出逢い(3) 「せや、これからどないするん?」 「そうねえ、友達と言われても、どないしたらええのか……」 具体的な内容がまだ分からないのか、白石と金色が思い出したように聞く。 そういえばと珊里もしばらく考えた。 「これからは……そうね、とりあえずこっちの世界で普通の学生として過ごすわ」 顎に片手を添え、うんうんと自分で納得しながら話す。 「どうせ当分向こうには戻らないと思うから。…………壱加も、仁菜もね」 「?誰やねん、その二人」 初めて聞いた名前に謙也が不思議そうに問う。 このことも説明が必要だと思った珊里は、またゆっくりと説明し出した。 「私の他にもね、壱加と仁菜っていう子が同じように別の世界から来てるの」 「そうなんか!なんや友達いっぱいできるわ!」 珊里のようにまた友達が増えると思うと嬉しいのか、遠山が嬉しそうに両手を上げる。 「でも、その二人は別の学校に居るのよ。私と同じように、今頃テニス部に囲まれてると思うわ」 「テニス部……それは興味深い」 銀が呟くと、皆も同じなのか詳細を知りたがる。 「へー、どこの学校なん?別の学校のテニス部言うたら、俺にも知り合いが……」 「知ってる。忍足侑士でしょう?」 「お、そないなことまで知っとるんや!せや、氷帝やねんけど……」 「行ってるわよ、壱加が。今頃氷帝の皆困ってるんじゃないかしら」 「困ってる?」 不思議そうな顔をした謙也に、珊里は含み笑いを見せた。 壱加の素を知ってあたふたしている氷帝のメンバーの姿が、容易に想像できたようだ。 「あとの……仁菜?って人はどこ行ってるんスか」 「立海よ。神奈川の、王者立海」 そう言うと、皆さん驚いたような声を漏らした。 「王者立海……凄かところばいね」 「なんや可哀想な気ぃしてきましたわ」 「そんなことないわよ。……むしろ、可哀想なのは立海の皆かも」 「え?」 最後の珊里の小さな呟きは上手く聞こえなかったのか、白石が聞き返す。 だが珊里は何でもないと誤魔化した。 仁菜の本性については、言わない方が面白いだろう。 「でも、珊里ちゃんの他に二人も女の子がいるやなんて……いつか、会うてみたいわぁ」 「男やなければ大歓迎や!」 「ふふっ、そうね……いつか、会って欲しいわ」 きっと四天の皆なら、あの二人も受け入れてくれる。 トリップする直前、自分を受け入れてくれると希望を持っていたときのように。 実際にこうして会って話をしてみて……自分だけではなく、あの二人も自分のように和やかに接してくれると確信を持った。 「そーいえば、珊里。四天に転入してくると?」 優しげな笑みで聞いてくる千歳。 その表情を見上げると、身長差ゆえに若干首が痛くなる。 「そうね……でも、大丈夫かしら」 「大丈夫やって!学校なんてぱぱーっと入れるやん!」 「金太郎はん、そんなに簡単なことちゃいます」 「せやな、手続きせなあかんしな……。まあ、オサムちゃんとっ捕まえてやってもらえれば、明日1日くらいでできるんちゃう?」 ちょうど明日は日曜で時間たっぷりあるし、と白石が加えるように言う。 「手続きのことならそんなに心配してないわ。心配なのは……」 にこりと笑いながら言い、心配事が別にあることを告げる。 何だろうと四天メンバーは珊里の次の言葉を待った。 「私の年齢ね」 「へ?年齢?」 珊里の言葉に、謙也は不思議そうな顔をして言葉を反復した。 「あら、もしかして、皆気付いていなかったかしら」 不思議に思っているのは謙也だけではなかったことを皆の表情から察し、珊里は言う。 そして、まるで種明かしでもするように言った。 「私の年は17で、れっきとした高校生なのよ」 その言葉に、四天メンバーは驚いたようで一瞬言葉をなくした。 「………まあ、大人っぽい人やし、年上やとは思うてましたけど」 一番に口を開いたのは、冷静さを欠いてはいなかった財前。 最初から敬語を使っていたあたり、同い年または年下だとは思っていなかった様子。 