出逢い(1) 「ふふっ、地上へと急降下しているのに、何の風の抵抗も感じない……まるで私自身が風になったみたいだわ」 『……随分と余裕ぶっこいてるな』 眩しいくらいの光から解き放たれた後、真っ逆さまに落ちている自身を顧みながら冷静に言う珊里。 壱加や仁菜とは全く違う反応に、神様こそどう反応していいのか分からなかった。 「どうせ到達する頃にはスローモーションみたいになるんでしょ?ま、気まぐれな神が期待させるだけさせておいて、私たちを投身自殺に仕立てるつもりなら別だけども」 『……いちいちお前は発想が怖いというか、常軌を逸しているな』 「よく言われるわ」 『………。お前、嘘でもいいからもう少し可愛げを出したらどうだ』 ジト目で神様がそう言うと、珊里は一拍置いて、とても愛想の良い天使のような笑顔を作り神様に向けた。 それを向けられた神様は条件反射のように寒気を感じた。 傍目から見れば見惚れてしまうような綺麗さを持つ笑みだが、神様にとっては違和感しか感じられないらしい。 「これでも私は愛想が良い方よ。壱加や仁菜と違ってね?」 『まあ………そう、かもな』 「それよりも教えて欲しいんだけど」 少し食い気味に言った珊里の言葉を、神様は若干聞きたくないと言いたげに顔を背けた。 『このトリップのことならさっきも言ったように、俺の気まぐれだ』 「気まぐれで神はこんなことしないわ。……そう。神はいつだって、私たちに不親切だもの」 少しばかり哀愁も感じられるような態度で、珊里はそう言った。 その言葉を神様は少しばかり無言のまま聞きいれる。 「なんて、私やあの二人を卑下するわけじゃないけど」 『そうだな……少なくとも、お前たち3人が平凡≠ナあれば、こんなことはしなかった』 「………」 急に真面目な顔をして言う神様。 珊里はやっぱりというような、見当がついているような顔になる。 「別に、私たちは自分のことが特別だなんて思ったことないわ」 『だが……』 「ま、こうして神にトリップさせてもらえるんだから、それだけ幸福者だとは思うようにするけど」 そうして、だんだんと目的地にたどり着きそうだと分かると、珊里はどことなく嬉しそうに笑みを作った。 それは先程神様に見せた作り物の笑顔でない、心からの笑顔。 それを見つけた神様は何も言えなくなったまま、落ちて行く珊里を見守った。 「白石ぃー!!はよ試合しよーやーー!!」 「金ちゃんやかましいでぇ。毒手喰らいたいん?」 「あっつ……マジ暑苦しいわ、金ちゃん」 ただ立っているだけでも蒸し暑い。そんな天気の中、ラケット片手に元気に飛び回っている遠山。 宥める白石も、暑さのせいか毒手の包帯を取ろうとする手が早い。 遠山はそれを見て焦って逃げて行く。その様子を見て財前がうんざりしたように呟く。 「いつものことやん。つか、言うほど暑いか?ええ気候やん」 「そうよね謙也くん。このくらい暑い方が、愛は育みやすいわぁ」 「小春!その愛はもちろん俺と育んでくれるんやろ!?な、せやろ?な!」 人の良い笑顔で言う謙也に金色も便乗する。 何やら理由が不純だが、一氏は大賛成のようなのでどうやら問題はなさそうだ。 「………ああ、この気温の上昇はあの人らの所為か」 小春ラビューと叫びながら、白石たちとは別の鬼ごっこを始めた一氏と金色を見て、財前が現実逃避気味に呟く。 隣では銀も「ぬん」と手を合わせながら同意を示した。 「ああああああっ!!!」 すると突然、白石に追いかけられて非人間的な動きをしながら逃げていた遠山が叫んだ。 その大声に驚き、思わず足を止める白石。 近くの木陰で悠々自適、自由奔放に昼寝をしていた千歳も起きるレベルの声量だった。 「何ね!?モンスターの襲来ば来とっと!?」 「金太郎はんの咆哮や。にしても千歳はん、妙な夢を見てはったみたいやな」 涎を垂らしながら飛び起き、意味不明なことを口走る千歳に本当のことを教えたのは銀。 昼寝をしていることも、夢と現実の区別がつかなくなっていることもいつものことのようだ。 「こらー金ちゃん、急に叫んだらびっくりするやろ」 「人や人!白石、人が上から落っこちてきてるで!」 目をまん丸にして、未だ毒手に怖がりながらも空を指差す。 そんな遠山の行動に白石は一瞬目を点にしたが、すぐに真面目な顔になり、 「金ちゃん、そんなおもろない嘘俺に通用せえへんって分かってるやろ?」 「う、嘘ちゃうし!空見てみぃ!」 信じてくれない白石に向けて必死に言う遠山。 仕方ないなと溜息をつきながら、言われた通り遠山の指差した方を見る白石。 「………ほんまや」 「確かに、何か落っこちてきよるなぁ。けど、人か?」 「……金太郎はんの視力や。間違いあらへんやろ」 「金ちゃん凄いばいね」 視線の先に確かに何かの影があるのが見えて、驚きを隠せない白石。 