出逢い(4) 練習、という内容が遠山の気を引いたのか、 「そや!練習や!!」 「珊里はんの登場で、すっかり忘れてしもてました」 「まあオモロイからええやん!そや、珊里、練習見てくかー?」 満面の笑顔で誘う遠山。 完全に話が逸らされてしまったことに白石は気付いていたが、何も言わないことにした。 対して珊里は気にしていないのか、遠山へと視線を変えた。 「見てみたいけど、今はまだ私部外者だから……。部室にいるわ」 「それがええと思います。他の部員に色々聞かれるんめんどいし」 財前が腕を組んで言い、他の皆も納得したのか、それ以上珊里をテニスコートに誘うことはなかった。 「珊里が部室おるんなら、俺も一緒におるばい」 「自分は部員やろ!!練習せや練習!」 適当に理由をつけて練習をサボろうとしている魂胆があっさりとバレ、謙也に引っ張られていく千歳をはじめとし、全員が部室を後にした。 出て行く全員に、「頑張って」と声をかける珊里を一人残して。 そして練習を終え、部室に戻っていく皆。 部長の白石が部室のドアを開けると、そこに珊里の姿はなかった。 「!?ちょっ……珊里!?」 驚いて声を上げる白石。 後ろから入っていたメンバーも、珊里の姿がないことに視線をきょろきょろとさせている。 「もう、そんなに大声出してどうしたの?」 すると騒ぎに気付いたのか、珊里がロッカー室よりも奥の部屋から出てきた。 珊里の姿があることにほっとした白石は、眉を下げて珊里に言う。 「自分がおらんくなってもうたかと思って……」 「私は当分こっちに居るって言ったじゃない」 意外と心配性なのね、と珊里はくすくすと笑う。 「なんだか蔵ノ介、私の保護者みたい」 「まあ、実際そうなるんちゃう?白石は部長やし、世話んなるんやろ?」 謙也がそう言う。 それもそうねと珊里は頷いた。 「勝手なことしてごめんなさい。少し、汚れが目立っていたから掃除をしていたの」 素直に謝る珊里。 それに白石は首を振りつつも、部室内に目を向けた。 確かに、綺麗になっている。 元々のメンバーがあまり綺麗にしないためか、乱雑に脱ぎ捨てられていた制服も綺麗に畳まれて机の上に置いてあった。 「あ、ワイの制服!畳んでくれたんか?」 「ふふっ、やっぱり金太郎のだったのね」 「おおきにな、珊里はん。部室が見違えるようや」 「気にしないで。皆が練習している間、少し暇になっちゃったから」 銀がお礼を言うのも、にこりと笑って返す珊里。 「なんや、ワイらの試合見とったらよかったやん!」 「十分見てたわよ。金太郎、すごく頑張ってたわね」 「へへっ、せやろせやろ!」 子供を宥めるように遠山の頭を撫でる珊里。 遠山も満足そうに笑った。 「なら、驚いたと?金ちゃんのテニスはすごかね」 「確かに、いっぱい動いてたわね。でもそこまで驚かなかったわ。知ってたから」 「ふーん。俺らのプレイスタイルも知ってんスか」 「ええ」 財前の言葉に頷く珊里。 そうなんかーすごいなーと遠山が再び面白そうに飛び跳ねている。 「それで皆頑張ってるんだし、せっかくだから私も何かしようかなって思ったの」 「……なんか悪かったな。汚かったやろ?部室」 「そんなことないわよ。比較的簡単に終わったから、むしろ時間が余っちゃったわ」 「そう、やからマネ室におったのね〜」 「こっちはマネ室なの?」 「せやで。ま、今は使ことる奴おらんけど」 一氏の言う通り、珊里が先程まで居た場所はマネージャー室だった。 「ってことは、マネージャーはいないのね」 「ああ。ロッカー室より汚かったやろ?」 「ええ……私もどこから手をつけていいか分からなかったわ」 「マネちゃんがいないと、あんまりその部屋使わないから」 金色が困ったように頬に手を添えて言う。 「ふうん……そうなんだ」 その言葉に、珊里はなんだか興味深そうに笑みを深くし、呟いた。 だがすぐに表情を変え、白石へと顔を向ける。 「私がマネ室に居たのは掃除もそうだけど……皆のことも考慮して、こっちに居たのよ」 「それはどういうことや?」 「練習終わったら、着替えなきゃいけないでしょ?私がいたら迷惑だと思って」 珊里がロッカー室に居なかったことの本当の理由が分かり、白石はようやく納得した。 「なんや、気ぃ遣わせて悪いな」 「私がここに居させてもらってるんだから、当然よ」 白石の言葉に珊里は微塵も気にしている素振りを見せず、にこやかに言う。 そして理由を伝えたところで、もう一度マネ室のドアを開けた。 