出逢い(5) 「はあぁ……」 珊里と二人きりになった帰り道、白石は肩の力を抜くように大きく息を吐き出した。 「どうしたの、蔵ノ介。私のことが嫌いになった?」 「なんでそうなるんや!?」 ちらっと白石の顔を見上げ、にこにこ顔のまま聞く珊里。 その言葉を聞いて白石は思わずツッコんでしまった。 「だって、隣でそんな大きな溜息吐かれたらそう思うわよ」 「あ……すまん。つい……ほら、今日、珊里が空から落っこちてくるっていうサプライズあったやろ?」 「やっぱり私のせいなのね」 「やから、ちゃうって!」 少し寂しそうな顔をした珊里に、白石は慌てて首を振る。 そんな白石の様子を見て、珊里は面白そうに笑った。 「ふふ、冗談よ。私が現れてから皆騒がしかったから、少し疲れちゃったのよね」 「わ、わかってるならええけど……」 にこやかに言う珊里の表情を見て白石は安堵する。 珊里の言動一つ一つに、妙に振り回されてしまっている。 「あ、そろそろやで。見えるやろ?あの家や」 気を取り直して、白石の家近くまできたために珊里にそのことを伝える。 白石の指を差す方向を珊里も見つめた。 「……ふふっ、イメージ通り、白くて綺麗で植物だらけの家ね」 「そうか?」 そんなイメージがあったのかと、白石はきょとんとしながら首を傾げる。 白石の清潔感ある振る舞いや植物好きという観点から大体の想像をしていた珊里は、イメージ通りだった家を興味深そうに見ている。 そして玄関前まで来たところで、 「ちょっとした植物園ね」 「せやろせやろ。俺の自慢の庭や」 戸建の家にしては少し広い庭にある植物たちを見て珊里が呟くと、白石も自慢げに言う。 今回はそのご自慢の庭は通り過ぎ、玄関まで案内されるとそのまま白石の家族と対面した。 「ふう……上手く馴染めるか不安だったけど、楽しいご家族ね」 「え、不安やったん?その割には和やか〜に話しとったけど」 家族との対面を終え、白石の部屋に二人入ったところで珊里が呟く。 泊まりの件は、白石がうまく誤魔化してくれたため、深く理由を聞かれずに済んだ。 表向きには、両親が出張続きで家に帰ってこられなくなってしまったからとなっている。 「お母さんと友香里ちゃんが優しかったからよ」 最初は白石が女の子を連れてきたことに興味津津、面白半分といった様子だったが、事情(嘘だが)を聞くと心優しく歓迎してくれた。 姉はすでに一人立ちしており、父親には帰って来てから伝えることとなった。 「ほな、珊里は隣の姉貴の部屋自由に使ってええからな。私物はなんもあらへんけど、家具類は姉貴のお古になってまうけどいいか?」 「十分助かるわ。さすがに一から家具を揃えるのは大変だもの」 そんなお金もあるわけじゃなし……そして、そんな苦労を白石の家族にさせるわけにはいかなかった。 にこりと笑うと、白石も安心したように笑った。 「でもまあ、よかったわ。珊里も家族に馴染めそうやし。元々珊里、人当たり良さそうやもんなぁ」 「………そうかしら?ありがとう」 白石の言葉を受け、珊里は少しだけ間を置いて答えた。 少し違和感のある間だったが、白石は特に気にすることはなかった。 「ほな、姉貴の部屋いこか。結構の間使てへんかったから、掃除せな」 「ありがとう」 掃除道具を取り出して向かう白石の後を追うように隣の部屋に立ち入った珊里。 白石の部屋とほぼ同じ間取りの部屋を見て、嬉しそうに笑う。 そしてそれからは二人で1時間程掃除を行った。 使ってないとはいえ、定期的に掃除機などかけているため特に汚いというわけではなかったが、綺麗好きの白石は徹底的に掃除を行った。 「……なんだか、ほとんど蔵ノ介にやってもらっちゃったわね」 「ええねんええねん。俺ん家やし」 綺麗さっぱり、埃一つなくなった部屋を見て珊里が少しばかり申し訳なさそうに言う。 だが白石は別に苦ではなかったのか、笑顔で答えた。 「本当、蔵ノ介って頼りになるわね。お姉さんと妹さんに挟まれて育ったからかしら」 「関係あるんか?俺は別に普通やと思うけど」 「そんなことないわよ。女心だって分かっていそうだし……もっと早く、蔵ノ介に出会えていたら」 「え?」 小さく呟かれた言葉の意味が気になり、珊里を見る白石。 だが、珊里が誤魔化すように笑いながら首を振った。 「なんでもないわ。