零の身体が透けている。 はじめは零本人も信じていなかったが、平家に鏡を渡され自らの姿を見ると声にならない叫びを上げて驚いた。 そして鏡を凝視しながらわなわな震えている零に、平家がロストだと言い放つ。 「青い炎」が真の力を発揮したがために、ロストが変化したのだと。 「バ…バカな……」 零が目を見開いてそう声を漏らすが、悩んでいる時間はそれ以上なかった。 桜と零のクラスメイトが、渋谷荘を突撃訪問してきたのだ。 「………桜の、クラスメイト?」 「うむ、あの声は間違いなく青葉たちなのだ」 呟く椿に小さな桜がにこりと笑いながら言う。 そんなあたたかな表情を見て、椿は決心したように玄関へと向き直った。 「椿さん……?」 「……私、出る」 「え!?」 「……皆、ロスト、だから……私しか……」 どうやら、ロストで様々な変化をしてしまい人前に出られない皆を思って、自分が行動に移ろうとしているようだ。 だが、それを聞いて零は思わず椿の手を掴み止めた。 「ま、待ってください……!椿さんの姿も、十分見せられませんよ……!」 「………でも、私は元気」 「そういう意味ではありません……」 「そうだナー。椿チャンが着ぐるみ脱ぐんなら話は別だケド。余計混乱させちゃいそーだしネ」 子供姿の刻は一歩椿の前に出る。 不思議に見つめる椿に、刻はにいっと笑って「今出る」と言う。 そして、 「あれ!?ボクここの子?」 「大神のお兄ちゃんいるかな?」 「零お兄ちゃんが今日は留守だって言えって……」 と弱々しい態度で言った。 その言わされた感のある言葉、殴られた痕、不自然な怪我という刻の姿もあり、クラスメイトの中で大神虐待説が一気に浮上した。 すると玄関の隙間から零がばっと刻を回収した。 「刻……お前……」 そしてげらげら笑っている刻に、零が何とも言えない様子で恨めしく言った。 開いた玄関から零の声を聞きつけたのか、青葉や他のクラスメイトが渋谷荘の中に入ってきた。 そこで見たのは、 「い……いらっしゃい……みなさん」 防災頭巾、ツバ付き帽子、サングラス、マスクといった完全防備の零のなんとも怪しい姿だった。 それからは、桜人形や遊騎の暴言、平家の暴走によりクラスメイト達をさっさと帰らそうとした零。 だが、本格的な台風に見舞われ、外に出ることは死を意味するような状況になったため、仕方なく渋谷荘に留まることになった。 水も電気も止まってしまい、ほぼパニックという状態の中零が冷静に対処をする。 サバイバルな生活には慣れているのか、その的確な対処で、クラスメイト達の不安はだんだんと緩和されていく。 そして、特に何事もなく夜を迎えた。 「……零、寝なくていいの?」 「ああ……椿さんですか」 すでに眠っているクラスメイトたちの間を縫って、零の近くまで来た椿。 手には毛布をもっており、どうやらずっと動き詰めの零を心配しての言動のようだ。 「オレは大丈夫ですよ。まだ、台風は過ぎ去っていませんからね」 「………そう」 淡々と言われ、仕方なく毛布を持ち帰ろうとする椿。 その後ろ姿に、零はそっと声をかけた。 「椿さんこそ、今日はずっと居心地悪かったでしょう」 どうやらクラスメイト達が渋谷荘に入ってくる前、平家同様大人しくしてくれと零に頼まれていたようだ。 そしてその頼みを、今まで全うしていた椿。 大きなぬいぐるみがそこにあるように、ただただじっと、座っていた。 今は皆寝てしまったためこうして動いているが、それまでの間微動だにしないというのは辛いものがあっただろうと、零は案じていた。 「……皆のため。私なら、大丈夫」 「そうですか。……椿さんは強いですね」 サングラスやマスクやらで表情は見えないが、零の表情はとても優しいものだった。 