そして渋谷に頼みこもうと階段を上がった時、3人は小さくなった渋谷を見つけた。
心配するなと言う渋谷の言葉を聞かず、刻と零は日頃の恨みを晴らそうと追いかける。
危機を感じた渋谷は全速力で逃げ、水の中に落ちてしまったのを『子犬』に助けてもらい、それを見つけた椿によって屋根の上まで来た。


「……まったく、騒がしいったらありゃしないね。毎日何かが起こる」


椿の両手に大事そうに抱かれている渋谷と『子犬』。
その穏やかとも言える状況に、渋谷はそう呟いた。


「遊騎君は乱暴だし、刻君は神経質で面倒、大神君はカタブツでゆーずーがきかないし、桜小路君は超マイペース。平家君は傍観するだけだし、八王子君は言うに及ばず」


地上で、自分を探して賑やかに走り回る彼らの声を聞きながら。
そして今小さくなってしまった自分を抱き抱える椿を振り返り、


「椿ちゃんは相変わらずだしね」


そう呟いた言葉に、椿もこくんと頷いた。
この時点で椿は、後ろで零が自分たちを見つけたことに気付いた。
だがそれを指摘することなく、椿はじっと渋谷と『子犬』を見つめる。


「昨日はごめんね。私と八王子君の会話を聞いちゃったんだね」
「………」
「でもあれは、姿を隠す必要がないと言っただけなんだよ。決して、君の存在が必要ないと言いたかったわけじゃないんだ」


そう穏やかな口調で、しっかりと椿に聞かせるように言う渋谷の言葉を、椿だけでなく零までじっと聞いていた。


「私にとって君は、大切な家族だからね。死なせたりしないよ」
「………渋谷、さん」


静かに言う渋谷の言葉を聞き、椿は思わず呟く。
会話の意図はよく分からないが、『死』という単語を聞き眉を寄せる零。


「む、椿ちゃんに撫でられるのは初めてかな」
「………ありがとう」
「いかにも。二人でこうして話すのは久しぶりだから感傷的になっちゃったのだな」


本人にとって深い意味はないだろうが、渋谷はじっと、小さくなった自分を撫でる椿の手を感じる。
だが、先程の言葉に何の嘘もない。
椿が感情を失った時から、ずっとこの渋谷荘で過ごした大切な人物。
身寄りのない椿を引き取った時から、渋谷はずっと思っていた。
第二の娘のような存在だと。


「騒がしいの、大変?」


静かな空気を堪能するように大きく吸い込み、くつろいでいる渋谷を見て椿は言う。
その言葉を聞き、一瞬黙った渋谷だが、確かに頷いた。
だが、すぐに補足するように「……でも」と穏やかな口調で言った。


「……みんながいるとそれだけで、いかにも私はウキウキと、楽しい気分になっちゃうんだよなあ……」


その言葉を聞いて何かを感じたのは椿だけではない。
椿は少し心が落ち着いたように、渋谷と『子犬』を抱く力を強くする。


「……珍種は人を不幸にする種。本来なら人と暮らすべきではないけど……」


開き直るようにして呟く渋谷に、椿は一生懸命首を横に振った。
それに気付いた渋谷は、少しだけ嬉しそうに笑った。


「……私は、皆と一緒……幸せ」


皆というのは、渋谷だけでなく桜のことも含めた言い方だろう。
その優しさを感じた渋谷は、自分を撫でる椿の手をぽんぽんと撫で返した。


「ありがとう、椿ちゃん」


椿の雰囲気が少しだけ柔らかくなったのを感じ、渋谷は前を見た。
そして再び独り言を呟くように、


「せめて闘いが始まるその時まで……」


切なそうに、物悲しそうな声で。
自分を見つけた皆を見つめた。
刻と遊騎は怒鳴って、桜は笑顔で、泪は呆れたように、平家は愉快そうにこちらを見上げていた。
それでも余裕を見せる渋谷は、自ら『珍鎮水』の瓶を落としてしまい顔を真っ青にすることになった。





その日の夜になっても、渋谷の捜索は続いた。
桜以外が集う捜索隊の中には椿の姿もあった。
『珍鎮水』を失い慌てた渋谷は、椿の手からも逃げてしまったのだ。


「……なあ椿チャン、どっか心当たりはネェの?」
「………」


捜索に打ってつけの異能を持つ遊騎が寝てしまっているため、頼れるものが何もない刻は椿に聞く。
だが椿は何も言わず、首を横に振った。


「あったら、オレたちと一緒にいないでしょう」
「それもそうダヨナ……」


口を挟んだ零の言葉に同感なのか、刻はがっくりと肩を落とした。


「それより久留須さん。桜小路さんの元に戻らなくてよろしいのですか?」
「………」


気付いたように、平家がそう声をかけた。
それに答えることなく椿は沈黙を貫く。
事情を知っている平家以外は苦そうな顔をして、笑みを浮かべる平家を見た。


「もしや、喧嘩でもされましたか?」
「………違う。私が、悪いだけ」
「椿……」


呟く椿の言葉が、なんだか悲しいものに聞こえ、泪は思わず椿の肩に手を置く。
その重くなり始めた空気を変えるように、零が口を開く。


「しかし平家、正直あなたはもう『渋谷荘』には来ないと思っていました」


零の思惑通り椿から零へと視線を向けた平家。
そして何やら楽しそうに瞳を揺らし、


「あの会長が小さくなったんですよ?大神君。しかも『珍鎮水』を落としてしまうなんて……」


そう答えた。
どうやら、渋谷がどう元に戻るかが楽しみで渋谷荘にいるらしい。
なんとも平家らしい理由だ。


「きっと……最高にステキなものが見れると思いますよ」


背を向けて言ったこの言葉が何を意味するかは分からないが。
特に気にすることもなく会話を再開させると、ズル、と何かを引きずる音と共に遊騎が目を覚ました。
視線を廊下へと向けると、そこには段ボールが大小二つ、廊下を這うように移動していた。


「……さく」


それに気付いた椿は、迷うことなくその段ボールに向かおうとする。
だが、平家は椿の腕を掴みそれを阻止した。


「……少しの間、我慢してください」
「………?」


段ボールを見て呆れている零や刻とは違い、平家は冷静にそう言った。
意味深な笑顔を見せる平家を見上げ、椿は少しだけ首を傾げた。