「刻、まだ怒ってる」 「………」 それから渋谷荘に戻り、少し気分が落ち着いたところで眠ろうとした刻。 だが、珍しく桜ではなく自分の部屋についてきた椿を見て、なかなかそうできないでいた。 「えーと、椿チャン?オレ、そろそろ寝たいんだけど」 先に寝たのか今日は遊騎の嫌がらせ(という名の子守唄)も聞こえないし、と苦笑しながら言う。 それでも椿は刻の部屋に居座ったまま、動く気配はない。 「怒ってる。顔、怖い」 「お、怒ってないっテ……」 じっと顔を見つめたまま言われ、刻は後ずさる。 言いながら笑みを浮かべて椿に帰ってもらおうとするが、口元は引き攣ったまま。 自分でもひくひくと震えるのが分かる。 そして誤魔化しは効かないと感じたのか、刻は笑顔を作ることを諦めた。 「あーあ。オレは大神君と違って嘘笑いは苦手なんだヨネ」 ぶっきらぼうに言い、見つめてくる椿を同じように見返した。 「オレが王子嫌うの、そんなに嫌なノ?」 「……刻に、怒って欲しくないだけ」 「それはやさしーネ。でもそれって実際、あいつらを庇ってんデショ?」 椿の言葉を素直に受け止めず、軽く流すようにした刻。 そして少しだけ冷たい目で、椿を見つめた。 「ちゃんと覚えてるゼ。椿チャンが、『捜シ者』……あいつらの知り合いだってコト」 「………」 桜が『捜シ者』の元から戻ってきた時に渋谷が言った言葉。 あの時は驚いただけだったが、寧々音を殺した犯人があの中に居ると確定した今は違う。 見過ごすことのできない情報へと変わった。 「何か知ってんダロ?教えてくれたら、怒るのやめてもいいケド」 「………」 無言を貫く椿。答えられないのか答えたくないのかは分からない。 刻もそう言ってはいるが、素直に返事がくるとは最初から思ってはいない。 何も言わない椿を一瞬見つめ、すぐに背中を向けた。 「何も言わないンならさ、放っといてくんナイ?」 そして頭を乱暴に掻き、呆れたように言い放つ。 完全に切り捨てられたと思った椿は、ゆっくりと顔を下げた。 「……ごめんなさい」 「っ……」 「ごめんなさい」 小さく呟かれた声。それが謝罪の言葉だと聞きとれた刻。 二度目に言われた後、刻は思わず振り向いた。 「ごめんなさい、刻。ごめんなさい」 「……別に、椿チャンに怒ってるワケじゃ……」 「ごめんなさい。私の、せい」 慌てて慰めようとする刻に、椿は更に小さく呟いた。 「私が、何も言わないから。だから、刻は悲しい。分からなくて、もやもやするから、泪を怒るの」 その言葉の大半が、何を意味しているのか深くは分からない。 だが、多くを語らない椿がこうも自分に訴えかけるのは。 今のバラバラになってしまった状態を良く思っていないからだと、簡単に分かった。 刻はその必死に言う椿を見て切なく思い、思わず椿を抱き締めた。 「椿チャンが気に病むコトじゃない。これは、俺たちの問題」 「………でも」 「いくら椿チャンが謝っても、何も解決しないノ」 「………」 それは椿も分かっている。 それでも、何故だか無性に謝りたいんだ。 どういった気持ちによって動かされているのか分からない。 気持ちはないのだから、きっと『そうしなければならない』と経験からの行動かもしれない。 ただ、このまま刻に何も言えないままでいるのは嫌だった。 「だから……もうおやすみ」 「……おやすみ」 優しく告げる刻に、椿は少しだけ迷ったが……同じ言葉を返した。 そして少しだけ自分でも疑問を持った。 今まで、桜のために行動してきたのに。 どうしてこういう状況になって、泪や刻のためになるような行動をしたのか。 心の中で首を傾げるも、その答えは全く出てこないし見当もつかなかった。 「………」 そして桜の部屋へと戻る。 自室に戻らないのは、一番近くで桜を護りたいがため。 数日前に刻に言った、桜の傍が自分の居場所というのも本心だ。 「……桜」 眠っている桜の元に静かに歩み寄る。 よく熟睡しているが、どこかすっきりしない表情だということを椿は気付いた。 そしてその原因が、さっき起きた喧嘩にあるものだということも。 あの時の辛そうな桜の表情は、椿もよく心に残っている。 そんな桜の表情を見て、椿はとあることに気付いた。 「(……そうだ。きっと、そう)」 自分が泪と刻の間の溝を埋めようとしたこと。 それは、桜を護るためということにも繋がる。 桜が安心して毎日を過ごすため。 そのためには、全員が仲良しじゃないといけない。 桜の信条や正義に基づいて考えても、そうするのが最善策。 だから自分は桜を護るために二人を気にしているのだ。 そう結論付けた椿は、そっと桜の寝顔を見守った。 数日が過ぎ、ただ歯を磨くという行為ですら穏やかにできなくなってしまった朝。 未だ和解できていない刻と泪。 それが原因となって全員の関係がギスギスしているのを感じた桜も憂いたまま。 そんな桜を見て椿も心配そうに見つめるが、渋谷の言うとおり時間が経つのを待つばかりだった。 仲間との空気は悪いが、修業は良い方向へと結果をもたらしている。 「40オーバー!!二人ともメーター振り切れちゃってるゼ!?」 再び異能メーターで異能を測った二人。 その著しい結果に刻が有頂天になり喜ぶ。 同じ場に居合わせた椿もぱちぱちと無感情ながら手を叩いて祝福をする。 だが、渋谷はそのメーターをポイっと投げ棄てた。 そのことに二人は驚くが、渋谷自らが本気で相手をすると聞くと、すぐに表情を変えた。 意気込む刻に待ったをかけ、渋谷が言い出した言葉は、 「今日は特別。別のことしようか」 そして夏祭りのビラを零、刻、椿に見せるのであった。 ×
|