「それじゃあ、また着替え終わったら呼んで?皆で一緒に帰りましょ」 優しく笑い、手をひらひらと振ってマネ室に入る珊里。 その気遣いを無駄にしないためにも、皆は素早く着替えて、珊里を呼んだ。 「もっとゆっくりしていて構わなかったのに」 「ええねんええねん。元々着替えるん早いし」 珊里の希望通り、全員で帰路を辿る。 どうやら皆、途中まで帰り道は同じようだ。 陽が沈んでいくのを見ながら、珊里は皆に囲まれるよう中心を歩いていた。 「でもちょっと残念カモ。皆の生着替え、あんま拝めへんかったし」 「なんでそないなこと言うんやあ小春!俺の着替えやったらいつでもどこでも……」 「ここで脱ぐなやぁ一氏!」 テニスコートから離れた金色は一氏に冷たかった。 その態度の変化にも珊里は驚くことなく、むしろ面白そうに笑っていた。 「……珊里さんって、相当神経図太そうッスね」 「やだ、光が褒めるなんて、何か起きる前触れかしら」 「そこまでの天変地異ちゃうッスわ。それに、褒めてないんスけど」 珍しそうに、でも嬉しそうに笑っている珊里を見て財前が目を細める。 そんな財前を咎めるように、白石が口を挟んだ。 「こら財前。生意気も程々にしなあかんで?」 「いいのよ蔵ノ介。弟みたいで可愛いから。ツンデレな光からは何でも褒め言葉に聞こえるわ」 「……ほんま、よう分からんわこの人」 「珊里は心の広い良い子ばいね」 財前が頭を抱えるも、千歳はのほほんと珊里を褒める。 「せや!珊里みたいな姉ちゃんおったらオモロイやろなー!」 「そういえば金太郎は一人っ子だものね」 「……家族構成まで頭に入ってんスか」 もはや怖いという部類になりつつある、財前の中での珊里の立ち位置。 だがそんなのは序の口とでも言うように、珊里は笑みを深くした。 「私なんてまだまだよ。きっと、仁菜だったら皆のプロフィール包み隠さず全部言えるわよ」 「何やねんその恐ろしい情報網」 財前は引いている。 「そうね、そろそろスリーサイズが知りたいって嘆いていたから」 「(一体俺らはどんな情報をリークされとるんやろ……)」 財前だけでなく、謙也もそのことについて旋律していた。 知らぬが仏ということです。 「あら、それだったらその仁菜ちゃんって子に他校の良い男紹介してもらおうかしらっ」 「ふふっ、良い男なら私も何人か心当たりがあるわよ」 「小春ぅー!!つれないこと言うなやぁ!!」 うふっと上機嫌に言う金色に、一氏が必死ですがる。 それも気にしていない様子で金色は珊里の言葉に目を輝かせた。 「ほんま?いややわぁ珊里ちゃん、頼りになる!」 「小春の好みのタイプはカワイイ子よね?」 「好みのタイプまで知っとるんか!?」 珊里の持つ自分たちの情報の多さに、怯えが止まらない謙也。 ……何か知られたくないことがあるのかもしれません。 「謙也は確か無邪気な子よね。ふふっ、そう言う謙也が無邪気で可愛いわ」 「ばらすなやぁ!それに、可愛くなんかないでっ!」 焦り、慌てる謙也の姿を見て、子犬見たいで更に可愛いと感じてしまう珊里。 口に出さないのは、謙也のプライドのためです。 そして珊里はふと、今の季節を感じ、物事を考える。 「……そうね、小春の言う良い男、きっと全国大会になったら会えるよ」 「ほんま!?なんやそう言われると、全国大会始まるのが楽しみになってきたわ!」 帰ってきた金色の言葉を聞いて、珊里は確信した。 今この時期は、全国大会が始まるより前の時期だと。 そして金色の言葉から考えるに、どうやら四天宝寺は既に全国への切符を手に入れている。 「……ふふっ。私も全国大会楽しみよ」 頭の中に全国大会の模様を思い浮かべながら珊里は囁くように言った。 もちろん、その内容は話さない。こうした方が面白そうだからという珊里なりの結論だった。 「ほな、俺こっちなんでお先ッス」 「ワシも財前はんとしばらく道同じやから、さよならですな」 とある曲がり角まで来た時、財前と銀がそう言う。 「ウチも、こっちの通路やからここでバイバイやね」 「小春!今日も家まで送ってくで!」 「いらん!さっさと帰れや!」 と言いつつも、一氏はめげずに金色についていく。 どうやらこれもいつものことらしい。 「そうなの、皆、また明日ね」 「おう、また明日なー」 道が違うのは先程の人物だけではないらしい。 他のメンバーも、一緒なのはここまでのようだ。 皆にお別れを言い、珊里は白石と二人きりで帰り道を歩くことになった。 |