雰囲気で椿はそれを感じたのか、小さく首を横に振り、 「……零の方が、ずっと強い。ずっと……」 「………」 「……私も、今日は起きてる」 だから何かあったらいつでも呼んで欲しい。 一言だが、その言葉の中にはこのような気持ちも込めた。 それは零に十分伝わったのか、零は静かに礼を言った。 そして皆を起こさないように静かに、椿は桜の元へと戻ってきた。 「椿……」 「……桜、もう遅い。寝た方が……」 「本当に、そうなのだろうか」 椿が戻ってきて早々、桜はどこか悲しげに呟いた。 話の内容が分からず、首を傾げる椿に桜は静かに続けた。 「大神の……コードブレイカーというものの手は、本当に虚しさしか生み出せないのだろうか」 「………」 「確かに、人の死は虚しい。だが……その虚しさは、埋めることはできないのだろうか」 最初は椿を見て放たれた言葉も、続くにつれ悲しそうに零の姿を見つめるものへと変わっていった。 そのことに気付いた椿は、目を細めて桜を見つめる。 「………私には、よく分からない。虚しいという気持ちも、今は、もう分からない」 「椿……す、すまぬ……」 気遣いのないことを言ったと、桜は眉を寄せて椿に謝った。 だが、椿は首を横に振る。 「……大丈夫。私が自分で決めたことだから」 「………っ」 そう呟く椿に、桜は悲しそうにまた眉を下げる。 「……異能を使って、誰かを幸せにすることはできない、と、思う」 それは椿の経験から言えることだった。 自分も、そして周りに居た仲間も……幸せを手に入れるために異能を使ってはいなかった。 何かを達成させるため、目的のためにそれらを使ってきた。 そのためには、何の犠牲も厭わないほどに。 「でも……それは、私たちの話」 「?」 「……桜は、違う」 その優しい言葉に、桜は目を開いて椿をじっと見つめた。 「……私は、今、幸せ。桜が傍にいてくれるから」 「私、が……?」 「……桜のおかげで、私、きっと……虚しくなんてない、よ」 言いながら、そっと手を伸ばし桜の頭を撫でる。 小さな桜が痛がらないように、そっと、優しく。 「椿……」 それをくすぐったげに、そしてどこか安心したように受け入れる桜。 「だから、桜……」 「………?」 「……零の虚しさも、桜が……埋めてあげて」 きっとそれが、桜にとっても零にとっても一番良い方法。 そう結論付けた椿がそう呟いた。 その言葉を聞いて、そうだなと桜はまた笑顔になる。 ただ、その会話を聞いて……平家だけが、何やら難しそうな表情を浮かべていた。 台風が去ったのを追いかけるかのようにして、朝起きるとクラスメイト達もいなくなっていた。 玄関に添えるようにして置かれていた紙を零が分かりにくいけれども喜んでいたところで、 「『珍鎮水』!!」 渋谷が珍鎮水を取り出し、桜に数滴垂らす。 するとみるみるうちに桜の姿は元の大きさに戻っていった。 いろいろなことが積み重なり忘れていたのか、珍種の小型化は珍鎮水があればすぐに元に戻れるのだ。 「最初から戻っておけよ……」 と恨めしそうに言う零に、渋谷はてへっと反省の色を見せない態度。 だが過ぎ去ったことは仕方ないのか、話題は零のロストがすぐに戻った事に変えられた。 が、その瞬間零の左腕が桜の胸を容赦なく掴んだ。 あまりにも自然なその態度に、桜は言う言葉をなくし、刻は「……な」となかなか言葉を発せないでいる。 そしてようやく刻に指摘され、自分が何をしているのかに気付いた零は、再び声にならない叫びを上げた。 「ち…ちが……これはオレじゃあ……」 桜の胸から手を離し、慌てて弁明をする零。 「バカ!これがお前じゃなくて誰だっていう……」 と刻が声を荒げると、 ≪シャバやーーー!≫ 信じられないことに、零の左腕が喋りだしたのだった。 |