このまま地の果てまでふっとんで……」


そして更に力を加えようとしたところで、零の背後から何やらおぞましい物体が姿を現す。
遊騎は驚きつつも、その黒い炎の死神に背後をとられる。


「『音』が消え……」


死神が自らに触れると、自分が発していた異能が消えて行くのがわかった。
それだけではない。


「なっ……」


自らの体に施した『音』の甲殻、鮮紅音韻がパキパキと音を立てて燃えていった。
驚き、黒い炎が自らの異能を焼きつくしていく様を見ている勇気に、零は一瞬口角を上げ、


「遊騎、その闇に堕ちた心ごと、燃え散りな!」


大きく左手を振り降ろした。


「辺獄の烈火(ベルフェゴール)は七つの大罪に汚れた異能のみを燃え散らす黒い炎。炎の中でてめえの罪を思い知れ」


そして冷たい目で、黒い炎に包まれている遊騎を見て言い放った。


「『音』が……異能が止まらへん!?勝手にどんどん異能が……吸い出されて、燃え……」


黒い炎に混ざり、遊騎の『音』の異能が目に見えるようにして現れている。
勢いよく異能を吸い出され、遊騎が耐えられなくて叫び始めたところで、零はパチンと指を鳴らした。
すると遊騎を包んでいた黒い炎は跡形もなく消え、地面に崩れ落ちる。
黒い炎から解放され、まだ意識もある様子の遊騎を見て、椿は少しだけ落ち着いて、零と遊騎、二人を見た。


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