「これで終いだ!!」


零の左腕を貫き封じた『捜シ者』は、期待外れの目で零を見つめた。
そして止めを刺そうと、右腕を零へと向かわせる。
だが、それは気絶しているものと思われた遊騎によって遮られた。
一撃は防げたものの、すでに体力の消耗の激しい遊騎は『捜シ者』に吹き飛ばされた。
続いて、いつの間にか『捜シ者』へと向かって行った桜が腕に掴まる。
それをいとも簡単に振り払った『捜シ者』。
なんとか身体を動かし、全身で桜を受け止め庇う形で椿も一緒に地面へと叩きつけられた。
そしてそっと桜を地面に横たおらせると、自分も『捜シ者』に抱きついた。


「なっ……!」


今まで桜を護ろうとだけしていた椿が『捜シ者』に立ち向かうのを見て、零は目を見開いた。
同時に、傷ついた桜に目を瞑ってまで、『捜シ者』に向かう椿の心理を疑問に思った。
遊騎や桜と同じように、自分を護るための行為なのか?と。


「だめっ……!」


喉からそう絞り出して呟いたと思えば、何やら『捜シ者』の表情が険しくなった。


「くっ!」


それもほんの一瞬で、『捜シ者』はすぐに椿を同じように振り払う。
遠くの地面に叩きつけられた椿の左足に、『捜シ者』は瓦礫を移動させ、足枷になるように置く。
身動きの取れなくなった椿に向け、『捜シ者』は眉を寄せ冷たい目で見下ろす。


「オレの異能を『無』にしようとするなど……珍種の真似事はやめろと言っているだろう」
「っ……」


何とか、瓦礫をどかし足を抜こうとする椿。
だが非力な椿にはどうすることもできなかった。
仕方なく異能を使い、瓦礫を『無』にして自由を得た椿だが、立ち上がった瞬間その足は『捜シ者』によって無数の切り傷をつけられた。
着ぐるみの足の部分は完全に切断され、覗く椿の白く細い足に血の線がいくつも走った。
傷つけられた足に力が入らず、椿は思わずがくっと膝から崩れ落ちる。


「いくら痛覚がなくとも、その足では動けまい」
「……!」


不敵に口角を上げ、告げる『捜シ者』。
その言葉を受け、椿は一瞬にしてとあることを思い出した。
護りたい人を護る強さを得るため、『捜シ者』の元で手解きを受けていた頃。
痛みに耐えられなくて、自らの異能を使い痛覚を『無』にすることを思いついた椿。
腫れ上がるような打撲や、出血をしても痛みで顔を歪めない椿を見て、『捜シ者』は不機嫌そうに言った。

「こんなことに異能を使うな。軟弱者」

そして第二の異能『細胞再生』を椿に施す。
『捜シ者』の厳しい言葉と視線を受け、渋々異能を解いた椿。
ばつが悪そうに『捜シ者』を見上げると、おでこに痛みが走った。『捜シ者』がデコピンをしたのだ。

「痛みから逃げるために命を削ってどうする。そのくらい耐えられるようになれ」
「……はい、ごめんなさい」
「………。どうしても痛えなら、ガキみたいに堂々と泣け」
「……え」
「まあ……ガキの泣き声はうるせえからな。治してやらんこともない」
「……ありがとう。『捜シ者』」


それからは、言葉通り怪我を治してくれることが多くなった『捜シ者』。
怒られているものばかりだと思っていたが、こういった優しさもあるのだと椿はその時に学んだ。
痛みに耐えることも強さだと教えてもらった。
再び痛覚を『無』にしたのは、『捜シ者』と別れてからすぐのこと。
桜を護るには、自分の痛みなどに構っていられないと思った故の行動だった。
まさかそれに……今また、気付かれたとは椿も思わなかった。
あの時の『捜シ者』は、自分の目の前にはいない。
何故なら、


「安心しろ。お前の大切なその珍種と一緒に、殺してやるからな」


自分たちはもう敵同士なのだから。
『捜シ者』はそう言い捨てると、切なそうに眉を寄せる椿に背を向けて零へと向き合う。
そして再び『捜シ者』の腕が零へと振り上げられるが、それは零ではなく刻を傷つけた。


「刻……!」


もうすでに虹次との闘いで瀕死だったというのに。
それでも零を奮い立たせようと行動した刻。
その姿を見て、椿も心が奮わされた。
何のために痛覚を失った?それは、こういう時に痛みに捕らわれず行動することができるためだ。
きっと目つきを鋭くした椿は出血や麻痺でうまく動かない足をがくがくと震わせて立とうとする。
そのまま足を引きずるようにして二人の元へ向かおうとするが、


