「それで、椿さんは何者なんですか?」 平家から会長は正真正銘二人目の『珍種』だと説明を受け、それは理解した零。 刻は未だに不審そうな目で見ているが、今は平家の言葉と目の前で起きたことを信じるしかないと思い納得している。 だが、新たに現れた椿の存在については気になる様子。 会長と同じように着ぐるみを着ているということは、少なからず関係者であることは間違いないと踏んでいるようだ。 「………」 零に真っ直ぐ見られるも、何も答えない椿。 話したがっていないというよりは、話す必要がないとでも言うように無口を決め込んでいる。 そんな二人の間に割って入るようにして、会長は口を開いた。 「い、いかにも、椿ちゃんは私の助手だよ」 「助手?」 「私は生徒会長で色々と多忙だからね。助手というのも必要なんだ」 うんうん、と自分でも納得しながら話をする会長。 その横で何かに気付いたように刻が平家へと話を振る。 「平家は会長のコト知ってたんダロ?椿ちゃんについては知らネェのかヨ」 「私は生徒会役員として少々交流がある程度なので」 両手を肩の位置まで上げ、いつもの含み笑いではぐらかす平家。 「……『珍種』の助手が只者であるわけがないでしょう。異能者ですか?」 だが、ただでは引き下がろうとしない零は再び会長に説明を促す。 会長、平家、寧々音といった普通とは言えないメンバーの中に、ただ一人一般人がいるとは最初から思っていない零。 ほぼ9割方、何かしら特別なものがあると確信しているのか強気で問う。 会長は困ったように頭の中で言葉を捜しながら、零と椿を交互に見た。 そして、椿の両手の中で不思議そうに会話を聞いている桜も。 その姿を確認した時、会長は物悲しそうに呟いた。 「……何でも、いいじゃないか。彼女が何者であろうと」 先程とは違う会長の言葉と雰囲気に、零以外の人物も違和感を覚えた。 ただ零だけは、はぐらかされたことに不満を感じているのかじろっと椿を見る。 椿も先程からじっと零のことを見ているが、何か感情が添えられている様子は窺えない。 「この子は久留須椿。それ以上でもそれ以下でもない。敵じゃない。むしろ味方!すごく強いんだからね!」 その視線が敵意あるものだと感じた会長は慌ててフォローする。 これ以上は聞かないでくれ、と内心強く思いながら。 「……そうですか。それならいいです」 「『ひめまる』は『ひめまる』や!」 「謎多き女、ってのも魅力的でイイんじゃナイ?」 会長の必死な様子に追求する気が失せたのか、零はそう吐くように言う。 そしておちょくるように遊騎と刻が言葉をかぶせた。 コードブレイカーである彼らにとって、素性を詮索されたくない気持ちはよく分かるらしい。 何とか話題を逸らすことに成功し、ほっと肩の荷を下ろす会長に平家が小さく呟いた。 「今はまだ、トップシークレットのままですか」 「うん……まだその時じゃない」 何やら意味深な言葉を言う平家と会長。 どうやら平家は何か知っているようにも思えるが、彼独特の傍観主義のためかそれ以上は言わなかった。 それからは、ここに来た目的を果たすように、会長に桜を元の大きさに戻すことを頼んだ。 会長も快く桜の身に『珍鎮水』なるものを一滴垂らし、少しだけ大きくなった桜。 そして、更に元の大きさにするようお願いする零に、会長はとんでもないことを言い出した。 「一年B組の大神君。君がこの『着ぐるみ』着てお願いしてくれたら、『珍鎮水』あげちゃうよ?」 そして取り出したのは、全身もれなくふかふかの羊の着ぐるみ。 予想外の条件に一同騒然といった様子で着ぐるみを見つめる。 「……本気で桜小路さんを元に戻したいならできるよねえ?」 と、脅しにも似た口調で更に押してくる会長。 こういった交渉時にはいささか饒舌になる零は汗を浮かべて会長を見ている。 まるで、さっきの追求の仕返しと言わんばかりに、会長は引く様子はない。 零が心から嫌がっているのは、火を見るより明らかだった。 その様子を遠くから、じいっと見ている椿。 隣には平家が面白そうに口元を笑みの形にして立っている。 「バ……バカバカしい……」 ようやく絞り出すようにして口を開いた零。 「いくらなんでもそんなバカげたことできるワケが……」 本当ならはっきりと断ってしまいたい。 羊の着ぐるみを燃やしてでも、バカバカしいことをする必要はない。 だが、零の脳裏に過るのは小さくなってしまった桜の言葉。 それを裏切ることは、できるわけがない。 そして、 「お……お願いし……」 怒りや悔しさや悲しさが混ざっているような震えた声。 だがしっかりと着ぐるみを着て、会長にお願いをした零。 刻が大爆笑するのにも耐え、じっとこの時が過ぎるのを待っています。 「………どうして」 「どうかされましたか?」 その様子を離れた場所から見ていた椿が、思わず呟く。 唯一その言葉を聞いた平家がちらりと椿を見た。 先程平家が言っていたように生徒会で関わりがあるためか、椿は黙ることなく言葉を続けた。 「嫌なのに、どうして着るの?」 どうやら、人の感情を読み取る力に乏しい椿でも、零の嫌がりようは分かったらしい。 同じく着ぐるみを着たまま、小さく疑問を漏らした。 「桜小路さんを元に戻してあげたいのでしょうね」 「……どうして、そこまで」 「護りたいのですよ。桜小路さんを」 優しい口調で言う平家に、椿ははっと隣の平家を見上げる。 