出逢い(6) 「うーん、なんだか部活終わりの皆とこうして歩いていると、青春って感じがするね!」 「そうか?」 ぞろぞろと皆で夕暮れの中を歩いて帰っている途中、仁菜は楽しそうに言う。 立海テニス部にとってはそう珍しいことではないのか、ブン太は頭の後ろで手を組みながらそう答えた。 「部活が早く終わった時とか、先輩が飯おごってくれたりするんスよ!」 「主に俺だがな……」 にこにこ顔で言う切原の言葉に、そのすぐ後ろでジャッカルが呆れたように呟く。 なんとなく予想していたのか、仁菜はあははと笑った。 「あんまりジャッカルに迷惑かけたらだめだよー?ジャッカルの家の家計を圧迫したら可哀想でしょ?」 「仁菜っ……」 庇うようなことを言う仁菜にジャッカルは感動したのか、口に手を当てながら仁菜を見つめる。 だが、そのすぐあと仁菜はあっと口を開いた。 「でもジャッカルのお父さん復職したんだったよね。ということで、ほどほどならOK!」 「うしっ!」 「仁菜!?赤也も、ガッツポーズするな!!」 一瞬にして裏切られたため、ジャッカルは今度はしげしげと額に手を当てた。 まぁまぁと、隣にいた柳生に肩に手を置かれている。 「それにしても仁菜の情報網は怖いね。俺についても何か知ってたりするの?」 「全く怖そうな顔してないね、精市。ていうか、皆のことなら大体は知ってるよ!」 「マジか。じゃあ、幸村の弱点とかも知っとるのか?」 興味深そうに仁王が仁菜に聞く。 すると素早い手つきで柳がノートを構えた。 「もち!でも蓮二はすでに知ってると思うけどな〜」 「念の為だ」 「俺の弱点を記録する必要性はあまり感じられないんだけど」 にこりと笑いながら柳に言うが、柳は無表情のまま同じように、念の為だと答えた。 「それにしても、何をやっても非の無い幸村くんの弱点ですか…」 「気になるのう」 柳生と仁王はそう言葉を漏らす。 すると仁菜は二人を振り返って、人差し指を立てて答えた。 「弱点というか、精市の苦手なことは、誰かの陰口なんだよ」 言うと、なるほどと納得したのか柳生はポンと手を打った。 「幸村くんは曲がったことがお嫌いですもんね」 「なーんか予想できる答えやったのう。もうちょい、使えるネタはなかったんか」 「仁王?」 「………プリッ」 残念そうな仁王の態度に、幸村は威圧感のある笑顔で仁王を見る。 そんな幸村を真っ直ぐ見ることができず、仁王は目を逸らしながら誤魔化した。 仁王のことは放っておくとして、幸村はふうと息を吐きながら仁菜を見た。 「確かに俺は陰口は苦手だよ。よく知ってるね。でも、それを使って俺に嫌がらせしようとしても無駄だよ?」 冗談混じりの笑顔で幸村は言う。 もちろん、仁菜が本気でそんなことをするとは思っていない。幸村なりの切り返し方だった。 「しないよ」 だから仁菜も同じように冗談っぽく返してくれると思っていたが、仁菜の表情は笑みなど一切ない、真剣そのものだった。 口調もあっさりとしたもので、その場に居た全員は驚きつつ仁菜を見つめる。 「そんなことしないよ。冗談でもしない。…………陰口なんて、卑怯で汚い真似」 最後の方の言葉は、小さく、ほんの少し切なくも聞こえた。 立ち止まってしまった仁菜を不思議そうに見て、互いに顔を見合わせた立海メンバーだったが、 「あたしも精市と同じで陰口は苦手だからね!自分がされて嫌なことは人にはしない、そういう常識はちゃんと持ってるんだから!」 気持ちを切り替えたようににへらっと笑い言う仁菜を見て、立海メンバーも少し安心したように頷く。 先程の仁菜の態度は気になったが、ただ単に正義感が強いのかもしれないと各々が結論付け、言及することはしなかった。 「仁菜さん、見た目の割にはしっかりしてるんスね!」 「惜しい!一言余計だよ赤也!」 見た目がギャルっぽい仁菜にしては意外だったのか切原が笑いながら言うと、仁菜は膨れながら切原の脇腹をつついた。 くすぐったそうにしながらも楽しそうにしている二人を見て、先輩たちは微笑ましい気持ちになった。 「赤也の家は向こうだから、ここらでお別れだな」 「わ、結構早い!なんだかつまんなーい」 「また明日会えるんじゃ。そう落ち込みなさんな」 仁王が言うと、仁菜もそうだねと頷いた。 そして仁菜と切原はその場で皆と別れ、二人きりになったと思えばすぐ歩いたところに切原の家はあった。 「ここが俺ん家ッス!」 「うわー!」 切原が指を指した家を見て仁菜は目を輝かせる。 そんな仁菜の様子に、切原は苦笑した。 「そこまで驚くような豪邸とかじゃないんスけど…」 切原が言うように、目の前にあるのはどこにでもあるようなごくごく普通の一般住宅だった。 二階建ての建物に、小さな庭。だが仁菜は満足そうな笑顔で切原を見上げた。 「赤也の家だってことが重要なの!あたしの大好きな赤也の家!」 「あ!仁菜さん、あんまり家の中で好きとか言わないでくださいよ?」 「えーなんでー」 「おふくろとか姉貴が誤解しそうなんス!」 