「『にゃんまる』や〜〜」


ほとんど偶然といった様子で出入り口を見つけ、そこから何やら怪しげな『生徒会室』に入ってきた一同。
部屋を見回して探索しては呆れたり不信感を募らせる人物が多い中、表情が乏しい遊騎が嬉しそうに床に座っていた『にゃんまる』の着ぐるみに抱きつく。
遊騎が『にゃんまる』の存在に心を動かされている背後、零が眉を寄せる。


「しかし平家、その生徒会長とやら本当に信用していいのですか?」


溜息交じりに言った直後、ボカッと頭を叩かれる。
それを一度は遊騎の仕業だと思った零だが、二度同じようなことが起きると流石に疑問を感じた。
その隙を狙われたのか、今度は真正面から殴られた。
先程まで遊騎が抱きついていた『にゃんまる』に。


「なっ……!?」
「いかにもいかにも、私のどこが得体の知れないと?」


動き出した挙句、はっきりと言葉を喋った『にゃんまる』に冷静な零も驚きで言葉が出なくなる。
目を見開いて『にゃんまる』を見る。確かに、そのつぶらな双方と目が合っている気がした。
そして平家がその『にゃんまる』を会長と呼んだことで、平家以外の4人の視線が『にゃんまる』の着ぐるみへと向かう。


「な…なんで着ぐるみ!?」
「やはり文化祭の準備ですか……?」
「……着ぐるみ?」


目の前の着ぐるみが生徒会長だとはにわかに信じられていない刻と零が、それぞれ言葉を投げかける。
二人の不信感溢れる視線を向けられても臆することなく『にゃんまる』の着ぐるみは言った。


「私はまさに裸一貫!!これが生まれたままの姿だが?」


そう自信満々に告げたのはいいものの、遊騎にチャックを見つけられたり、刻に第二の変態呼ばわりをされてしまうという結果に。
だが機嫌を損ねてしまうような様子はなく、二つ返事で桜の小型化を直すと言ってみせた。
良い返事をもらったものの、その着ぐるみの正体には疑問を感じずにはいられない零と刻。
こそこそと会話している後ろで、平家が何やら得意気に光で鞭を作る。
それにもはや条件反射と言っていい早さで刻が反応したが、平家は人差し指を口に当て、その鞭を『にゃんまる』の着ぐるみを着ている会長へと巻きつける。


「何やって……」


刻が突然のことにそう声を漏らすも、その次の瞬間には目映い光が辺りを包む。
だが何事もなく鍋を食べようと会話を続ける会長の行動に、零と刻は驚きを隠せなかった。
そしてとある確信が二人の脳裏を過ぎる。


「「(こいつも珍種なのか!?)」」


『珍種』というのは、彼らの持つ異能が全く効かない存在。
そしてその存在は、今は小型化してしまっているが普通の女子高生である桜小路桜以外に出会ったことが無い。
そんな存在がもうひとつ、自分たちの目の前にいる。
信じられないようなものを見る目で、二人は会長を見つめたまま動けずにいた。
だがその視線も、とある状況の変化によってすぐ隣へと逸らされた。


「……ちょっと待っテ、あんな着ぐるみあったっけ?」


刻が言いながら指を差した先を零も同じように見る。
そこは先程まで小型化した桜が鍋を心待ちにして座っていた場所。
その場所には桜の姿はなく、会長が着ている『にゃんまる』の二回りほど小さい、同じく『にゃんまる』シリーズの着ぐるみがこちらに背中を向けていた。


「えっと……桜小路さん?」


まさか桜が着ぐるみに変化したのではと、一抹の疑問を感じた大神がその着ぐるみの肩に手をかける。
すると聞き慣れた声が着ぐるみから……は聞こえず、


「ぬ?呼んだか、大神」


ゆっくりとこちらを振り返った着ぐるみの両手の中、大事そうに包まれている未だ小型化のままの桜から聞こえた。
そのことに少しの安心と、妙な考えに至ったことを後悔しているような表情で大神は見つめる。
無事桜の姿を確認したところで、大神は桜を抱えている着ぐるみへと目を向けた。


「『ひめまる』や!」


その着ぐるみの正体にいち早く気付いた遊騎が目を爛々と輝かせながら言う。
最初に『にゃんまる』を見つけた時と同じように、後ろから抱きついた。


「……『ひめまる』?」
「おう!いつも悪者に捕まってまう『ひめまる』をな、『にゃんまる』が助けるんや!」


零の問いかけには、遊騎が子供のようにはしゃぎながら答えた。
『にゃんまる』シリーズの一つだと理解した大神は、同じく白い身体をした着ぐるみへと目を向ける。
『姫』というだけあって目は可愛らしく睫毛が描かれ、オプションなのか頭にはティアラ、首元にはリボンが装飾されている。
そんな豪華で上品な見た目に比例するように、遊騎に抱きつかれたことに驚きもしない『ひめまる』。
両手の中にいる桜を割れ物のように持ちながら、されるがままになっている。


