出逢い(1)


「ああああああ!!やばいくらいに清々しい!!」
『空中を勢いよく落下しながら満面の笑みでいられるのは今のお前か、スカイダイバーくらいだな』
「ほんっとにありがとう神様!あたし、今はすごく感謝してる!」
『今は≠ヘ余計だ。これからも感謝し続けろ』


眩しい光から解き放たれ、自分が地上へと猛スピードで落下中だといことに気付いた仁菜。
いくら空気抵抗が無く落ちている感覚があまり感じないとはいえ、その精神は図太いと言えるだろう。
この状況にはしゃいでいられるのを呆れたのか、神様が冷静に言う。
意外と良いコンビなのかもしれない。


「でも本当に夢みたい……。あたしが、立海の皆に会いに行けるなんて……」
『……しかし、お前は本当にテニプリが好きだよな』
「うん!!だって、皆はすごくかっこいいじゃん!見た目もそうだけど、生き方も!……あんなふうに青春を謳歌してるんだし」


言いながら、どことなく遠い目になっていくのを神様は見逃さなかった。


『お前も今日から晴れてその皆の仲間入りだな』
「あはは、なんだか恥ずかしいな!うまくやっていけるかな!」
『お前なら大丈夫だ。……いつもの、素のお前を出していけば』
「素、かあ……。そだね、それが一番だよね!」


始終、遠足前の小学生のようなテンションの仁菜。
そんな仁菜を見つめながら、神様が思い出したように声をかける。


『そういや、お前らのポケットに俺から特別なプレゼントを忍ばせておいた』
「え?また何かくれるの?」
『現実世界で使ってた携帯はもちろん使えないからな。こっちで使えるものを用意しておいた。有り難く思え』
「わっ!さっすが神様!用意周到〜!」


褒め称えながら仁菜がぱっと携帯を見る。
そこにはすでに壱加と珊里のナンバーが登録されていた。


「これでいつでも連絡できる!」
『そういうことだな。向こうに着いたら壱加に連絡しておいてくれ。伝える前に気絶したからな』
「あ〜……やっぱり、壱加絶叫系とか苦手だもんなぁ」


地上に向かって急降下、という状況では気を失うのも納得のようだ。


『もうすぐ着くな。……ま、楽しんでこいよ』


神様がそう言うのを聞き、仁菜は太陽のような明るい笑顔を神様に向けた。
その笑顔を見て、神様は安堵と少しばかりの切なさを胸に抱え、仁菜の行く末を見送った。





立海side



「あー絶好のテニス日和ッスね!!」
「だな。こういう時にテニスで身体動かすのは最高だよな」
「……試合で動いてんのほぼ俺だけどな」


着替えを終え、テニスコートに出てきてすぐの会話。
満面の笑みの切原、ガムを噛みながら笑う丸井、そして呆れたように呟くジャッカル。
初夏のこの天気はどうやら彼らにとって絶好のテニス日和、と言えるもののようだ。


「うん、こういう爽やかな日は思い切り部員を酷使したくなるね」
「精市、言っている内容が全く爽やかではないぞ」
「そんなことはないさ、蓮二。それよりも真田、そこで逃げようとしている仁王をしっかりと捕まえておいてね」
「無論だ」


この夏場だというのにジャージの肩かけをやめない幸村と、無表情のまま突っ込む柳。
そして幸村の言葉通り逃げようとしていた仁王の首根っこをひっつかむ真田。


「くっ……幸村、この天気の中身体を動かすのは、練習ではなく拷問だと思うんじゃ」
「全く、一体何年運動部に所属しているのですか仁王くんは」


真田にしっかりと掴まれ日陰に行くことすらできない仁王を柳生は眼鏡を押し上げながら厳しい眼差しで見つめる。


「柳生、相棒なら分かってくれるじゃろ?」
「確かにあなたの日差しの弱さは分かっています。ですが、運動部員としてそれはどうかと常日頃思っていた所です」
「ふー……相変わらず頭かったいのう、柳生は……」


大きな溜息をつき、もう逃げないからと言い聞かせ真田の手を振り払った仁王。


「この炎天下とも言える中運動しちょったらな、いずれ……「あーー!!空から人が振ってきてるッス!!」……そうじゃ、今叫んだ赤也みたいに頭がおかしくなってしまうぜよ」