眉を寄せる切原に、仁菜も口を尖らせて言う。 切原はどうやら家族にからかわれるのが嫌なのか、絶対にと念を押した。 「……それに、俺でも好きだって言われて照れないほど神経図太くないんスからね」 今度は切原が口を尖らせて呟いた。 そんな呟きがすぐ隣で聞こえ、仁菜は両手で口を押さえて涙目になった。 「……あたしの赤也が可愛すぎて辛い」 「仁菜さんのじゃないッスからね!?」 慌てる切原に、冗談冗談と笑いながら切原の背中をぽんぽんと叩く。 なんだか家族に紹介するのが不安になってきた切原だったが、いつまでも外にいるわけにもいかないと思い、仁菜を連れて家に入る。 そして先に家に帰って来ていた母と姉に、少々不審ながらも一生懸命事情を説明していた。 余計なことを言うまいと、仁菜は大人しく切原の一歩後ろでにこにこと愛想良く笑っている。……実際は、一生懸命な切原の言動ににやにやが止まらないだけなのだが。 そして、 「あー……なんとか解放された……」 説明に疲れた切原は、自室に戻るなりベッドで大の字になる。 その様子を見て仁菜は面白そうに笑った。 「お疲れ様、赤也。すっごく可愛かったよ」 「……嬉しくないッス」 母、姉ともに快く仁菜を受け入れてくれたが、切原に対しては好奇の目をずっと向けていた。 それに気付きながらも何とか許しを得ることができ、これから毎日からかわれるのは必須かと思いながら、切原は溜息をついた。 「でも部屋が一つ余ってるとは思わなかったなぁ。あたし、赤也の部屋で寝泊まりすることになるのかなーって期待してたのに」 「さすがにそれは無理っしょ!!誰かの部屋になるなら、姉貴だろ!」 「ぶーぶー」 どうやら切原家には空き部屋があったらしく、その部屋をあてがわれた仁菜。 少し残念だが、切原の隣の部屋ということもあって、それはそれでいいかと仁菜は思った。 「ったく……調子狂う……」 「えへへ、赤也どんまい」 原因は仁菜だというのに慰められてしまい、切原は複雑そうな表情になる。 「そうだ!この喜びを早く二人に伝えなきゃ!」 はっと思い立ったのか、仁菜はそう声をあげながらポケットから携帯を取り出す。 そして素早い手つきであっというまにメールを送った様子の仁菜を見て、切原は口を開く。 「仁菜さん携帯は持ってきたんスね」 「あー違うの、これは神様のプレゼント。だからアドレスは壱加と珊里のしか入ってないよ」 「そうなんスか……つか、さらっと言ってるけど神様からプレゼントってすごいッスね」 「なかなか粋な神様もいるもんだよね!」 グッと親指を立てて言う仁菜だが、すぐにピロリンと携帯が鳴り、返信が来たことを知る。 「あ、珊里からだー。さすが早いなぁ」 差出人: 珊里 宛先: 壱加,仁菜 ――――――――――――― 件名: 良かったわね。 ――――――――――――― 仁菜が楽しそうで何よりよ。 赤也の家に泊まることも予想 の範囲内だったし、あまり虐 めすぎないようにね。 私は蔵ノ介の家に泊まること になったわ。ちょっとした植 物園みたいで面白い所よ。 情報交換の件については了解 したわ。 壱加も、慣れないだろうけど 返事はゆっくり焦らなくてい いからね。 珊里。 ----END---- 「珊里はやっぱり蔵リンなんだ!好きだな〜」 「くらりん?」 面白そうに言う仁菜に切原は首を傾げる。 そんな切原には笑って誤魔化しておくとして、仁菜は珊里が気にしていたように壱加の返事をゆっくりと待った。 そして、 「おっ!きたきた〜!」 差出人: 壱加 宛先: 仁菜,珊里 ――――――――――――― 件名: 壱加です ――――――――――――― 携帯は初めてだけど、なくさ ないように持つてます 仁菜ちゃんと珊里ちゃんがい なくてとりつぷは不安だけど 景吾くんが優しくしてくれる から大丈夫です、お家も景吾 くんが泊めてけれました めーる、うつの大変だけど、 これから頑張るね 壱加 ----END---- 壱加のメールを開いて、仁菜はすぐに微笑んだ。 小さいつ≠ェ打てなかったりカタカナ変換ができなかったり、誤字があったりしているが、頑張ってメールをしてくれたことがよくわかった。 「そっか……跡部か。うん、跡部なら安心して壱加を任せられるかな」 そう呟く仁菜の言葉がやけに優しいものに感じ、切原はちらっと仁菜の表情を見る。 仁菜の横顔は、言葉と同じく優しげなものだった。 「跡部って、あの氷帝の部長ッスか?」 「うん。なんだか壱加がお世話になってるみたい」 「うへえ…ちょっと同情するッス」 切原はナルシストなイメージが強いのか、苦そうな顔で呟く。 だが仁菜はそうは思わないのか、面白そうに笑った。 「そんなことないよ。跡部はああ見えて面倒見が良いんだよ?」 「そうッスかねぇ?」 切原は疑わしそうに返したが、仁菜はそう確信していた。 そして壱加にもう一度、小文字の打ち方やカタカナ変換の仕方などを跡部に教えてもらうように壱加に返信し、携帯を閉じた。 |