「それで、『ひめまる』さんはどうして桜小路さんを……」


零がそう聞こうとすると、『ひめまる』はそっと顔を平家の方へと向ける。
目が合った平家は、怪しげな笑みを浮かべながら告げる。


「私が桜小路さんに危害を加えると思ったようですね。ですが、そんな心配は入りませんよ」


先程の会長への攻撃が桜にも影響すると思った、と解釈した平家。
ちっちっちと人差し指を左右に振り誤解を解く。
だが『ひめまる』は一切の警戒心を緩めようとはしない。
まるで小さな獣が主人を守るべく威嚇をしているかのような目を見て、平家は面白そうに笑った。
少しの緊張感が二人の間を走る中、もぞもぞと『ひめまる』の両手から顔を出した桜は明るい声を上げる。


「『ひめまる』殿と言うのか!親切はありがたいが、小さいままでも何とか鍋は食べられるぞ!」


どうやら、自分が両手に包まれている理由を鍋を食べる手助けと思っているのか、にっこり笑顔で『ひめまる』に言う。
くるりと急にこちらに目を向けた桜に、『ひめまる』は少し驚いたのか肩をびくりとさせた。


「どうした、『ひめまる』殿。具合でも悪いのか?」


純粋に心配している表情を向けられる。
真っ直ぐ見られることで、何やら見えないものに縛られているかのように『ひめまる』は動けなくなった。
そのことを不思議に思ったのは桜だけではない。
着ぐるみの中で複雑で難しい表情を浮かべている会長と、未だ怪しげな笑みを浮かべる平家以外は全員、『ひめまる』から目を離せずにいた。
少しの沈黙がしばらく辺りを包み、決心したように『ひめまる』は小さく声を漏らす。


「………椿」
「ん?」
「………久留須椿」


それは今にも消え入りそうに弱い声だったが、確かな勇気によって出された言葉だった。
その証拠に、会長は驚いたように顔を椿に向けている。
しっかりとその言葉を聞き届けた桜も、更に眩しい笑顔になって頷いた。


「久留須椿と言うのだな!よろしくな、椿!」


その一点の曇りも見受けられない笑顔に、椿は目を見開く。
これは嬉しさなのか、喜びなのか、胸が熱くなる。
そうしてしばらく、その笑顔に見惚れるように椿は桜を見つめていた。


「ぬ、どうした?やはり急に呼び捨ては失礼だったのだろうか」


言葉が返ってこないことを不安に思ったのか、桜は眉を下げて椿を見上げる。
そして先程、無意識に椿のことを呼び捨てにしたことを自分でも不思議に思った。
相手に敬意を払うことを決して忘れない桜だが、何故か椿を呼ぶ時は、自然に呼び捨てで呼んでいた。
自分でも、言ってすぐに気付いたため、悪気があったというわけではない。
表情が窺えないから余計に心配になってくる桜を余所に、椿はようやく口を開いた。


「…………桜」


たった一言。それは小さく、聞くのも困難なほどだった。
だが、その一言の中に……とてつもなく重いものが込められていることを、会長や平家はもちろん、零までもが感じた。
感極まったように震えた声。それだけで、嬉しさ、喜び、懐かしみ、慈しみ、そして寂しさ。
そんな感情が全て込められているような気がして、目が離せなかった。
そしてこれは、零の気のせいだろうか。
あの着ぐるみの中では、今でも泣きそうに、切なげに、顔が歪められていると感じてしまったのは。
考えて感じたわけではない。見抜こうと思って見抜いたわけではない。
ただ、言葉が耳に入るような安易さで、そんな表情をしているのではないかと第六感が働いた。


「うむ。互いに呼び捨てにすると親交がより深められるな!」


だが、鈍感さには磨きのかかった桜には普通に名を呼ばれたように聞こえ、変わらない笑顔で言う。
そしてかぶせるように、刻が言葉を発した。


「ヘェ〜、椿チャンって言うんだ。可愛い名前だネ〜」


いつも女性に対して言うように、軽い口調で椿に近寄る。
そのことでようやく零は我に返り、目の前の様子をもう一度見た。


「どうしてそンな着ぐるみ着てんノ?オレ、椿チャンのお顔見せてもらいたいナ〜」


そうして、馴れ馴れしい手付きで椿に触れようとするところ、『にゃんまる』が阻止をする。


「刻君!なんかやらしい手で椿ちゃんに触らないで!」
「って失礼だなオイ!」


なんかやらしい手、と言われ僅かにショックを受ける刻。
それならば触れずに着ぐるみを脱がせてやる、と方向違いな努力を始めた刻を、また会長が止めようとする。
お互いに引かない状況に陥っているものの、周りは止めるどころか呆れるばかり。
そんな中、自分に顔を見せるよう促す刻を見て、椿は何かに気付いたように口を開く。


「私はまさに裸一貫。これが生まれたままの姿だが」
「うそこけ!」


会長の時とは雲泥の差と言えるほど無感情な口調で言う。
それに思わず反射的にツッコんでしまう刻と、同じように背中のチャックを見つける遊騎。
そのやり取りを見て愉快そうに笑う桜と平家。
そして、何か心にしこりを感じているような気持ちで、その様子を眺めている零。


この出会いは新たな兆しへと変わるのか。
また、必然とされる運命に則っているだけのことなのか。
どちらにせよ、これが彼女たちの人生を変える出会いとなる。


×