出逢い(2)



堂々と歩くその姿に、一瞬見送りかけた四天メンバーだが、はっと正気に戻って少女……珊里の後を追う。
なんとか滑り込みで珊里が部室に入った直後に四天のレギュラーメンバーも部室に入る。
そして当然のように部室に備え付けてあるソファに座った。


「あ、あの、なんで部室に?」


不思議な行動に、思わず白石が聞く。
あまりに普通に歩き始めたため、その前に聞く必要がありそうな「空から落ちてきた理由」を聞き損ねている。


「ここだと落ち着いて話ができると思ったからよ」
「あー、確かに、外にはもう部員がえらいいっぱい集まってたばいね」


納得したように千歳が呟く。
そして向けられた微笑に、珊里も同じように返した。


「なぁなぁ!それよりも姉ちゃん異世界人ってどういうことなん!?」


興奮冷めやらない状態で遠山が珊里に問う。
それには他のメンバーも同様の疑問を抱いていたのか、何も言わず視線を珊里に集めて答えを待つ。


「私はね、神に別の世界からここの世界に連れてきてもらったの」
「神!!すごいすごいでええっ!!」
「なーんか信じられへん話ッスわ」
「でも財前、実際空から降ってきとんねんで」


訝しむ財前に、目の前で見た事実を言う謙也。
そう言われると返す言葉がないのか、財前は黙ってしまう。


「急に現れたら皆びっくりしちゃうでしょ?だから、登場するときは徐々にね」
「空から降ってくる方がびっくりすると思うで」


相手が女だということで、妙な警戒心はないのか一氏が前に出て言う。
その後ろでは金色がにこにこと楽しそうな笑顔で珊里を見つめる。


「そうよ〜?せやから、謙也くんなんて転んじゃったんやし」
「……小春、もうその話はせんといてえな……」


蒸し返す様に言う金色に、謙也は顔を押さえて恥ずかしがる。
その言動に、珊里は小首を傾げて謙也に向けて言った。


「どうして恥ずかしがるの?謙也はすごく素敵だったわよ」
「えっ……」
「あんなに一生懸命になって私を助けようとしてくれたんでしょう?本当に、ありがとう」


そして囁くように言われる言葉。
綺麗な微笑も添えられたお礼に、謙也は再び顔を赤くする。


「そ、んなっ……べ、別に、スピードスタートして?当然のことをしたまでやし……」
「(スピードスターとして当然のことって、なんやろ……)」


照れと緊張でたどたどしい態度で発せられた言葉に、隣にいた財前は冷めた表情でそっと心の中で思う。
口に出さないのは、妙に良くなった空気を壊さないため。空気を読んでいます。


「ふふっ、本当、犬みたいで可愛かったわ」
「「「…………」」」


だが、その良くなった空気をぶち壊したのは珊里本人だった。
謙也もその褒めているのかどうか微妙な言葉に思わず顔の赤みが引く。
珊里の表情を窺えば、特に馬鹿にしたような感じはなく、本気で褒めているものだとなんとなくわかった。


「確かに謙也は犬みたいやんな!髪の毛とかモッフモフやし!」
「あら、金太郎もそう思う?やっぱり、謙也は公認の犬キャラだったのね」
「公認て何やねん!?俺そんなんちゃうよ!?」


まさかの犬キャラに確定されようとするところを全力で阻止する謙也。
そんな謙也を若干不憫に思ったのか、金色が話を変えようと一言口を挟んだ。


「そう言えば、まだ名前聞いてなかったわね。あなた、名前は何て言うの?」
「私は椎名珊里。よろしくね」
「おう。俺は……」
「いやね、ユウくん。うちらの自己紹介なんて必要あらへんよ」


一氏が流れに沿って自己紹介をしようとしたところ、金色に頬を突かれて中断された。
その行動に胸キュンした一氏に構う間もなく、金色は珊里に向き直す。


「珊里ちゃん、うちらの名前全員知ってるみたいやしね」


にっこりと、断定するように言う金色。
さすが頭が切れるだけあって、珊里の今までの言動を気にしていたようだ。
こちらは名乗っていないにも関わらず、遠山や謙也の名前を知っていた。
とすれば、ここにいる全員の名前は分かっているだろうという金色の判断だった。


「さすが小春ね。確かに私は、皆の名前は知ってる」
「へえ……何でなん?俺ら、初対面のはずやん」
「もしかして、椎名はんの前居た世界に関係あるんでっしゃろか」


純粋に疑問に思う白石と、自分の予想を口にしてみる銀。
珊里はにこりと笑って、銀を見た。


「珊里でいいわよ。銀の言う通り、私の前の世界で皆のことは知ったの」
「ふーん。じゃあ、別世界のはずやのに何で俺らのこと知っとったんスか」


腕を組んで聞く財前。
大分警戒心は薄れたのか、初めに見せたような訝しむような目で見るのはやめた。


「ふふっ……あの世界での皆は有名だったから。すごくすごく、人気者なのよ」
「マジでか!!ワイら有名人やて!!」


有名という言葉が嬉しいのか、跳びはねながら隣の白石にアピールする遠山。
せやなと跳ぶ遠山を白石は宥めていると、


「でも、あっちで皆のことを想像するよりも……こうして実際に見た方が、ずっと素敵」


珊里は立ち上がり、目線を皆に近付けて微笑み言う。
急に顔が近付いたのと、その微笑みがあまりに穏やかで綺麗なものだったからか、思わず口を開けずにいる皆。


「会いたかった。蔵ノ介にも、謙也にも、千里にも、銀にも、ユウジにも、小春にも、光にも、金太郎にも」


その穏やかというよりは、若干の寂しさが垣間見える言葉に白石は目を見開いて目の前の珊里を見る。
目が離せずにいる白石に気付いたのか、珊里はふと白石と目を合わせると、一層笑みを深くして白石の頬に手を添えた。