それに気付いた平家は、当たり障りのない爽やかな笑みで椿を見つめる。 「もちろん、私たちもですよ。久留須さん」 「……平家さんたちも?」 「おや、覚えていてくださったのですね。忘れられていると思っていました」 久しぶりに再会したのにノーリアクションでしたからね、と平家は呟く。 それを聞いても、椿は何か特別な反応をすることはなかった。 ただ、こういった時にどう言葉を返したらいいのか分からない。 頭の中で模索するも、答えは出なかった。 「貴方は、何もかもすぐに忘れてしまいますから。ベリーサッドです」 椿から目を逸らして溜息交じりに言うも、悲しいという感情が感じられない平家の言葉。 平家は平家で、椿がこういう人間だということを知っているからだ。 再会した知人にかける言葉を忘れている、と結論はとっくに出ている。 「おや」 どんな表情をしているかと、先程まで椿が座っていた場所を見るもそこに椿の姿はなかった。 探すように目線を零たちに戻すと、すっかり元の大きさに戻った桜の前に椿の姿を見つけた。 どうやら、服が小さいままで裸同然となった桜を隠すべく表に出たようだ。 その傍らでは羊の着ぐるみを着る必要のなかったことにキレた零が、会長を燃え散らそうと暴れている。 重い空気から立ち直った様子を見て、平家は安心したように止めようとする桜にフォローを入れた。 「よかった、桜。元に戻って」 「椿も心配してくれたのだな。ありがとう。お礼に鍋をよそおう」 「……私は、いらない」 「何を言う。元に戻って分かったが、椿は着ぐるみを着ているのに私と同じ背丈ではないか。もっと食べて大きくなるのだ」 「『ひめまる』は小さいもんなー」 一息つき、桜も着替えを済ませ皆でモツ鍋を囲むこととなった今。 桜は取り皿いっぱいに椿のために具をよそっているが、椿は食べる様子はない。 そして『ひめまる』を気に入ったのか、遊騎は椿に寄りかかっており、それをやめるよう刻に叱られては邪魔するなとキレている。 一見微笑ましい食事風景に見えるが、零だけは気力を失ったように項垂れている。 度々『羊』という禁句ワードを交えての会話にも零は動じません。 悪意丸出しの刻の言葉にも、十八番の能面の笑顔でなかったことにしようとしています。 だが怒りは収まらないらしく、何本ものボールペンが零によって折られていく中、椿は零の肩をつつく。 「……何ですか?」 羊の件抹消のせいで張り付いた笑顔のまま、零は椿へと振り返る。 そのまま、自分より下に顔のある椿の着ぐるみと目が合った。 つつかれたにも関わらず、何も言わず自分を見上げたままの椿を同じように見つめ返した。 「さっきは、ありがとう」 「……え?」 「桜のために、頑張ってくれて」 ようやく口を開いた椿から出たのは、方向違いの感謝の言葉。 何も椿からお礼を言われるようなことではないのに、と零は思う。 それでも、まるで自分のことのようにお礼をいう姿に、零は不思議に首を傾げた。 「あなたから感謝されるようなことではありませんよ。元々、俺が原因でこうなったわけですし」 「………」 先程の張り付いた笑顔はやめたが、それでも愛想の良い表情で告げる。 いつも、クラスメイトに接するような態度だ。 その言葉に椿は力強く首を横に振った。 「違う。これは、桜が自分でしたこと。桜の、正義」 「えっ……」 まるで、桜が小さくなってしまった現場に居合わせたようなことを言う椿。 そのことに違和感を覚え、聞き返すも椿は言い逃げするかのように零の傍を離れた。 どういうことか聞こうと後を追おうとするも、帰ろうとする刻を止めようとする平家の言葉で阻まれた。 「引き続き、大神君・刻君・遊騎君の3人には、桜小路さんのガードの仕事をお願いします。……どうやら、『捜シ者』のターゲットは桜小路さんのようなので」 零にとっては今一番優先したい事柄。 そのため、自然と耳は平家の言葉へと傾いた。 桜が動揺する中、平家はこう続けた。 「そのシークレットは、たとえ『コード:ブレイカー』6人の命を失ってでも護らねばならぬもの」 「な…なんだヨ、ソレ……」 「みんなの命より大切なものなどあるはずが……」 「それが本当なら、『捜シ者』と手下の『Re-CODE』の連中はもう動き出しているんでしょう」 命を失う、と言われても何の動揺もなく会話を続ける零。 それほど覚悟があるということだろう。 桜も感じているのか、驚いているように零を見つめる。 そして誰の視界にも入っていない中、椿も、零の口から出てきたとある単語に耳を傾ける。 『捜シ者』と『Re-CODE』。 着ぐるみで隠れているが、その表情には若干の寂しさが浮かんでいた。 そんな表情をしたとは露とも知らない遊騎や刻は、会長に協力してくれるよう言葉を投げる。 「……悪いが、手は貸せぬ」 「へ?」 良い返事がすぐに返ってくると思っていた刻は、そんな気の抜けた声を発した。 そして、これまでのやり取りでふざけている印象が強まった会長の、真剣な言葉を聞いた。 「エデン≠ニ『捜シ者』……かつての戦いを経て、私はどちらとも組まぬと誓った。今まで通り中立の立場をとらせてもらうよ」 着ぐるみだから表情はよくは分からないが、その言葉は確かに、強い意志の込められたものだとその場にいた全員が感じた。 ×
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