騒ぎを聞きつけた謙也が白石の隣まで来て同じように目を細めて空を見る。 銀も見えたのか、落ち着いて言う言葉は妙な説得力を感じた。 「ま、何にせよ良さそうなネタ発見ッスわ」 財前がどこから取り出したのか携帯を片手に空からの落下物を激写する。 その隣でハイテンションになってきた遠山が、両手で拳を作って目をキラキラさせ始めた。 「何やろな、火星人か?宇宙人やろか!?」 落ちてきている人影が待ちきれないのか、ぴょんぴょん飛び跳ねながら叫ぶ。 「ん?んん!?よう見たら落ちてきてるの、女の子やないの!男やなくてなんや残念やわぁ〜」 「う、浮気か!死なすど!」 ロックオンの指の形を作り見上げている小春が残念そうに呟く。 一氏が怒鳴るが、それでも女だということにどことなく安心している様子。 「それにしても、あのまま落ちてきたらテニスコートに穴が空くなぁ」 「いや、テニスコートの心配ちゃうやろ!?」 うーんと首を傾げながら腕を組み、呟く白石。 その見当違いとも言える言葉に謙也がぎょっとした顔でつっこむ。 「こういう時は、謙也はんの出番やな」 「!?ちょ、銀さんそれどういう意味!?」 未だ手を合わせたまま冷静に言う銀。 謙也にはそれが死への宣告に聞こえた。 「謙也はえらい速かね。謙也に任せたら安心ばい」 「せやな。浪速のスピードスターなら不可能やない!」 「そ、そか?俺のスピードが必要なんか?」 「(まんざらでもない謙也さん、マジ単純やわ)」 千歳に純粋に褒められ、白石におだてられ(冗談半分ということは気付いていない)、少し照れながら頭を掻く謙也を財前が呆れ顔で見る。 四天宝寺の日常がこの緊急とも言える事態でも繰り広げられていた。 「あかん!もうすぐ落っこちてくるで、謙也ぁ!」 「OK!この浪速のスピードスターに任せとけっちゅー話や!」 自信ゲージが満タンになった謙也が遠山の言葉をスタートの合図にして走り出す。 その間も、落ちてくる少女の速度は緩まない。 もちろん、必死に走り始めた謙也は少女の表情が楽しそうに笑ったのにも気づかない。 「くそっ、あかん、このままのスピードやったら間に合わん……!」 目測で、今のまま走っていたら間に合わないことを悟る謙也。 悔しそうに唇を噛み、咄嗟の判断でスライディングを試みる。 それはもう、限界を超える勢いだった。 「スピードスターに不可能はないんやあああああ!」 ユニフォームが汚れることも厭わず、目の前の少女を受け止めることだけに集中する謙也。 その一生懸命な姿に、後ろで金色が「いやん、謙也くん惚れ直しちゃう」とハートマークをつけながら言っている。 それに嫉妬した一氏が同じように走りだそうとしたのを、二次災害を予想した銀が首根っこを掴んで制止した。 そして、 「ふふっ」 謙也が渾身の力を振り絞ったスライディングも意味をなすことなく、少女は微笑と共に謙也が通り過ぎた後の場所に自力で降り立った。 地面に到着する直前はふわりと羽が舞うようなスピードになるため、当然の結果と言える。 無駄に損をしたのは謙也だけということになる。 「ぷー、謙也さんダサいッスわ」 「っ……!って、写メ撮んなや財前!」 思い切り空回りをしてしまった恥ずかしさから顔を真っ赤にして言う謙也。 携帯を片手に嫌味っぽく笑う財前を指差した。 「でも、一生懸命受け止めようとしてくれて嬉しかったわ。ありがとう、謙也」 立ち上がった謙也の手を取り、目を見つめて言う少女の目に、謙也は一瞬目を奪われた。 そして柔らかな手の感触がスライディングの時にできた腕の傷に移動しようとした時、謙也は「ふむあっ!」と妙な声を出して振り払った。 財前にからかわれた時とは別の、顔の赤みが周りの好奇心を煽る。白石辺りはにやにやしている。 「あ、ごめんなさい。痛かったかしら」 その謙也の照れに気付いているのかいないのか、振り払われた手を胸の前に持ってくる。 若干困ったような表情を浮かべた相手に、謙也は慌てて「いや、あの」と弁解しようとする。 そんな二人の間を空気も読まずに遮ったのは遠山。 「なぁなぁ、姉ちゃん、宇宙人なんか!?」 「こら、金ちゃん!」 目をキラッキラに輝かせて問う遠山。自分よりも下にある遠山の目をじっと見つめる少女。 遠山の無礼さに慌てて白石が遠山を抱え込み口を塞ぐ。 冷や汗を垂らしながら目の前の少女をそっと覗き見ると、 「ふふっ、お姉さんはね、宇宙人じゃなくて異世界人なのよ」 とごくごく普通に言ってみせた少女。 白石や他のメンバーは「え」と目を点にし、遠山は白石に口を塞がれながらも「むごごごごご!」と何やら興奮気味に叫んでいる。 テニスコートを騒然とさせた少女はその後、自ら進んで部室へと向かって行った。 |