「お前は行かせない」


虹次に腕を掴まれ、それは遮られた。
強く握られている腕の圧力を感じ、椿はそっと虹次へと振り返る。


「無駄死にするくらいなら、お前の本望を全うしろ」
「……でも」
「今、大神零のために力を使ってどうする。後にあの娘を殺そうとしているのだぞ」
「………」


虹次の強い眼差しを受け、椿は何も言えなくなる。
この、決して逃がすことを許さない鋭い視線は、椿は正直苦手だった。
自分が間違っているという訴えを、身に染みるように感じてしまうから。
虹次は同志と呼ぶ相手には大きな情けをかけ、心配もする。
とっくに自分は同志ではなくなったと思っていたのに。
まだこんな目で見てくれるなんて思ってもいなかった。


「うおおおおおお!!」


激しい怒号が聞こえ、椿ははっと虹次から視線を零へと移す。
そこには、腕を引きちぎった零が『捜シ者』を殴るという光景があった。
それだけではなく、青い炎が左腕を模して……烈しく揺らめいていた。
腕は失ったものの、その激しい闘志は失われていない零は攻撃を始める。
だが、『捜シ者』の異能『絶対空間』により不利なのは変わらない。


「空間切断!!」


そして『捜シ者』は無差別攻撃を仕掛けた。
壁や地面、ありとあらゆるものを切断する攻撃に気付き、椿ははっと桜を見つめる。
そのことに虹次は気付いたが、決して手を離そうとはしなかった。


「虹次さん……!」
「その足では娘の元に到達することはできぬ。それどころか、再起不能になるぞ」
「……それでも、」


構わない。桜さえ護ることができれば、他はどうなったっていい。
その覚悟があるものの、虹次の強い力に抵抗することができずにその場から動けない。
『捜シ者』が正義を批判し悲観しているのをどうすることもできないまま聞いていると、零が『捜シ者』を殴った。
椿は驚きで二人を見つめる。そして、例の左腕に宿るすさまじい威力の青い炎を。
どこか魅了されるような高揚感を持って、見つめた。
すると、『捜シ者』の頬が青い炎によってフッと燃えたことに気付いた。


「!?」


それらは頬だけでなく、全身からボッとその存在を明らかにし出した。
そして連鎖するように全ての炎が繋がり、『捜シ者』の全身を燃やす。


「気づかなかったか?殴ると同時にあんたの体内に火種を埋め込んだことを」


冷たい侮蔑の瞳で『捜シ者』を見据えながら、攻撃の仕掛けを話す零。
ただ真正面から襲い掛かるだけではない方法を見て、椿は目を見開いてその闘いの行く末を案じた。
だが、それでも『捜シ者』は慄くことはなかった。
自らに『空間切断』をし、身体ごと火種を取り除くという方法に出てきたのだ。


「『捜シ者』……」


渋谷が呟いた通り、椿も『捜シ者』の覚悟がそこまでだということにようやく気がついた。
そして、真っ向から向かい合う二人の……悲しくすれ違う覚悟を目にし、止めるどころか近付くことさえできない歯痒さを感じた。
二人の闘いは、最早手出しできない程に激しいものとなってしまっているのだから。
零の青い炎の被害を異能『細胞再生』で治し続ける『捜シ者』。
再び『空間切断』で全員を死へ追いこもうとする『捜シ者』だが、どこからともなく現れた泪により、仲間の無事が保証される。
泪を追ってきた雪比奈と平家も登場し、この場に全員が集ったことになった。
椿といえば、虹次に未だ手を掴まれたまま渋谷の元に移動してきた。
そして、渋谷と虹次だから通じる『捜シ者』の境遇を哀しく語り合う。
椿もその会話を、じっと何も言わずに聞いていた。


「彼のロスト時を遡る℃pを見るたび思いだすよ。もう……二度と見ることのないあの笑顔を―――…」


渋谷の呟きを聞き、椿は零と激しく闘う『捜シ者』をそっと見つめた。
自分は、渋谷の言う『捜シ者』の昔の笑顔は知らない。
だが、それに近い……今の笑顔なら、幾度と見たことがある。
きっと心から浮かべているものではないが、それは確かに誰かを思ってのものだった。
まだ小さく感情もない自分に向けられたあの笑顔は。
今でも忘れられない……椿の大切な心の宝物なのだから。


「……ま、オレはアイツがどんな化物になろうと死ぬまで『心友』ですがね」


そう言いながら、虹次は椿の腕を掴む力を少しだけ強くした。
きっとそれは無意識なのだろう。
僅かな変化に気付いた椿は、その想いが『捜シ者』へと向けられていることを知る。
じっと自分を見つめていることに気付いた虹次は、椿に向けてふっと、悲しそうに笑った。


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