しばらく、零の左腕の炎を見つめていたクラスメイトたち。 だが、誰かが甲高い悲鳴を上げた途端、連鎖するように恐怖は広がった。 「う…うでっ!腕から炎が!」 それは完全に恐怖そのものを見るような目だった。 遊騎を化物と呼び、恐れ、怖がったそれと同じだった。 椿はちらりと、無感情な視線をクラスメイトたちに向ける。 「なんや……なんも話しとらんかったんか。大したことないともだち≠竄ネ」 その様子を見て、遊騎はそう言い放った。 「ともだち=I?……違うな。こいつらは赤の他人。だから手出し……」 言いながら、零は遊騎へ蹴りを放つ。 「するんじゃねえ!」 そして遊騎が体制を崩したところで、左腕の青い炎で遊騎に触れた。 それを見て人殺しとまたクラスメイトたちが慄く。 だが、遊騎は青い炎で燃えてはいなかった。 「終いや」 そして青い炎の中から現れた遊騎は、全身を赤くしていた。 「鮮紅音韻。もうオレに青い炎はきかへんし」 その尋常ではない遊騎の姿を見て、クラスメイトたちはまた悲鳴をあげ後ずさる。 「ゆ……遊騎君!」 「桜、近づいたらだめ」 言いながら、椿は桜の腕を掴んだ。 青い炎が効かないとなると、今の遊騎はとても手に負える状態ではないと判断したためだ。 「この赫い姿はあの時の……」 「音波や」 桜は見覚えがあるのか、脳裏にふと以前見た遊騎の姿を過ぎらせる。 そして遊騎は自らの今の状態を語る。 全身を高密度の高周波で包み、体中を超活性化させているため、燃え散らそうにも音波の殻によって青い炎事態が着火できないのだと。 その仕組みを聞いて、椿も厄介そうに目を細めた。 もちろん、遊騎の全身を包んでいる異能を掻き消すことはできる。 だが、遊騎の異能量はとんでもない。さすが、天才と言われるだけはある。 あの音波の壁を一度無にしたからといって、遊騎は再び壁を作るだけだろう。 そうなると、異能量の少ない椿はすぐにロストしてしまう。 遊騎が桜を襲う可能性が少しでもある以上、椿は今ロストするわけにはいかなかった。 「もう手加減できへんで。はよう左腕よこしや」 鋭い眼で零を見て言う遊騎。 その常人とはかけ離れた姿を見て、クラスメイトたちはそれぞれ慄いた。 「ば…化物だ…本当の……」 「お前ら……お前らいったいなんなんだよ!?」 「オレらは『コード:ブレイカー』異能を使って法で裁けぬ悪を裁く者」 その言葉に、遊騎は冷静に淡々と答える。 ただその答えを聞いても、すぐに理解できるほど状況は簡単ではない。 零もそうなのかという呟きに、零は口元に笑みを浮かべて答えた。 「オレは、ただの人殺しですよ」 手に青い炎を揺らめかせながら。 「オレは、この炎ですべてを一片残らず燃やし尽くす。相手が人であっても。今まで殺した数は120……130だったか?正直、多すぎて数えるのも億劫だ」 冷酷な表情で告げる零の言葉を聞き、クラスメイトたちは怯えた表情を見せる。 「もう人を殺してもなんの痛みも感じない化物さ」 その冷たい言動を見て、クラスメイトたちは信じられなさげに目を見開き、言葉を無くす。 椿は桜の傍にいながら、そんな零の行動をじっと見ていた。 無感情な瞳で、無感情に徹しようとする零を。 「だから邪魔するな。さっさと新校舎の中に入ってろ!」 「お……大が……「桜小路さん!」 青い炎で脅しながらクラスメイトたちを新校舎内へ押しやる零。 その粗暴な行動に桜が声をかけようとすると、遮るように零は大声を出した。 そしてゆっくり振り返り、いつもの能面のような笑みを浮かべ、 「……今まで何も知らないあなたを騙していてすみませんでした。