桜、『子犬』、渋谷、『ゐの壱』が先にキャンプへと向かった数時間後。 玄関ではそれ以外のコードブレイカーたち、そして椿が揃っていた。 「もう巻き込まないと、決めていた」 そしてきゅっと手袋をはめる零の大きな背中を椿は見つめた。 気ぐるみの中の自らの背中には、先日虹次から受け取ったコートを羽織っている。 零の手袋が決意の表れであるように、椿にとってそのコートも……大切な決意であった。 とうとう扉が開かれ、その先にいた『Re-CODE』たちと対峙する。 「もらいにきたよ。私のパンドラの箱を」 そして零と同じ顔をした『捜シ者』が口を開く。 椿はその懐かしい顔を、唇を引き締めてじっと見つめた。 日和の先制攻撃により『Re-CODE』を見失ってしまった零たち。 それぞれの異能に即したトラップを受けるも、なんとか先を目指している。 「大丈夫か、椿!」 「……うん。回避、ばっちり」 頭に手裏剣の刺さっている泪に心配されるが、椿は無傷だった。 長年渋谷荘に住んでいるだけあって、『捜シ者』と同じように回避の術は理解しているようだった。 「!!」 なんとか合流して先を急ぐも、今度は黒くて小さな『にゃんまる』が大量に宙に浮いていた。 それらは数と速さを武器に、皆へと攻撃を繰り出している。 「椿さっ……」 自分の身をガードするのでも手一杯だというのに、零は同じく目を付けられた椿へと視線を向けた。 いくつもの『にゃんまる』が椿へと勢いよく向かっていく。 だが椿は慌てることなく、冷静に『にゃんまる』へと向き合った。 「なっ……」 刻が驚きで声を漏らす。椿はいつものたどたどしい態度からは想像もつかないほど機敏な動きで足技を繰り広げた。 それらはほぼ完璧に、『にゃんまる』を討ち落としていく。 「『ひめまる』が『ひめまる』やない……」 遊騎は意外そうに呟く。本来の『ひめまる』はいつも悪役に捕まってしまうか弱いキャラクターだからだろう。 信じられない特技を見せられ、自分たちも攻撃を受けながら椿を見た。 「……私は大丈夫。自分の身は自分で……」 「椿チャン後ろ!」 そんな皆の視線に気づき、椿はそう告げる。 攻撃をしかけた時とは違い、ゆったりとした態度を見て刻が声を上げる。 『にゃんまる』の攻撃の手が止むことはない。 後ろからまた大量に、椿を襲う姿が見えたのだ。 だが、やはり椿は慌てることはなかった。 「護れる」 続きの言葉を、いつもと変わらない様子で言う。 それと同時に『にゃんまる』が椿の背中に攻撃するが、椿は無表情のまま。 ぽよんという擬音が聞こえそうなくらい『ひめまる』の着ぐるみに減り込み、傷をつけることはなかったようだ。 「ほう、スペシャル・ソフトのようですね」 「………あっ」 平家は面白そうにその様子を見たが、数には負けてしまうのか、椿の背中に次々と『にゃんまる』が埋め込まれていく。 小さく声を漏らしながらバランスを崩した椿を助けようと零が手を伸ばすも、『にゃんまる』のせいで身動きができない。 そしてどんどん身体の自由を奪っていく『にゃんまる』に誰もが苛立ちを覚えた。 「こんな所で……」 こうしている間にも自分たちから遠ざかって行く『捜シ者』たち。 忌々しげに零が呟いたと思えば、 「もたついてるヒマ、オレ達にはねーんだよ!!」 それぞれの思いが一丸になったように、一気に『にゃんまる』たちを蹴散らした。 こうして道が切り開かれ、『捜シ者』たちの跡を追うために走り出した。 途中、泪がいなくなったことに気付き後戻りしてきた零たち。 そこには日和と『泡膜』とそれにより傷つけられた泪の姿があった。 ボロボロの泪を見て、思わず駆け寄ろうとした零だが、 「来るな!!……手を出すな、零。日和の相手はオレがする」 そう強く泪に言われ、踏み止まった。 椿は心配そうに、日和と泪を交互に見る。 宥めようと日和に声をかける泪だが、それが敵う訳もなく、日和の攻撃は再開する。 その様子に呆れたように、平家が立ち去ろうとするのを刻が止めた。 だが平家は厳しい表情で言う。 「八王子泪は先程から一切攻撃をしていません。元仲間であるというだけで悪を裁けない……その程度の人間を『コード:ブレイカー』とは認められません」 突き放すような平家の言葉を聞いて、椿はぼうっと泪を見つめる。 平家の言う通り、防ぎはしているものの、攻撃をしようとはしていなかった。 自分が傷つく一方なのに、それを仕方ないとでも思っているような泪の姿。 「『にゃんまる』おったらなんちゅうかな……『にゃんまる』やったらこないな時どないするんやろ」 遊騎もその二人を見て、そう呟く。 桜。その存在が椿の中で輝いた。 「………っ桜……」 椿はそっと、掌を泪と日和に向ける。 桜だったら。桜だったら、こんな時どうするか。 そんなの決まってる。心優しい桜は、仲間が傷つく姿を見て黙ってなどいない。 泪の気持ちは痛いほど分かるが、それでも……自分が桜の『影武者』である以上、それを構ってなどいられない。 椿の今の存在は、桜を護るためと同時に……桜の信条を貫くためにあるのだ。 「邪魔すんな椿!」 「っ……」 だが、その行為に泪が気付き、日和の攻撃を防ぎながら叫んだ。 驚きで一瞬肩に力が入ったが、掌を向けるのを止めない。 「椿さん……?」 「……桜、だったら……助ける」 椿の様子がおかしいことに気付き、零は声をかける。 淡々とした椿の言葉を聞き、二人に向けられた掌へと視線を移した。 それは目に見えて分かるほど震えていた。 「っ……もしかして、」 「桜だったら、仲間が傷つくのを黙って見ていない……っ」 零が目を見開いて、その行動の真意を理解した時。 椿は大きく息を吸い込んで意識を集中させたが、 「お止めなさい」 それは平家によって遮られた。 平家は椿の両手を強く握り、二人から逸らした。 「平家さん……」 「あれだけの攻撃から八王子を護ったらどうなりますか。あなた、すぐにロストしますよ」 「……でも」 いつもの飄々としたような笑みではない、真剣な表情。 そんな平家に止められても、どこか躊躇っている様子の椿。 二人の様子を見て、零だけでなく刻も、ただ事ではないことを感じ取った。 「本能が、手が……止まらない。泪は……私にとって、」 痛いくらいに平家に腕を握られ、小さく言う椿。 その必死の訴えを平家は受け止めるが、異能を使うことを許そうとはしてくれない。 そうしている間にも、 「泡膜弓矢!!」 痛みで動けなくなってしまった泪に向け、日和が異能を放った。 椿ははっとして二人へと視線を向ける。 日和の放った膜で作られた弓矢は、大きな音を立てて泪の元へと降り注いだ。 だが、 「数多すぎて『音』で弾き返しきれへんかったわ」 遊騎が咄嗟に泪を庇い、最悪の事態は避けることができた。 椿は少しだけ安心し、手の力を抜く。 そのことを感じた平家も、強く握っていた椿の腕を手離した。 そして遊騎が泪を庇ったことにより、泪が強い決心を抱いたことを、椿は感じた。 ×
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