「しもた……す、すんません、つい同級生やと……」 「ワシも油断してましたわ」 「珊里は小さくてむぞらしかから、年上だとは思っとらんかったばい」 済まなさそうに言う謙也、銀、千歳。 「そんなこと気にしないで。むしろ普段通り接してくれた方が嬉しいわ」 「ええんか?珊里」 「もちろん。………それに、この面子だと年上と思われていた方が傷ついていたかもしれないから」 中学生にはない大人っぽさを持つ四天メンバーをそれぞれ見て、小さく呟いた珊里。 それはやはり聞こえなかったのか、首を傾げる白石。 すぐに珊里は何でもないと返して、皆を見つめ直す。 「でも、皆がそう思ってくれていたってことは、私はまだ中学生でも通るってことね。ふふっ、若く見えるって嬉しいわ」 「……まだ十分すぎるくらい若いと思うんスけど」 「そうかしら。中学生から見たら高校生なんておばさんだと思ってたわ」 「何スか、その偏見は……」 むう、と少し口を尖らせて言う珊里に財前は呆れたように呟く。 たまにこの人は変なことを言いだすな、と心に思い始めた財前だった。 「とにかく、私とは普段同級生にするように接してほしいわ。光と金太郎も楽にしてくれて構わないから」 「ういッス」 「わかったでーーー!」 言い返事を返した財前と遠山に安心した珊里。 だが思い出したようにはっと皆を見る。 「だけど、もちろん他の皆には内緒ね。私たちだけの、秘密だから」 そう言って人差し指をそっと自らの唇に当てる珊里。 その妙に色っぽい仕草に、どきりと心臓を鳴らす皆さん。 年上と聞いたからか、その仕草が妙に大人っぽい、独特なもののように思える。 とはいっても、あまり年が違っているわけではないのだが。 それも珊里が持つ穏やかさが少なからず影響しているのだろう。 「オサムちゃんには言っておいた方がいいかしら。もしオサムちゃんが特殊な性癖の持ち主だったら危ないし……」 「……オ、オサムちゃんにはロリコンの気はなかったと思うけどな……」 珊里の発言に苦笑気味に答える白石。 「あら、冗談よ。そんなに本気にしないで、蔵ノ介」 「(何やろ、あんま冗談に聞こえへん……)」 普段話している時と冗談を言う時の表情や態度に違いがないためか、見分けることが困難に思えた白石だった。 「なぁ珊里、ろりこんって何や?」 「小さい子が好きな人のことよ」 「小さい子……?子供ってことなん?せやったらワイ、ろりこんや!ワイ子供好きやで!」 「金ちゃん!それはロリコンちゃうで!」 遠山が勘違いを鵜呑みにしないよう必死で違うと教え込んだ白石。 まだロリコンの意味を理解してはいなかった遠山だが、ロリコンを自称することはやめることにした。 「……それと、何度もお願いして悪いんだけど」 話が一息ついたところで、珊里がそう切り出した。 一斉に視線が珊里に集まる。 「今の私には、帰るところがないんだけど……」 言いながら、ちらっと皆を上目で見つめる。 その視線に一瞬どきっと胸を鳴らした皆。 「そ、それもそうやなぁ……」 「珊里ちゃん、こっちの世界に来たばかりやもんねぇ」 謙也と金色が顔を見合わせる。 他のメンバーもそのことは理解しているようだった。 「その、誰か、私を泊めてくれないかな……?」 済まなさそうな笑みを浮かべて言う珊里。 今日会ったばかりなのにそんな提案をするのは、図々しいとは思う。 だが誰かを頼らないとこの世界ではやっていけないのも、珊里は理解していた。 「さっき会ったばかりの人間が何を言うかと思うでしょうけど……私が今頼れるのは、あなたたちしかいないの」 それを実際に口にして言う珊里。 簡単には決められない内容を聞いて、互いに顔を見合わせる皆。 「………13秒、ばい」 「?」 「珊里、そんなに困っとるんやったら俺ん家来てええで」 何かを察したような笑みで呟く千歳に一瞬首を傾げた珊里だが、次に出てきた白石の言葉を聞いて納得したように笑みを浮かべた。 「白石は、面倒見がよかとね。