もうオレにつきまとっちゃダメですよ」 「なに、言っ……」 目を見開き眉を寄せ…零を見つめる桜だったが、零に新校舎内へと突き飛ばされる。 そして何かを断ちきるように扉を強く閉めた。 「………桜を、逃がしてあげたの?」 扉を閉めた零の背中が寂しそうなものに見え、椿はそう声をかける。 それに気付き振り向くと、零は厳しい眼で椿を見た。 「椿さんも中へ戻ってください。桜小路さんを護るんでしょう」 「桜は今、零が護った」 だが椿は変わらず無感情な言葉を発した。 「……だから次は私が零を護る。桜ならきっとそうする」 「っ……オレのことはいいですから…!」 聞き訳の悪い子供を相手にしているような気持ちになり、零は苛立ちを抑えて言う。 そして一歩二歩と椿へと近づき、腕を掴む。 「あなたもさっさと離れ……」 言い聞かせるように言葉を放とうとしたが、それは突然訪れた地震のような揺れによって遮られた。 がくんと、零も椿も体勢を崩す。 二人は地に膝をつき、苦しそうに頭を抑える。 「あいつら脅して逃がした上に『にゃんまる』にあないなウソ。そこまでして助けたいんか、あんな赤の他人を」 「……どうでもいいな」 急な地響きにまるで驚く気配のない遊騎を見て、これは遊騎の仕業だと気付いた。 この光景を廊下から見ていた虹次は、音の低周波だと言う。 しかも人体に悪影響を及ぼす。長時間受けると命が危険だとも言い放った。 「(気持ち悪い……)」 痛覚を無にしているため痛みは感じない椿だが、神経そのものは正常に働いている。 そのために、神経を伝うように細かく身体に影響を与えるこの音波は零と同じようにまともに受けてしまっていた。 今からでも、この影響を受けないためにできる方法はある。 無≠ナ作ったバリアのようなものを全身に纏わせるというのが一つの方法だ。 そうすれば零も共に護ることができる。 だが、そうすることができない理由があった。 椿は眉を寄せ、隣で震える零を見つめる。 無のバリアの中に入れば、そこは異能が立ち入ることのできない空間。聖域のようなものだ。 そうすると、中に入っている零も異能を使うことができなくなってしまう。 異能による攻撃は受けないとはいえ、遊騎が拳で向かってきたらそこで打つ手がなくなってしまう。 どうしたらこの状況を打破できるかと悩んではいたが、 「……どあほう」 どことなく切なそうに遊騎が呟くのを聞き、その思考は一旦止まる。 「初めて会うた時からろくばんは、いちいちここん所をかき乱す……大好きなどあほうやし」 冷たかった目にも一瞬だがぬくもりを宿し、自らの胸元を掴みながら優しげに呟く遊騎。 これが遊騎の本心なのかと、椿は目を開いて遊騎を見つめた。 隣にいる零も、無言のまま遊騎を見上げる。 「でも……あかんやん」 だがすぐに、遊騎の声は悲しみに震えた。 「真理がああなったのはオレのせいやし。オレの……」 そして悔しげに歯軋りをすると、怖い形相で零を見た。 「だから何に代えてもオレが真理を助けなあかん!左腕よこしや!!」 唸るように言い、獣のように向かってくる遊騎を見て、零はすぐに隣に居た椿を力いっぱい突き飛ばした。 着ぐるみを着ているとはいえ、もともと身体の軽い椿は簡単に飛ばされ着ぐるみの丸みもあり一転二転と転がる。 すぐに体勢を整えはっと二人を見上げたが、 「一緒に……地獄に堕ちるか遊騎……!」 すでに二人の拳は交わろうとしていた。 嫌な予感が一瞬にして椿の胸を貫くように過ぎり、椿は手を伸ばす。 だが、 「なっ……」 その手が届くはずもなく。 零の左腕は遊騎によって切断されてしまった。 ×
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