いろいろと面倒を見てくれてありがとう。これからしばらく、お世話になります」 「あ、こちらこそ……」 丁寧に頭を下げた珊里につられるように頭を下げる白石。 なんだかうまく話題を逸らされたような気がしたが、追及するまでもないと思い白石も忘れることにした。 「ほな、明日は転入手続きやな。午前中には終わると思うし、準備だけは忘れずにな」 「ええ。ありがとう」 「なんかあったら気軽に言うてな」 そう言い残し、白石は手を振って部屋から出た。 珊里はドアをしばらく見つめ、 「もっと早く出会っていたら……なんて」 自嘲するように小さく呟く。 「我ながら、馬鹿みたいなこと口走っちゃったわね」 そんなことはまるっきり夢物語なのに。 今自分がここにいることも、夢みたいな出来事なのに。 皆の優しさに触れ、珊里は少し気が動揺してしまっていた。 「………」 そして白石が綺麗に整えてくれたベッドの上に座る。 少しだけぼうっとするように白い壁を見つめていると、ふと気付いたように口を開く。 「ねえ、神」 呼びかけるように一言。 だが辺りはしんとしていて、返事はない。と思いきや、 『様をつけろ様を』 呆れた表情で突然現れた神は腕を組みながら珊里に言う。 その姿を見て、珊里はにこりと笑った。 「あらごめんなさい。居たとは思ってなくて」 『じゃあ何で呼んだんだよ……。俺がお前たちを見守っていると知っての所業か』 「そんなことより、蔵ノ介の家族が私を自然に受け入れてくれたのって、あなたの仕業なの?」 『………』 あっさりと話題を逸らされてしまったことを憎らしく思いながらも、神はじっとこちらを見る珊里を見た。 『まあ、そうだな。得体の知れん、しかも異性を家に泊めると言って不審がらない人物なんていないからな』 「やっぱり。通りで私にとって都合の良い展開になると思った」 大体予想はしていたのか、珊里は少し目を細め、俯く。 少しだけしおらしくなった珊里を見て、神は仕方なさげに溜息をついた。 『じゃないとトリップする意味がないからな。だが勘違いはするな。あの白石蔵ノ介という奴が起こした行動には俺は一切関わっていない』 「………え?」 『つまり、あの男がお前を泊めると言った言葉は本心だ。もちろん、あの男以外のテニス部メンバーもそうだ。俺は何もしてない』 神の堂々たる言葉を聞いて、珊里はふと顔を見上げた。 トリップさせてやると偉そうなことを言った神のため、少しばかり自分達がこちら側で生活しやすいように細工を施しているだろうと思っていた珊里。 それが確信へと変わったため、白石の行動も神の仕業じゃないかと疑っていた。 だが、今宣言したように神は何もしてはいない。 それを聞いて珊里は安心したように笑った。 「……そう、なんだ」 『だから何も気にすることはない。自然体で接すればいい。俺はいつでもお前達を見守っているから、困った事があれば今みたいに呼べばいい』 「……偉そうに言わないで。ただの、浮遊物のくせに」 悪態吐く珊里の言葉。 だがそれが珍しく珊里の照れ隠しだということに神は気付いていた。 少しだけ頬を赤くし、嬉しさに口元が緩んでいる珊里の表情を見て。 『全く、普段からそうしていればいいのにな』 「うるさいわね。もう用はないから行って。壱加の方が面倒見るの大変でしょ?」 『可愛くない奴だな……壱加の件については合ってる。ということだから、またな』 そう言い残して、神はふっと姿を消した。 何の痕跡も残さずにいなくなった神を思い出すようにして、しばらくぼうっとしていると、ポケットの中に入っていた携帯が震えた。 「ん……仁菜からメールだわ」 差出人: 仁菜 宛先: 壱加,珊里 ――――――――――――― 件名: やっほ! ――――――――――――― 二人ともどう?トリップ楽し んでる? 私は、なんと今赤也の家にい ます!超幸せ!赤也天使! ってなわけで、二人は誰の家 に泊まることになったのか教 えてね! こういった情報交換もこれか ら大切にすること! ☆仁菜☆ ----END---- 「ふふっ、仁菜も楽しんでるみたいね」 大好きな切原の家に泊まることになると知り、珊里も自分のことのように嬉しそうに笑う。 よかったねという想いを込めながら返信をすると、そのすぐ後に夕食に呼ばれた。 |