しばらく椿を見つめたままの渋谷だったが、状況がそれを許してはくれなかった。
冴親が零を護り続ける泪を蹴り飛ばした、重く鈍い音が耳に届いたからだ。


「こんな悪、護るなんてオレのおねいちゃんらしくない。弟のオレの手で躾、躾し直さなければな」


会いたかった、大好きだと言っていた冴親とはまるで別人のように凍えた表情を泪へと向け、そう淡々と言う冴親。
その言葉通りなのか、冴親は零を護る塁へと無慈悲に『影』の攻撃を浴びせる。


「そいつは悪。消すべき『脅威』!!生きていてもだれの得にもならない、やっかいもの。そいつが死んだって世界中のだれ一人困らぬ。存在すらしない悪……!!」


攻撃をしながら、泪に分からせるように言葉を続ける冴親。


「さあ、わかっただろう。そいつを護る無意味さが。命を懸けて護る価値もない」


言う冴親に、零も泪にどけと後ろから声をかける。
だが泪は頑なに、零の前からどこうとはしなかった。


「世界がどうかは知らんが……最後の一人になろうとオレはお前を護る。それが『心友』ってヤツだろう?」


振り返りながら、綺麗な微笑を見せる泪。
どうしても決意が揺らがないと分かった冴親は憎々しげに歯軋りをした。
そして泪を影と同化させ、身動きをとれなくさせた。
身動きのとれなくなった泪を無視し、冴親は零に掌を向ける。
そして放たれた禍々しい量の影が、零を、零の後ろに居た桜たちをも飲み込む。


「悪は終わった」


冴親が言うと、泪も冴親の『影』から解放される。
そして絶望したように、零のいた場所へと目を向ける。
あまりの出来事に、泪は膝から崩れ落ち目を見開く。


「案ずるな」


だが、


「泪……いや、我が同志よ。オレ達が来た以上、もう何も案ずる必要無し」


冴親の放った『影』が消え、そこに居たのは虹次と雪比奈だった。
泪のかつての……いや、今でも同志である、頼もしい二人だった。
それは椿にとってもそうだった。二人の大きな背中を、どこか懐かしむようにしてじっと見つめている。


「お前達なんで……」


だが、零は二人が何故自分を庇うのかが理解できずにそう呟く。
『捜シ者』と敵対する時、この二人とも同じように敵として戦ってきたのに。
そんな零の疑問に気付いたのか、虹次は今の敵である冴親を見据えながら言う。


「泪だけではない。すべては『捜シ者』が意志。『エンペラー』目覚めし時、我ら『Re-CODE』は大神零が元に集わんと」


『捜シ者』は憂い、また予防線を張っていたのだ。
ちょうど今、零が身を置くこの状況を見据えて。


「大神零、お前は独りではない」


『捜シ者』の意志を汲み取ったのか、桜は驚き、渋谷は涙して喜んだ。
そして、椿は。
『捜シ者』を討たれたことで零を仇として見ている雪比奈でさえ、一時休戦の処置をとっているのを見て、ひどく心が落ち着くような気がした。
だがそんなことはお構いなしに、冴親は増えた悪をただ滅するのみと言いたげに全員に掌を向ける。


「―――――!!」


瞬間、冴親は自らの顔を両手で覆い隠し、苦しそうに呻いた。
零は不審がり、泪は心配そうに冴親の名を呼ぶ。
そして冴親が倒れそうになった時、どこからともなく平家が現れ冴親を抱きとめた。
平家の姿を見て、桜が思わず平家の名を呼ぶ。


「冴親様……これ以上はお体に障られます。一度戻られますよう」


だが平家はそんな桜の言葉を無視し、冴親にそっと囁きながら抱き抱え立ち上がった。
その冷たくも思える後ろ姿に、桜はもう一度呼びかける。


「行かないでください……。せ…先輩はいつも正しくて強いから……。どんなことがあってもエデン≠フいいなりになどなりませんよね?大神が悪などと思いませんよね!?」


悲痛に思いながらも、まだ少しの期待を捨てきれない表情をしている桜。
椿はそんな桜の隣に、ただじっと立ちすくむ。
寂しくも思える、平家の後ろ姿を見つめながら。


「大神君……次会った時は、本気で殺す」


そして平家の冷淡とした言葉も、無感情無表情で聞いていた。


「平家先輩!!」


静かに立ち去ろうとする平家の後ろ姿に、すがるように叫ぶ桜。
だが平家は立ち止まることはない。そしてそのことを分かっている椿はそっと、優しく……桜の背中を撫でた。





冴親との闘いを終えた一同は、桜と零の通う輝望高等学校の前まで来ていた。
泪の話によれば、ここが『青い炎狩り』から身を護る唯一の場所ということらしい。
何故だろうと疑問に思う桜に、泪は入ってからのお楽しみだと告げる。
普通と変わらない様子で言う泪だが、桜は先程のことが引っかかっているのか心配そうに泪に声をかけた。


「冴親のことなら」


だが泪は弱い表情など一つ見せず、むしろ覚悟を決めたように意志の込められた表情で告げた。


「今度会ったらボコボコにして腐った根性たたき直してやる。それが姉の務めだろう?」


どうやら、冴親のことはふっ切ることができたらしい。


「たかが流れる血が同じというだけで縛られるなんて意味のない……。あんなの、オレが消え逝かしてやる」
「雪比奈っ!!」


淡々ととんでもないことを言い出す雪比奈。


「……無理をするな、泪。好きなだけ思い煩うがいい。たとえ、お前がどんな道を選ぼうとお前の覚悟、傍らで見届けよう」
「……虹次」


そしてどこか優しくも見える表情で告げる虹次。
泪は二人と会話を交わし、どこか安心したのか、嬉しいのか。
ポンと二人の胸に拳をつき当てた。


「ったく……かわんねーな、お前らは」


泪の表情が嬉しそうだということに気付いた椿は、胸に持っている写真立てを持つ手を強くした。
そして、心が穏やかになっていくのを感じ、一瞬にしてそれがどのような感情からかを理解した。
とてもとても、嬉しいのだと。
そんな椿の視線に気付いたのか、虹次がふと椿を見る。


「……椿、お前は……」


じっと、自分を……いや、雪比奈と泪を含めた3人を見つめる椿に虹次はそう口を開いた。
だが、


「や……やめろ!!」


どこからともなく聞こえた言葉により、それは遮られ、その言葉を発した人物たちを見て虹次は閉口した。
椿もそっと、声の主の正体を見る。


「大神君と桜から離れて!!不良ども!!」
「そ……それ以上2人に絡むと容赦しないぞ!!」


それは零と桜のクラスメイトだった。
傘や竹刀などを装着し、不良……に見える泪たちを威嚇していた。
その様子を見て焦った渋谷はそっと椿の手を掴み校舎の中へと連れて行く。
椿は心配そうに何度か桜を振り返ったが、自分がしゃしゃり出て収集がつかなくなることも予測できたため、大人しく渋谷についていくことにした。