いざトリップ(1)


「ああーーー!やっぱいいわぁ、テニプリ!」
「そうね。笑いあり感動ありのド派手アクション……とても理想的だわ」
「……えっ……と、テニス漫画、じゃなかったっけ……?」


その日はいつも通り、学校帰りに仁菜の家で3人仲良くゴロゴロしていた。
女の子らしい部屋に溢れているのは仁菜の大好きなテニプリという漫画。
その漫画の感想を延々と聞かされる壱加と珊里。これも日常的な光景だ。
テニプリという漫画に限らず、漫画自体全く読まない壱加にとっては疑問符しか浮かばない話だが、同じくテニプリ好きの珊里は非常に共感できる話のようだ。


「だから、壱加も読んだ方がいいって!」
「すぐに現実の男なんか目じゃないってことがわかるわ」
「………テニス……関係あるの?」


勧誘の仕方が雑なためか、未だに内容が掴めることができていない壱加。


「んー、壱加はあれかな、俺様な跡部がぴったりかも。それか兄貴な宍戸先輩かなー」
「そう?以外に赤也みたいな馬鹿で犬みたいな子が合うかもしれないわよ」
「だめ!赤也は絶対に渡さない!あたしの従順なわんこにするの!犬だったら謙也のほうがいいよ!犬っぽいし!」
「謙也はだめよ」


架空の人物を取り合う仁菜と珊里の会話をついていけないといった様子で見守っている壱加。


「四天の子たちは私だけの逆ハーレム要因なんだから」
「「………」」


爽やかな笑顔でさらっととんでもないことを言い出す珊里に二人は黙りこんで珊里を凝視する。


「あら、冗談よ。そんな変な顔しないで」
「……珊里の発言は冗談に聞こえないんだってば」
「(こくこく)」


呆れながら言う仁菜と、必死に頷く壱加。
それを見て、「そう?」と首を傾げて微笑む珊里。
大人しく控えめな壱加。
明るくて元気な仁菜。
穏やかで落ち着いた珊里。
全く違うタイプの人物だが、この3人はとても強い絆で結ばれた親友だった。
高校では同じクラスでいつも同じ時を過ごし。
部活に所属しない彼女たちは同じ時間に帰り、放課後を共に過ごす。
それが彼女たちの日常だった。
当たり前で平凡で、幸せな日常だった。
それでも。
その小さな幸せを。
見逃さない人物がいた。


『よう、楽しそうだなお前ら』


それは突然彼女たちの目の前に現れた、両掌に収まるサイズの小さな小さな、そして偉そうな人物。


「「「………」」」


声がした。姿も見える。確かに、目が合っている。
3人は同じようにその小さな人物を見つめている。


「………やば。あたし、初めてお化け見た!」
「これが超常現象というやつね。カメラに映るかしら?」
「へ、変な生き物がいるよ仁菜ちゃん珊里ちゃん!」
『お前ら神様に向かって失礼だなおい!』


興奮する仁菜。あわよくばそれ関係の場所へ売ろうと考えている珊里。そんな二人の後ろに隠れて怖がる壱加。
三者三様の反応を受けた自称神様は怒った様子で声を大にして言った。


「え?神様?ちっちゃ!!」
『放っとけ』
「私幽霊とか神とか信じないタイプなの」
『今は観念して信じろ』
「……………」
『栄倉壱加、お前はゴキブリを見るような怯えた目で俺を見るな』


とても神様とは思えない姿、言動を珍しそうに見ている3人。
宙にふらふら浮いているその姿をじっと見つめながら、珊里が冷静に言った。


「どうして壱加の名前を知ってるの?」
『壱加だけじゃない。美川仁菜、椎名珊里、お前らのことも知ってる』
「マジで、凄い!あたしたち、神様に名前知られてるよ!」
「むしろ神なんだから当然なんじゃない?」


この小さい浮遊物が神ということを信じたというよりは、ノリで言っている感がある仁菜と珊里。
だが壱加だけは、名前や気持ちを言い当てられて若干信じかけている様子。
珊里の背に隠れてじっと自称神様を見つめていた。


『好き勝手言いやがって。せっかくお前らに俺から盛大なプレゼントをしてやろうと思ったのに』
「神からそんなことされる覚えはないわ」


ぴしゃりと言いつつも笑顔な珊里。普通の人間ならこの冷ややかさに奇妙な気持ちを抱いて離れて行く。
だが相手は神だからそんな性格なのも知っているようで、普通に言葉を返した。


『まーそれはあれだ。俺の気まぐれ。神のお遊びだ』
「遊びでもいーよ別に!で、プレゼントって何?」


貰えるものは貰っておこうと思っているのか、仁菜はにやにやしながら神様をつつく。
幽霊的なものと同じで物理的に触れられはしないが、ノリでやっているようだ。


『聞いて驚くな。お前らの好きなテニプリの世界へトリップするチャンスだ!!』


偉そうにふんぞり返りながら言う神様の言葉に、金切り声を上げて喜ぶ仁菜。
まあ、と意外そうに、でも嬉しそうに目を丸くする珊里。
テニプリもトリップも理解していない壱加は何もリアクションできないままそんな二人を交互に、心配そうに見ていた。