そして、雪比奈は教育実習生、虹次は部活動特別顧問、泪は3年の転入生として輝望高校に迎え入れる、サプライズすぎるサプライズが起こった。
それも全て渋谷生徒会長……もとい、渋谷校長の計らいによって。
あまりにも身勝手な行動に一度がつんと言っておきたかったのか、零が青い炎を渋谷へと使おうとする。
だがここで、零は自らの身に起きた異変に気付いた。


「ようやく気付いたか、零。この輝望高校隣の新校舎だけ異能が使えないんだ。唯一の安全地帯さ」


旧校舎内生徒会室にて、泪の説明により零が青い炎を出せなくなった理由が明らかとなった。
渋谷はなぜ知っているのかと驚いているが、そんなことはお構いなしに泪は説明を続けた。
『捜シ者』の一件により中立を決めた渋谷が新校舎を建てる際に、ありったけの『珍鎮水』を建材にまぜたために、異能が使えなくすることができるという原理だった。
そのことは、今まで渋谷の助手として傍に居た椿は知っていたらしく特に気にした様子もなく桜の隣に立っている。
だが雪比奈は、この場所について『捜シ者』を裏切ったエデン≠ヨの報復にはちょうどいいと淡々と告げる。
その言葉に零は真っ向から反対した。エデン≠ヨの報復には興味ないと。


「エデン≠ェ奴を裏切ったとしても悪に堕ちたのは奴自身の心の弱さ。同情すらできないな」


冷たくも見える表情で言う零が気に食わなかったのか、雪比奈が零の首周りに氷を張った。
それでも臆することなく、零は言葉を続ける。


「それに『捜シ者』を燃え散らしたのはエデン≠カゃない。このオレだ。この十字架はオレが背負っていく」


強い覚悟を持った零の言葉に、桜はふと『捜シ者』の最後の言葉を思い出した。
十字架を背負い、苦しんで生き抜けという言葉を。
相手がエデン≠ナも雪比奈でも、降りかかる火の粉は徹底的に払うと宣言した零と雪比奈は互いに対峙する。
そんな様子を見て虹次は笑い声をあげた。


「どんな窮地に追い込まれようと決してぶれぬか!!さすがは『コード:エンペラー』に選ばれただけはある!!」


笑っている場合ではないと言いたげに泪が虹次を呼ぶが、虹次は面白そうに言葉を続ける。


「……お前のその眼、駆られる獲物の眼じゃないな。いったい何をたくらんでいる?」


問う虹次に対し、零はどこか含みのある笑みを返すだけだった。
不思議に思う桜同様、椿も不思議そうにその表情を見つめた。
仲間だった者に裏切り同然の行為をされ、帰る場所も壊され、大勢の人間に左腕を、命を狙われている人物がするような表情では決してない。
椿の無機的な心では、その零の気持ちを推察することはできなかった。
そんな零に虹次は一つ忠告すると言い、零のすぐ隣まで来た。


「お前とサムライ娘のクラスメイトとやらに『コード:ネーム』が独り紛れ込んでいるらしい」


桜と泪が談笑している傍ら、椿はそっと耳を零と虹次の会話へと傾けた。


「そいつは、もうずっと前からお前たちを傍で見張っていたようだ」


虹次の忠告の内容は、零の冷静さを崩すほど、予想外のものであった。
言葉の出なくなっている零に気付き、椿はそっと零を見る。


「………」


すぐ近くに敵がいる。
それは軽視しがたい事実。
本来ならば椿も桜と零を護るために二人の傍にいたかった。
だが、それはとても難しいことだから。
色々と規格外な渋谷はともかく、自分はこの学校の生徒でもなければ、誰も自分の存在を認知してはいない。
だから、今も、


「………桜」
「ん?」
「………気をつけて」
「?うむ、わかったのだ」


授業へと向かう二人をこうして見送ることしかできない。
渋谷は、寂しそうに見える椿の後ろ姿を静かに見守っていた。
そして二人がここを離れたとき、ようやくといった様子で虹次が口を開いた。


「さて、これで何も邪魔はいなくなったな」
「おい虹次、邪魔って……」


ふっと不敵な笑みを浮かべる虹次に、泪が眉を寄せて言う。渋谷は不思議そうに、雪比奈は黙って虹次を見ていた。
そして椿は、校門前で虹次が何かを言いかけていたことを思い出した。


「……虹次さん、なにか、お話……」
「ああ」


言い、虹次は立ち上がり椿の頭をぽんぽんと撫でた。


「お前はよくやった。『捜シ者』と離れてからも、お前は自らの意志に従い生きてきた。それは誇るべきことだ」


突然の言葉に椿は少し眼を開いて虹次を見つめる。
そして虹次の言いたいことがなんとなく分かったのか、そっと口を開いた。


「……私は、何もしてない。『捜シ者』と別れてから、私は……今までと同じ生活に戻っただけ」
「いや、お前はしかと『捜シ者』の意志も受け継いでいる。泪や大神零を護っていたのがその証拠だ」