仁王たちがいるところとは少し離れたコートの真ん中あたりにいる3人。
そのうちの一人、切原の大声を聞き頭痛持ちがするように額を押さえ始めた仁王。


「何を言っているのですか。切原くんのあれは熱中症のせいではありませんよ」
「つまり元からと言いたいわけか。だんだんと言動がきつくなっとるのう、お前さんは」
「そこの二人、先程から関係のない赤也のことを散々言っているが、赤也の発言は虚偽妄想ではないようだぞ」


だんだんと赤也が可哀想になってきたのか、そろそろ現実を見て欲しいのか、柳は冷静に二人の会話に入る。
一瞬不思議そうにした仁王と柳生だが、ふと先程まで切原たちが居た場所を見る。
するとそこには既に幸村と真田も移動していた。


「本当だな……。あれは紛れもなく人間だな」
「ふふ、空から降ってくるなんて……一体どういうプレイの最中なんだろうね」
「人が振ってくるのも恐ろしいが、幸村の発言も同じくらい恐ろしいぜ……」


真田が眩しいのを堪えて、しっかりと自分の目で正体を確認する。
ジャッカルはすぐ隣に居る幸村の発言に若干怯えながらも落下してくる人物にも注意を向けていた。


「………!………〜!」
「なんか叫んでるのが聞こえるッス!」
「しかも、なんか手振ってるようにも見えるぜ」


切原が興奮気味に良い、丸井も面白そうに手をサンバイザーのように形作り額に当てて空を見上げる。


「落下プレイ中に笑顔……どうやらドMのようだね」
「幸村、そんなことを言っている場合では……」
「こういう時は真田、君の出番だね」
「俺か!?」
「立海一の力持ちでガタイも良い、そして頼りがいのある男は君しかいないだろう?」
「む……そこまで言われては、断るのも忍びないな……」
「(相変わらず単純だぜ副部長……!)」


真田の扱いにかけては右に出る者はいないと部内でも有名な幸村。
そんな魔王の操り人形とも言えるレッテルを貼られているとは露とも知らない真田は帽子をジャッカルに預けて落下してきている少女を受けとめる体制を整える。
それはもの凄い気迫で、落ちてくるポイントさえ分かれば縮地法のごとく一歩で移動できそうな集中力を持っている。


「ちょっ………!何…………!………ああああ!」
「………なんだか叫び声が一層大きくなりましたね」
「真田に受け止められるのが嫌なんじゃなかか?」


冗談で言ったつもりの仁王の言葉。
隣の柳生も「まさか」と言いたげに笑ったが、


「なんで真田がスタンバってるのよ!いやいやいや!!赤也がいい!赤也あああああ!!」
「「「(めっちゃ真田拒否られてる……)」」」


はっきりと声が聞こえる程度まで距離が近づいたと思えば、次の瞬間真田はまるで石になったかのように固まっていた。
少なからず善意の気持ちを持っていた分、傷跡も大きかったようだ。


「ほら赤也、ご指名だぜ」
「えっ、俺ッスか!?」
「しょうがないね。赤也、受け止められなかったら校庭50周だから」
「なんで!?」


自らがし向けた真田が使い物にならなかったからか、少しばかり不機嫌な幸村。
そして切原に八つ当たり。


「ほれ赤也。あたふたしている間にも落ちてきてるぜよ!」
「あ、あわわっ!!」


急かされるとさらに焦るタイプだと知りながら仁王が横やりを入れる。
すると切原は目に見えて焦り、急いで両腕を差し出しながら少女が落ちて来るであろう落下地点を探す。


「きゃああああ!!赤也が私を受け止めるために必死になってる!!私もう死んでもいいかもおおおお!!」
「……なんだかとても元気な奴だな(落ちてるのに)」
「本人もああ言ってることだし、死なせてあげることも一つの優しさかもしれないね」
「いや、それはだめだろ」


ジャッカルが苦笑気味に言い、幸村も凍えついたように変わらない笑みで言う。
あまりにも普通に言ってみせるが、全く普通じゃないことに気付いた丸井は驚きながら突っ込んだ。
そしてゆっくりと優雅に、両手を広げた切原の腕の中ににすっぽりと身体を収めた小柄な少女。
切原は、突然スピードが緩くなったことに戸惑いながらもしっかりと少女を抱き締めた。


「すごいよ赤也!まるで王子様みたいだった!もー、真田のごっつい身体で抱きとめられるより赤也の少し華奢な身体の方がいいよ!!」


到着してからも興奮は冷めず、赤也にぎゅうぎゅう抱きつきながら矢継ぎ早に言葉を発する。


「………俺は……ごついのか……」


その傍では、真田が哀愁を漂わせながら静かに呟いていた。