出逢い(4)


「さて、立海テニス部の皆に受け入れられたことはいいとして」
「受け入れたっつーか、受け入れるしかねえっつーか……」


仁菜が笑顔でうんうんと一人納得しているのを、丸井が呆れ顔で呟く。


「仕方ありませんよ。別の世界から来たという仁菜さんには、頼りが他になさそうですし」
「そうじゃのう、一人で知らんとこに来るのは心細いじゃろ」


柳生と仁王の言葉に仁菜は同意を示すように、再び頷いた。


「確かにねぇ、知らないところに一人なんて、あたしは別に皆のこと知ってるから平気だけど、壱加だったら不安すぎて泣き喚いてるかも」


半分冗談のつもりで言っているが、実際そうなっているだろうと仁菜は予想をしていた。
すると、仁菜の言葉の内容に疑問を抱いたのは柳。


「壱加……というのは、仁菜の友人か?」
「そうだよ。後もう一人、珊里って子もいるの。その二人もあたしみたいにこっちに来てるよ〜」


さらっと言われた衝撃の事実に、切原や丸井は再び目を見開きあからさまに驚いた。


「そうなのかよ。つか、こっち来すぎじゃね?」
「なんか面白そうッスね!そのお二人さんはどこにいるんスか?」


やはり気になるのか、仁菜に聞いてみる。
仁菜も立海の皆に紹介したい気持ちは山々なのだが、それが無理なことも承知している。
何せ、別の学校……しかも他県にいるため、会うのは容易ではない。


「別のテニス部に居るよ〜。王者立海の皆なら、きっと接点あるところだと思うよ」
「ほう。それは興味深いな」
「どこなんだい?そのテニス部って」


真田が腕を組み、幸村も面白そうなのかそう聞く。
だが、仁菜は意地悪を言うようににやりと笑った。


「え〜〜〜どうしよっかなぁ?言っちゃおうかな?内緒にしちゃおうかな?」
「ふふっ、今の君とんでもなくうざいよ」


そのわざとらしい態度に幸村が氷点下の笑みを送る。
おいおいとジャッカルが仲裁しようとするのを見て、仁菜は今度は明るい笑みを浮かべた。


「あはは、冗談だって。壱加って子が氷帝で、珊里って子が四天宝寺に行ってるよ」
「へえ〜、氷帝かぁ……」
「それに大阪の四天宝寺のう……」


やはり聞いたことがある名前なのか、切原と仁王が面白そうに呟く。
すると仁菜もまたにこりと笑って、


「いつか皆にも会って欲しいな。二人とも、ちょっと変だけど、すごく良い子たちだから」
「仁菜に変って言われるってことは、相当変なんだろうな……」
「ちょっとブンちゃん、それどういう意味?」


嫌な想像をしているのか、丸井がぽつりと呟く。
が、仁菜が聞き逃すはずもなく、ぷくっと頬を膨らませて丸井に向けて言った。
その仕草から、本気で怒っているというよりは拗ねているという表現が正しいことを皆は気付いていた。


「ふふ、仁菜はそうやって拗ねてると、可愛くていいね」
「!?せ、精市が褒めてる……この世にはまだ不思議なことがあるのね」
「そ、そこまで不思議がることか……?」


苦笑するジャッカルだが、仁菜以外のメンバーは幸村の本心になんとなく気付いているようだった。
幸村の言う可愛い≠ニいうのは、前文に幼くて≠ェ抜けているということを。
何故なら、皆もその仁菜の表情が幼い子供を見ているようで可愛らしいと思ってしまったからだ。


「はあ……童顔も悪いことじゃなかろうに。仁菜は頑固じゃのう」
「仁王?言いたいことがあるなら正々堂々と聞くよ?」
「おー怖い怖い。仁菜に言うことは何もなかよ」


手をひらひらとさせて、誤魔化そうとする仁王。
いまいち誤魔化しきれていないが、仁菜も必要以上聞こうとはしなかった。


「ま、そんなことはいいとして。皆練習しなくていいの?」
「……9割方、お前の所為でできずにいるのだが」


しれっと言う仁菜に真田が呆れたように言う。
それを分かっていたのか、仁菜はえへへと笑いながら頭を掻いた。


「だから、もう私のことは置いておいて練習してきていいよ。大人しくここにいるからさ」
「って、ここに居るのかよ」
「だってしょうがないじゃん。私行くあてないし。練習終わったら誰かの家までついてく」
「な、なんつう自分勝手な……」
「心配しなくても、ジャッカルの家にはいかないよ。……色々と、大変そうだから」


そっと涙を拭う真似をする仁菜。
そんな仁菜を見て、気を遣われているのに何故か、素直に受け入れられない気持ちになる。


「そうだな……こちらに来たばかりの仁菜には、住む場所もないか」
「それならこれからの試合で決めないか?総当たり戦で、一番負けの多かった人物の家に仁菜を泊める」
「え、なんで負けた人なの!?」


