「お祭りなのだ!!皆で行って仲良くなるのだ!!」 満面の笑顔で喜びを表現する桜。 だが、零、刻、泪はどこか気乗りしない様子。 椿だけは、桜の行く所ならどこへでもついていく準備はできている。 どうやら祭りへ行くと聞いて楽しみにしているのは桜だけのようだ。 勝手に行けという雰囲気が漂っているが、それではだめなのか、何とか3人を説得し祭りへと気を向かせることに成功した桜。 そしてその日の夜。 祭りが行われている公園へとやってきた桜たち。 桜と刻は浴衣を着ているが、他は普段着のままだ。 「椿もこういう時くらい着ぐるみを脱ぐといいのだ」 「……このままでいい」 桜が残念そうに言うも、椿はふるふると首を横に振る。 どうしても着ぐるみを脱ぎたくないのを感じたのか、桜はそれ以上追及することはしなかった。 そして目の前に多く出展されている夜店を次々と回っていく桜たち。 どうやら予想以上に皆(とは言っても主に桜、刻、遊騎)が楽しんでいる。 途中、学ランin浴衣という不思議な格好をした平家にも出会い、結局コードブレイカー全員が揃い祭りを楽しむこととなった。 「よかった……。皆楽しんでくれているようで」 初めは乗り気ではなかった刻と泪も、すっかり祭りに溶け込んでいる。 その様子を見て桜は安心したように呟いた。 椿ですら今は桜の元を離れ、暴走してしまった泪を寧々音と一緒に慰めている。 そのことが余計微笑ましく思わせ、桜はふっと笑った。 楽しそうな桜を横目に、零は呟く。 「……物珍しいんでしょうね」 「えっ?」 「皆、祭りになんて来たことないでしょうから」 特に何の感情も込められていない、むしろ当たり前と言うような零。 桜は驚いて思わず零へと視線を向ける。 そんな桜と目が合い、零は補足するように続けた。 「……必要ないでしょう?『存在しない者』に祭りなんて」 零の呟きのすぐ後、花火が上がった。 桜はふと気付いたように皆へと視線を移す。 「派手な照明弾やな〜〜」 「あれは花火っつーんだよ。実物はでけえな」 「ようは光と音の組合せですね」 「音デケーヨ!!」 コードブレイカーである誰もが皆、花火をじっと見ている。 更には、まるで初めて見たかのような会話をしている。 零の言った、祭りに来たことがないという言葉が本当だと分かった瞬間だった。 「……椿?」 そしていつの間にか桜の元に戻ってきた椿が、花火と桜の間に立つ。 急なことで疑問符を浮かべる桜の前に立ち、椿はそのまま両手を広げた。 「大きい爆発、危険。私が、桜を護る」 小さくもしっかりと告げる椿の言葉と、その後ろ姿を桜は驚きで見つめる。 どうやら椿も花火を初めて見たらしい。 その前に、花火というものが何なのか理解していないらしく、爆発物の類だと勘違いしている。 「椿さん、大丈夫ですよ。花火は娯楽ですから」 「……ごらく?」 「皆さんを楽しませるためのものです。……ほら、綺麗でしょう」 一段と大きな花火が上がり、その場に居る全員がわあっと夜空を見上げる。 大きな花火が一瞬の彩りを魅せ、儚く消えていった。 「……うん、きれい」 花火を見て、というよりは、皆の様子を見てそう呟いた椿。 鮮やかな光。それらは暗い世界を一瞬だけ照らしてくれる。 だが、それが綺麗だから感動するというように椿は感じることはできなかった。 何の感情も込められていないその言葉に零は気付いたのか、一瞬だけ椿を見た。だがすぐに逸らし、 「オレ、先帰ります。桜小路さんは皆と……」 言いながら踵を返そうとした零は、桜がカチンコチンに固まっていることに気付いて歩みを止める。 そしてその桜をしっかりさせようと、隣で椿が背中をさすっている。 「き……きらいなのだ、あの音……」 目をぐるぐるとさせながら弱気に言う桜。 明らかに花火を見て怖がっている桜の様子に、椿はむすっとしたように呟く。 「やっぱり、花火は危険。桜を怖がらせる」 言いながら桜の周りをうろつき、緊張を解そうと撫でたり耳を塞いで花火の音を防ごうとしている。 全く花火を夏の風物詩として受け入れられていない二人を見て、零は思わず笑った。 「あなたにも苦手なものがあったのか。意外だな」 「……え!?」 「椿さんも、そう堅く考えなくてもいいんじゃないですか?」 それがいつもの能面ではないことに気付いた桜は、驚いたようにその顔を見つめる。 椿も、こんなにもはっきりとした好意が窺える笑みを見たのは初めてなのか、ぼうっと零の後ろ姿を見つめた。 その後は渋谷に写真を撮ろうと呼ばれ、無事に全員が揃った集合写真を撮ることができた。 自室に戻ってきた椿は、部屋に入ってすぐ机へと向き直る。 管理人室のすぐ隣の部屋。そこが椿の部屋だった。 祭りにて遊騎から貰った『にゃんまる』の仮面や、平家の飴細工を部屋に持ち帰ろうと一旦桜の元から離れた椿。 それらを大切に箱に詰め込んだ椿は、手に持っていた例の集合写真を見つめる。 「………」 写真に写っている一人一人の顔を見、さらに心の中で名前を呟く椿。 桜、零、刻、遊騎、平家、泪、渋谷、寧々音、子犬、そして自分。 写真の中の自分は、しっかりと桜の横に存在していた。 それだけでひどく心が安心する。思わず、その写真を両手で大切に掴んだ。 「仲間……」 そしてそう小さく呟く。 自分でも僅かにしか聞こえないくらい、掠れた声だった。 「とてもとても、大切。あの時と、同じ」 写真を優しく愛おしげになぞる椿。 まるで壊れ物に触れるかのように、それは拙い手つきだった。 「……もう、失いたくない」 自分でも気付かないうちにその手は震えていた。 それは、心の奥に閉じ込めた本能が叫んでいるようだった。 どうして自分の手は震えているのか。分からない椿は、ふと写真から目を逸らした。 そして机に伏せるようにして置いてある写真立てを見つめた。 椿はそっとそれに手を伸ばす。 「……もう、壊さない」 白いフレームをした写真立ての中に、先程の集合写真を挟む。 それをどこか満足気に見つめ、再び机の上に戻した。 今度は伏せずに、きちんと写真が見えるように立てて。 しばらくそれをじっと見つめていると、隣の管理人室から何やら声が聞こえた。 そっと耳を澄ませてみれば、会話しているのが泪と渋谷だということが分かった。 そして、 「いかにも。桜小路君の記憶が戻ったら、いずれこの着ぐるみも必要なくなるよ」 渋谷のその言葉を聞いて、椿はゆっくりと目を見開いた。 桜の記憶が戻る。 詳しくは『今の椿』にはよく分からないが、きっとそれは状況が悪くなることを指す。 そうすると大変なことになる。具体的なことは分からない。 だが渋谷の言葉の通り、着ぐるみが必要なくなるということは。 「私………も」 その存在を失うということ。 着ぐるみで身を隠している椿にとっては。 それが必要なくなるということは、自分の存在がなくなってしまうことを意味する。 着ぐるみを脱ぎ、その正体を世に晒す時……椿はきっと、永遠の別れを桜に告げることになるだろうから。 ×
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