「っ………!」
「蔵ノ介……」


そして自分の名を呟かれる。
何故かドキドキとしてしまっていると、


「あなたは本当に、無駄のないイケメンね」
「「「ぷっ……!」」」


珊里の思わぬ言葉に、謙也、金色、千歳が噴き出した。


「無駄のないて!白石ほんまバイブル!」
「さすがやねえ、蔵リン!ロックオン、されてるんちゃう?」
「白石は確かにイケメンばい。いつも言われとっと」


可笑しそうに、楽しそうに、和やかに、笑われた白石。
はじめはからかわれたのかと若干ショックを受けた白石だが、珊里の優しげな表情を見るとどうもからかい目的ではないように思える。


「む、無駄のないって……ほんま、何やねん……」
「完璧ってことよ?理想的とも言うわね。きっと彼女のことも大切にしてるんじゃないかしら?」
「珊里ー、白石に彼女はおらんで。俺には小春がおるけどな!」


さり気なく自慢を入れてくる一氏の言葉に珊里は驚いたように目を開く。
そしてもう一度白石を見て、


「あら意外。蔵ノ介のことだから、無駄なく青春を送ってると思ってたわ」
「何言うてんねん珊里!テニスに女は無駄やで!」
「いやん、金太郎さん男前やわぁ!」
「お、俺も女は必要ない思てるで!女は!!」


腕を組んで、にししと笑って言う遠山に金色が両手を頬に添えて恍惚の表情を浮かべる。
負けじとアピールをする一氏。
いまいちそのアピールが実っていないところを見ると、何だか報われない気持ちになる。
もっとも、四天メンバーはそれが普通で、珊里もあまり気にしていないところを見ると、そんな気持ちになる人物はいないのだが。


「そ、そんなんどーでもええやろ!」


何故か話題が自分の青春に変わってきたのを気恥ずかしく思い、こほんとわざとらしく咳払いをする白石。
珊里と金色は残念そうに白石が話題転換するのを待つ。


「それより、なんで珊里ちゃんはこっちに来たん?」


白石が結構真面目な話題を振ってきたため、珊里も冗談を言うのをやめた。
どうせ話さなければならないこと。早いうちに話してしまおうと思った。


「私がこっちに来たのは、皆に会ってお友達になりたかったから」


唐突な言葉。世界を渡り歩くという理由にしては、あまりにも個人的な理由。


「……お友達て、そんなことの為に自分の世界捨ててきたんスか」


少し呆れたような、いやむしろその心意気を尊敬するような、そういった気持ちを言葉に含ませる財前。
謙也が「きっついこと言うなや」と財前を小突くが、財前は発言を撤回したりしなかった。


「………そんなこと、ね」


この時初めて、珊里の優しくない、寂しそうな微笑を四天メンバーは目にした。
だがそれもすぐに作ったような笑みに変わる。


「皆にとってはそうかもしれない。言い方の悪さは光らしいけど……私には前居た世界を捨ててもいいと思えるくらい、重要なことなのよ」


心からそう思っているのを感じたのか、財前は少し目を見開いてその珊里の表情を見つめた。
後ろに居た銀に、「財前はん……」と何か念を押すように名前を言われ、少し眉を寄せ口を開く。


「………なんか、すんませんした」
「いいのよ。光が生意気だってことは知ってたから」
「ほんま、すんまへんな」
「銀も、気にしないで。私そんな光も好きだから」


言いながら優しい手つきで財前の頭を撫でる。
それに驚いた財前は目を見開いて無意識に数歩、後ずさる。


「ふふっ、こんな照れ屋な部分もね」
「………へ、変な人やな……」


それが財前の精一杯の反論の言葉だったのだが、珊里には笑みを誘うだけだった。


「それにしても、おもろい子やね、珊里ちゃん」
「そう?小春には負けるわよ」
「せや!!小春はおもろくて可愛いんや!よう分かっとるやないか珊里!」


ラブルス、もとい、ダブルスペアの金色と一氏にも気に入られた様子の珊里。
どうやら友達になるという目的はすぐに達成できそうだ。
もともとフレンドリーな人物が多い四天宝寺故だろう。


「ワイも友達なるで!!異世界人の友達とか、めっちゃ自慢できるやん!」
「俺も賛成ばい。ばってん、金ちゃん、そんこつは言ったらいかんばい」
「えー!なんでや千歳ぇー!」
「とにかく、言うたらあかんで?言うたら最後、金ちゃんはこの毒手に……」
「あああああ!!わかった!ワイ、絶対に言わん!言わんからな、珊里!」


白石が毒手を掲げたことで遠山は怯え珊里の後ろに隠れる。
そして凄まじい勢いで宣言した。


「ふふ、ありがとう。皆」


改めて、四天の皆さんに快く出迎えられた珊里。
珊里は嬉しそうに楽しそうに、しばらく賑やかな四天の空気を肌で実感していた。