珊里のこと絶対に心配すると思ったばい」 「千歳……また才気の無駄遣いしよって」 のほほんとした千歳の笑顔に謙也が呆れたように言う。 千歳の言った時間は、白石が決断を下すまでの時間を才気煥発で読み取ったものだったようだ。 「蔵ノ介……ありがとう。私、とっても嬉しいわ」 「ええんや。困った時はお互いさまや。親にはなんやかんや理由つけて納得してもらうし」 爽やかな笑顔で言いながら、珊里の頭を撫でる。 その行動に珊里は目を見開いて、驚いたように白石を見上げた。 「あーー!白石ぃ、手出すん早いでーー!」 「なっ、金ちゃん、言い方……!」 「出たわね、蔵リンの口説きバイブル」 「部長は女落とす時も一切の無駄ないッスよね」 「そんなんやないわ!」 遠山が咎めるように指を差し、金色は面白そうに、財前はまるで見慣れているかのように言う。 白石が女を落とすのに手慣れているかはさておくとして、 「………うふふ。頭を撫でられるのなんて、いつ振りかしら」 「……珊里……?」 「でもね、蔵ノ介。あんまり不用意に女の子の頭を撫でちゃだめよ。あなたみたいなイケメンにそんなことやられたら、普通の女の子だとコロッと落ちちゃうから」 「せや……白石のそのバイブルにどんだけの同級生がやられとるか……」 謙也は何かを知っているのか、若干妬ましげに白石を睨む。 同じ3年生はよく知っているのか、謙也の言葉にうんうんと大きく頷いた。 「や、やから、そんなん考えてへんって!」 どうやらそのスキルは無意識のうちに発動されているのか、白石が苦笑しながら否定する。 そんな白石をしばらくにこやかに見つめていた珊里だが、すぐに嬉しそうに白石に抱きついた。 「でも、私本当に嬉しいわ。泊めてくれるって言ってくれた時も、そう……」 その突然の行動に、白石はおろか他のメンバー全員が驚いた。 遠山が羨ましそうに「ずるい」と叫ぶのも、謙也が「白石ばっかり……」と不貞腐れるのも気にしていられないのか、白石は珊里を凝視する。 「ちょ、珊里……?」 とりあえず行き場の失っていた手を珊里の肩に置く。 それからどうするかを必死に考えている時、珊里はさらに呟いた。 「……私を信用してくれて、ありがとう」 その呟きは抱きつかれた本人である白石にしか聞こえなかった。 目を丸くしてしばらく珊里を見ていた白石だが、ぱっと珊里が離れたことにより我に戻る。 「それじゃあ早速今日から、蔵ノ介のお世話になろうかしら」 そしていつもと変わらない、柔らかい笑みを白石へと向ける。 二人が離れたのをいいことに、間に割って入ったのは謙也。 「ちょお珊里、行動が大胆すぎるで!そんなんしてると、白石に物言えんくなるで?」 「……言えなくなるって、なにを?」 「不用意なことしたら女がコロッといくとかそういうことや!珊里のしとることも十分危ないで!」 珊里の両肩を掴み、言い聞かせるように言う謙也に珊里はきょとんとした表情を見せる。 ま、まさか天然か……と謙也が恐れるように生唾を呑むと、ふっと珊里は理解したように笑った。 「それなら大丈夫よ」 言いながら、そっと謙也の頬に手を添える。 「私のことなんて誰も、好きにならないから」 にこっと笑う珊里。 だが言葉の内容を理解する前に、いや、むしろ聞いていなかったかもしれない。 謙也は「ひょわあっ!」と後ろへ仰け反った。 「あかんわ、謙也さんのヘタレ度に磨きがかかっとる」 その光景を至極どうでもよさげに見つめる財前はぽつりと呟く。 そんな謙也のヘタレ加減が気に入っているのか、金色は面白そうに悶えているが。 「珊里、それってどういう……」 珊里の呟いた言葉の内容が気になるのか、白石がふと声をかける。 だがそれについても、珊里はまた笑みを浮かべて、 「あら、そんなことどうでもいいことよ。それよりも、そろそろ練習始めないといけないんじゃない?」 誤魔化すように言った。 この時すでに、白石はの浮かべる笑みが本当に心からのものなのか疑問を持つようになっていた。 |