それからは椿に部屋から出て行くよう言われ、渋々その場を離れた皆。
リビングへ向かうと、一足先に部屋を飛び出した桜の姿があった。


「桜小路さん……」


その寂しげな後ろ姿に、零が声をかける。
すると桜は眉を下げて涙を拭った。


「あなたも、会って間もない椿さんのために涙を流すんですね」
「……分からぬのだ」


零の言葉に、桜は小さく震えた声で呟いた。


「こんなに、悲しく思う理由が。椿を、救ってやりたいと思う理由が」
「……『にゃんまる』」
「だけど、椿をあのまま……人形のようなままにさせたくないのだ」


桜は強い思いを持ってそう言っているのが、その場に居た全員が分かった。
椿は椿で桜を心配しているのだろうが。
桜も桜で、ひどく椿を心配しているのだ。


「異能者であっても……人間らしく、当たり前に生きて欲しいのだ……」


その桜の呟きを、同じ異能者である彼らも心寂しそうに聞いていた。





それから少ししても、椿が桜の元に現れることはなかった。
桜もそのことを少し心苦しく思っているが、だからこそいつも通りを心がけようと思っていた。
そして、いつもと変わらない騒がしい朝食の時間になった頃。


「みんな、いかにもおはよう」


言いながら現れた渋谷。その隣には椿もいる。
その姿に気付いた桜は、気まずさで慌てて泪たちの元へと行ってしまった。


「……やっぱりまだ、言うべきではなかったかな」


まるで椿を避けるような態度に、渋谷はそう呟く。
隣に居る椿も桜の姿を見送ったが、特別悲しいと思うことはなかった。


「ずっと隠されてる方が気分悪いケドな」


渋谷の言葉に嫌味で返すように、刻はそう言った。
それは零も同じなのか、特に何も言わずに渋谷を見つめた。


「……いかにも、君達が椿ちゃんの心配をしてくれていると分かって嬉しいよ」


そんな二人の視線を感じても、渋谷はおどけたように言う。
二人はそのことに若干の苛立ちを覚えたが、その次の言葉でそれらは払拭された。


「さ、朝食食べたらさっそく始めようか」
「……え!?」
「いかにも、修業さ。私が直々に君達の相手をしよう」





「いかにも。こんなんじゃ虹次君にも『捜シ者』にも勝てやしないよね」


修業の結果は、零と刻の惨敗だった。
二人で渋谷にかかっても、立たせることもできずに翻弄されただけだった。
その様子を椿は傍で見ていた。
なかなか桜の元に戻ることができないことを、渋谷だけでなく零や刻も気付いていたため、何も言わない。


「……お疲れさま」


渋谷が修業は終わり、と言ったのを聞き、椿は二人にそう言う。
だが刻は納得いっておらず、渋谷に向かって怒鳴る。
そんな刻に、渋谷は厳しい言葉を投げかけた。


「強くなる答えは一つじゃない……。各々の個性によっても違うだろう?」


そして二人の悔しそうな表情を見て、渋谷は思いついたように椿を見る。


「君達みたいに強くなりたいと思う気持ちも、斃すべき相手もいない椿ちゃんでも、私からコケシを奪えるよ」
「なっ……!」


その言葉に驚き、刻と零ははっと椿を見る。
椿はその言葉に若干首を傾げ、渋谷を見つめた。


「椿ちゃんは自分の異能をよく理解している。その上で、効果的な攻撃ができるんだよ」
「……マジ、かよ。信じらんネェ……」


そう呟く刻に、渋谷はさらに言葉を続ける。


「だから言ったよね、椿ちゃんは強いって」
「……見せてください」


にこりと言う渋谷をじっと見据え、零は言った。
本当かどうかはさておき、実際に椿が渋谷からコケシを奪えるのか気になるようだ。
その気持ちはよく分かった渋谷だが、なかなかそうすることはできない。


「うーん……でも、それは難しいんだよね」
「どうしてダヨ!強ェーんダロ!?」


吠える刻に、言い聞かせるように渋谷は言った。


「椿ちゃんは異能量が極端に少ないんだよ」


その言葉に、さすがに刻も何も言えなくなったのか目を見開く。
椿はその事実を嘆く様子もなく、隣で頷いた。


「……ごめんなさい」
「椿ちゃんが謝ることじゃないよ」


小さく呟いた椿の頭を撫でる渋谷。
そして二人へと再び向き合い、


「だからあまり使わせたくないんだ。……命に関わることだからね」


真剣に、そう言い聞かせた。
そう言われ、さすがに無理強いできなくなった二人は視線を逸らす。
理解してくれたと思った渋谷は、二人に背中を向ける。


「自分がどうしたら強くなれるか、自分で考えてごらん。いかにも、相手はいつでもしてあげるから」


そしてどこか楽しそうに、そう言った。
渋谷が去った後、修業場に残された3人の間にはしばらく沈黙が続いた。


「……昔、ある人に言われた」


それを破ったのは、珍しくも椿だった。
二人はそっと椿を見る。


「『君の異能は最強だが、君自身は最弱だ』……って」


弱々しく呟かれているが、何か伝えようと思ってくれての言葉だと、二人は感じた。
そのため何も言わず、じっと椿を見つめて次の言葉を待つ。


「……でも私は、大切な人を護れるだけの、力があればいいから」


刻の優しく問う言葉に、椿はきゅっと手を握って答えた。


「全部を護る力は、いらないし、持てない」


全て護るなど、大いなる奢りだというものだ。
そのことを分かっているように椿はぽつぽつ言う。
護るべき人だけ護る力があればそれでいい。
自分を護る力なんていらない、と全てを諦めているようにも見えた。


「………私は、それでいい。でも、二人は違う」
「っ……」


その言葉に、刻と零は切なげに眉を寄せる。
椿はそんな二人に、確かに伝えたいと思った本能の通り、言葉を紡ぐ。


「何も、犠牲にしないで。二人は……もっともっと、強くなれるから」


不思議だ。
椿の言葉は、いつもと同じ機械的なものなのに。
何故か零と刻には、悲しげに物寂しげに聞こえた。
抑揚も感情も何もない声から……確かに、それらを感じた。
そして自分たちにこう話してくれたのは元気づけるため。
そう感じた二人は、気を取り直してもう一度、渋谷に修業させてもらえるよう頼みに行く決心をした。