がしがしと力強く椿の頭を撫でる虹次の手。
そして、後ろからも声をかけられた。


「泪の面倒を見るのは大変だったんじゃないか?」


雪比奈が、くすりと笑いながら言い放つ。
それに椿はぶんぶんと首を横に振って否定した。
そんな3人の会話を聞いて、疑問に思ったのは泪。


「ち、ちょっと待て……!お前ら、さっきから一体なんの話をしてんだよ!」


そう声を荒げて言うと、全員の視線が泪へと集まった。
渋谷はどこか微笑ましく、その光景を見つめている。


「そういやあの時……雪比奈がオレから鍵を奪おうとした時から不思議に思ってた。お前ら二人と椿は、面識があったのか?」
「………」
「オレは知らなかったぞ!椿が、『捜シ者』やお前らと知り合いだったこと……」


疑問が疑問を呼んでいる状態の泪は、眉を寄せ、説明を求める。
そんな焦った泪の姿を見て、雪比奈は面白そうに薄い笑みを浮かべ、虹次は口元を緩ませながら椿を見た。


「椿、もういいだろう」
「………でも」
「確かにオレたちは敵対していた。だがそれ以前に……お前も泪と同じ同志。志が統一された今、泪に真実を教えるのもまた道理というものだ」


虹次の言葉を、真っ直ぐと受け止める椿。
そして、どういうことか理解しかねている泪へと視線を移した。


「椿……?」
「ふっ、このまま困惑する泪を見るのも面白いのに」
「意地の悪いことを言うな、雪」


二人がそう話すのを聞きながら、椿は泪の真正面まで来た。
椿を凝視する泪の瞳と目が合い、椿はそっと両手に抱えていた写真立てを泪へと手渡した。
戸惑う泪に半ば強引に受け取らせると、今度は両手を泪の両頬へと伸ばす。
そして、


「泪、今まで……ごめんなさい」


言いながら、椿は自らの異能を泪へと使った。
瞬間、泪は何かが全身に流れ込むような感覚になる。
脳裏に何かの映像が早送りとなって映る。それは、


「あ、ああ……」


椿の両手が離れると、泪は目を見開いたまま、震える手で持つ写真立てを見つめた。


「そうだ、オレは……」


その写真立てに入っている写真は、少し前の夏祭りの集合写真。
だが、そっと写真立てから写真を取り出すと、その集合写真の裏に、もう一枚写真が重なっていた。


「オレは……いや、椿は……」


その写真に写っていたのは、


「ずっとずっと昔から、オレたちの仲間だった……!」


虹次、雪比奈、泪、そして……黒いコートに身を隠す少女の姿。
フードを目深に被っているため顔はわからないが、泪にはすぐにその少女の正体が分かった。


「椿っ……!」


それは、今目の前で着ぐるみに身を隠している椿だった。
泪の全身に流れるようにして椿から伝えられたもの、それは記憶≠セった。
椿は以前、異能で泪から奪った記憶を全て、泪に返したんだ。
あれは、泪が『コード:ブレイカー』として零を護るよう『捜シ者』に伝えられた日のこと。

「椿……泪の、君に関する全ての記憶を消すんだ」
「………で、も」
「泪が『コード:ブレイカー』となって私たちの元を去る以上、君の正体を知られていてはいけない。君にとって、都合の悪いことだろう」
「………泪、は、誰かに話したり……しな、い……です」


桜小路桜の影武者として生きている椿の正体を、無闇に知る者がいてはいけない。
そういった『捜シ者』の椿への配慮。
だが椿は泪の記憶を『無』にすることを渋った。
この時椿はすでに、泪を大切な仲間として認識していた。それこそ、家族のような存在だと。
理屈では『捜シ者』の言っていることが至極当然だと分かっている。
だが、どくんどくんと心臓が、震える掌が、それを嫌だと否定している。
―――忘れられるのは、とても辛いことだから。

「……椿」

子供が駄々をこねるようにして行動に移れないでいる椿に、泪は優しく声をかけ、椿の肩を抱いた。

「何も心配するな。お前はただ、お前の生き方に従っていればいい」

泪もまた、椿を妹のように可愛がっていた。
忘れるということは、泪にとっても辛いことだろうに、泪はそう椿に微笑みかけた。

「私がどうなっても、きっとまた私はお前を護るから」

泪の決意が現れる、寂しげな微笑。
椿もまたそれを見て、悲しい決意をした。
無意識に震える唇を噛み締め、椿は掌を泪へと向ける。そして……。


「オレは……全部、忘れてしまっていたんだな。お前に関する全てのことを……」
「………うん」


あの時と同じ、寂しくも優しい微笑を向けられ。
椿は何も考えずに、無意識に、泪へと抱きついた。雛鳥が親を求めるような純粋な本能からの行動。
驚いた泪だが、すぐに妹を案ずる姉のような顔で……椿を優しく抱き締め返した。


「……いかにも。椿ちゃんはまた=A大切な人に忘れられていたんだな」
「……忘れる方も忘れられた方も、痛み辛みは等しい。あの頃小さかった椿は、まだ感情の理解力も弱かった」
「何度、椿の夜泣きに起こされたか……」


そんな二人の姿を見て、渋谷は少しばかり悲しげに、虹次は安心したように、雪比奈は思い出し懐かしむように、それぞれ呟いた。


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