幸村の提案に、仁菜が大声で口を挟む。


「こんなに可愛い女子高生と同棲できるんだよ!?もっとこう、『俺の家に来てほしいッス!』って言うのはないの!?」
「ちょ、何で口調が俺なんスか!?」


どうやら仁菜の願望が少し入ってしまったようだ。


「女子高生……っていっても、ねえ」
「精市?その上から下まで見る目線は喧嘩売っているものと思っていいの?」


幸村の視線が何を意味するものか分かったらしく、仁菜は笑顔で拳を作る。
だがその態度に臆することなく、幸村は話を続けた。


「自分のことを可愛いっていう仁菜を軽蔑してただけだよ」
「うん、それも失礼だね。こうなったら精市の家に住み着いてやろうかな」


言い方が嫌味なものに変わっていく仁菜を切原がまぁまぁと落ち着かせる。


「赤也!精市がね、酷いこと言うの!赤也は私のこと可愛いって言ってくれたもんね!」
「……あんだけの態度示したのに、赤也の前では猫被ろうとする仁菜がすげえよ」
「ああ。すでに大分、手遅れだとは思うのだがな」


幸村の前と切原の前での態度の違いに、丸井は呆れた尊敬を向け、柳は冷静に言う。


「俺はせっかくだし、幸村の案に乗るぜよ。そういうスリルのある試合も面白そうじゃ」
「スリルって、私の居住権のこと?なんかノリが罰ゲームっぽくない?」
「気にすんなって。要は、赤也を負かせたらいいんだろぃ?」
「お、ブンちゃん、わかってるー!」
「!?」


仁王の言葉に口を尖らせる仁菜だが、そんな仁菜の肩にぽんと手を置き言う丸井。
どうやら丸井は悪ノリに乗るようだ。
そして思わぬ宣言をされた切原は驚き丸井を見る。


「ブン太先輩、俺に厳しくねえッスか!?」
「ばーか。俺は仁菜の応援してんだよ」
「ブンちゃん!ただジャッカルをこき使いだけじゃないのね!」
「それは俺にも失礼だぞ!?」


すぐさま突っ込むジャッカル。
その素早い反応に、面白そうに笑う仁菜。


「あはは、でも素直に、皆がそれぞれ戦って結果がどうなるかって気になるかも」
「まあもちろん、俺が一番だけどね」
「うーん……まあ確かに、精市とは戦いたくないよねー。五感奪われるとか、マジ勘弁って感じ」
「そういえば、先程から疑問に思っていたが……仁菜は俺たちのプレイスタイルにも詳しいんだな」


柳が顎に手を添えて言う。
すると仁菜はまた楽しそうに頷いた。


「もち!皆のテニスの試合は毎回楽しみにしてたからね〜!にしても、総当たり戦ってなるとシングルスでしょ?比呂士とかブンちゃんはシングルス大丈夫なの?」
「もちろん、不得手ではありませんよ」
「つーか何で俺と柳生なんだよ」
「比呂士のシングルスは見たことないし、ブンちゃんは体力とか……ねえ?」


意味深な視線を向けると、丸井が「なっ」と声を漏らした。


「俺は、確かに動かねえけど、それはチャンスを待ってるだけだ!決して体力がないわけじゃねえよ!」


そして反論する。
仁菜はその反論を可愛いと言いたげに見て、ぽんぽんと肩を叩いた。


「はいはい。ちゃんと分かってるって。試合内容は腑に落ちないけど、ブンちゃんも皆も、試合頑張ってね」


今度は何の嫌味も感じられない、素直な応援の言葉を丸井だけでなく皆に向けた。
その笑顔は太陽のように明るく、自然と惹きつけられる。
自分でも数秒、その笑顔に見惚れてしまうことに気付かないほどに。


「……そうだね。皆、久しぶりに気を引き締めてやろうか」
「っあー、でも幸村と試合すんのは緊張すんな……」
「へへっ、久しぶりに勝負ッス!今度こそ、俺が勝ってナンバーワンになるッス!」


真田や幸村とも試合できるということに、切原は拳を突き上げて喜ぶ。
そして高らかと宣言する切原に、真田や幸村は可愛い後輩の成長を見守るような目で切原を見た。


「ふふ、赤也には悪いけど、俺はまだ負けてはあげないよ?」
「威勢がいいのは良いことだ。俺も全力でやってやろう」


その視線の意味に気付いた仁菜は、二人の表情を見てなんだか嬉しそうな表情になる。
それに気付いた柳が、そっと仁菜のその表情を見つめた。


「……なんだか、仲間≠チて感じでいいね、こういうの」


柳の視線に気付いた仁菜は小さな声で呟いた。
それは隣に居た柳にしか聞こえなかった。


「ここではいつもの光景だぞ。それに、お前にもいるんだろう?仲間≠ヘ」


柳は先程名前が出ていた二人のことを脳裏に過ぎらす。
共に別の世界から来るということは、言うならば運命共同体のようなものだ。
その柳の言葉の意図に気付いた仁菜は、また笑う。


「そうだね……。でも、仲間≠ニはちょっと違うかな」


その笑顔は、若干疲れたような、そんな笑顔だった。


「私は、もっともっと深いものだと思ってる」


ぐっと、拳を胸の位置で握る。
その態度に柳は不審に思うも、問うのはやめた。
問おうとするよりも前に、仁菜の方が態度を変えたからだ。


「蓮二も試合頑張ってね?負けたら私と同棲だよ?」
「……自分で言っているではないか」


そう言うと、仁菜はにひひと面白そうに笑う。
そしてもう一度仁菜は全員に頑張れと告げて、テニスコートに向かう皆を見送った。