出逢い(1)


「あ、あれ……っ!?仁菜ちゃんは!?珊里ちゃんは!?」


眩しい光に包まれたと思ったら、今は一人でどこか知らない場所に向かっている。
その状況に不安しか抱いていない壱加は、頭を真っ白にさせながら隣で同じように落ちている神様を見る。


『あの二人とはもう別行動だ。ま、うまくやれるだろう』
「そんな……やだよ、どうして、私一人……」


心の支えとも言える二人が居なくなった途端、声は小さく、言葉は震える壱加。
両手で顔を隠す様にし、どうやら泣き始める前兆のようだ。


『あーもうお前はいちいち泣くな!いいか?お前はもう17歳だろう?少しずつ一人立ちできるようにならないとだめだ』
「………一人、立ち……?」
『ああ。……仁菜や珊里は氷帝の奴らを知った上でお前を送りこんだんだ。そんな奴らが悪い奴らだと思うか?お前の親友二人の言っていることが嘘だと思うか?』
「そ、んなこと……絶対に、ないよ。仁菜ちゃんと珊里ちゃんは嘘なんかつかない」


神様が強い口調で言うのを、壱加は心細げに聞いていたが、二人の親友を語る時には同じく強い思いを込めて呟いた。
その言葉に神様はほっとしたのか、壱加大きく頷いて壱加を見つめる。


『だったらお前も頑張れ。こっちで友達でも作って、あいつら驚かしてやれ』
「……ともだち……」


神様が言った言葉を、まるで初めて聞いた言葉のようにして繰り返す。


「私に……できるの、かな……」


不安と困惑でいっぱいの表情で小さく呟く。
だが、恐怖や怯えがないことが分かり、神様は叱咤が大半を占めた叱咤激励をすることなく壱加を見つめた。


『それはお前の頑張り次第だ。……もうすぐ着くぞ』
「え?」


そして神様が下を見るように促すと、ちょうどここは都内の空を落下中。
どうやらあまりのパニックに下を見る余裕がなく、自分が今地上に向かって落下中だとは思っていなかったようだ。


『ま、今はこのスピードで落ちてるが、地面に着く瞬間はふわっと……って、気失ってるか』


自分の身の危険を感じたのか、自身を守るように気を失ってしまった壱加。
眠っているようなその壱加の姿は、まるで眠り姫のような美しさを持っていた。


『……安心しろ。こっちでも、ずっと見守っててやるから』


そんな壱加に向けて、神様は慈悲深い表情でそう呟いた。





氷帝side



「あー……暑い。なんか、蒸し暑くね?」
「そりゃあ、もう初夏やしなぁ……」
「晴れただけ良しとしようぜ。雨だったらじめじめした部室で筋トレなんだからよ」


じりじりと照りつく日差しの下、向日、忍足、宍戸が同じように空を見上げながら言う。
その言葉は、まだ何もしていないにも関わらず、どこか疲れている。


「ったく情けねえな。これっぽっちの日差しで弱音か?アーン?」
「ウス」


その3人の後ろから声をかけたのは、氷帝テニス部部長である跡部。
隣につれている樺地は相槌のようにただ一言、そう告げる。


「って、その樺地の手にあるのはなんだよ」
「アーン?これはファンからのプレゼントだ」


ジト目で向日が突っ込んだのは、樺地の手にある日傘。
豪華なレースで縁取られた黒い日傘は、じりじりと皮膚を焼く紫外線から跡部を守っている。


「めちゃめちゃ有効活用しとるやん」
「跡部さんも暑いのは同じなんですね……」
「日焼けくらい気にすることないでしょう……」


ここで着替えを終えた他の2年も合流する。
鳳は苦笑気味に、日吉は呆れ気味に日陰に隠れている跡部を見る。


「でも暑いのは誰だって嫌だC〜……」
「あ、ジロー。お前そんなとこにいたのかよ」


どこからともなく声がしたと思えば、跡部の後ろにくっつくようにして日差しから逃れている芥川の姿。
見つけた宍戸が呆れたようにジローに声をかける。


「余計暑そうに見えるんですが……」
「そう〜?結構涼しいよ?あの暑い太陽から隠れてると……あ、」


すでにバテているんじゃないかと心配になるくらい気の抜けたように喋る芥川。
だがその途中で妙な声を発し、レギュラー全員の注目を浴びた。


「どうしたジロー」
「んー……あのね跡部、空から何か降ってきてる」
「アーン?もう暑さにやられたのか」
「そーだぜージロー。この時期に空から降ってくるのは雨か紫外線くらいだぜー」
「でもほら、あそこ!」


全く信じてくれない皆にムキになるようにして指をさす芥川。
仕方なく全員がその方向を見る。するとそこには確かに何かの黒い影が。


「……本当に何か降ってきてますね」
「降ってきてるっちゅーか、落ちとるんちゃう?鳥があまりの暑さにバテてもうたとか」
「鳥にしては大きいですよ」


鳳と忍足が目を凝らしてその正体を探るも、まだ米粒程度にしか見えないためよく分からなかった。
だが、その落下物がどこに来るかは想像でき始めたようで。


「やばいな。下手したらモロここに落ちてくるぜ!」
「チッ……妙なもんが落ちて練習が中断になるのは面倒だ。おい樺地!」
「ウス」


心配する宍戸を余所に、跡部は鬱陶しげに指を鳴らした。
そして意気込んだ様子で返事をした樺地。


「おいおいおい。まさか樺地に受け止めさせる気かいな。どこまで万能やねん」
「つーかあれ……よく見たら人だぜ!」


呆れた様子で突っ込みを入れる忍足。
そして宍戸が視力を振り絞って見つけ出した落下物の正体を聞いた途端、全員の顔が焦りに変わる。


「はぁ!?人!?嘘だろ!?」
「おい宍戸、お前のその言葉は信用していいのか」
「信用しろよ!ほら見ろ!もうすぐそこまできてる!!」


向日と跡部の反応に怒鳴るように言う宍戸。
そうしている間にも落下物はすぐ目の前にまで迫りきろうとしていた。


「ほんまや!人や!しかも女の子!」
「そういうところは本当に目ざといですね」


地上まであと10メートルを切ろうとしたところで、高速で落ちてきていた落下物は急にスローモーションになったかのようにゆっくりと落ちてきた。
その光景はまるで、


「ラ……ラ●ュタや!もしかしたらあの女の子はシー●!?」
「馬鹿言え忍足。アニメの見過ぎだ」
「あ、跡部の口からアニメなんて言葉が聞けるとはな……」
「というか、知っているんですね」


すでに受け入れ態勢に入っている樺地の元へ急いでかけつける皆さん。
宍戸と日吉が余裕そうに言葉が発せられるのも、人体が地面に叩きつけられるという危機から脱したことを予想してのもの。
もちろんその予想通り、ゆっくりと幻想的に落下してきた少女は樺地の両腕にしっかりと抱かれた。


「本当に女の子だ……なんで空から降ってきたんだ……」
「気をつけや、岳人。どっかに飛●石あるかもしれんで」
「まだそのネタ引っ張るのかよ忍足……激ダサだぜ」


いい加減苛々してきた宍戸がぴしゃりと言う。
その後は、落ちてきた少女が気を失っていることも考慮し、安静に部室まで運び出されることになった。