出逢い(3)



「大体君、初対面なのに随分と馴れ馴れしいね?何?犬か何かなの?」
「やだなぁ。精市の性格は結構予想してたんだけど、こんなにねちっこいとは思わなかったなぁ」


どうやら自然には終わりそうもない二人の会話(という名の貶し合い)。
見かねた仁王が肘で真田をこついた。


「……おい真田、こういう時はお前さんの仕事じゃろ」
「なっ、何故俺なんだ……」
「そうッスよ副部長、副部長らしく、ビシッとキエエッと場の空気を変えてくださいよ」
「……赤也、言ってる意味が若干わからん」


二人に聞こえないように内緒話を繰り広げる仁王、真田、切原、ジャッカル。
仁王は真田に責任を押し付けようという算段らしいが、真田もまだ命は惜しいらしい。


「何を怖がっとるんじゃ。ちょーっと話を変えるだけじゃ。お前さんでもできるじゃろ」
「む……話題の転換なら、俺でもできるが……」
「よーし頑張ってくださいよ副部長!」


仁王に丸めこまれそうになるところを、切原がおだてて後押しをする。
幸村の次あたりに真田の扱いが上手いコンビだ。


「うむ、そこまで言うのならば、行こう」


キリッと表情を整え、腕を組み、笑顔の冷戦真っ最中の二人に近寄る。
たった一歩踏み出しただけでも、後ろから「おおっ」と歓声のようなものが沸く。
一体どれだけ怖がっているのやら。


「話を中断するようで悪いが、一つ俺からも話題を提供してよいだろうか」
「なんだい真田」
「どうぞどうぞー」


くるりと笑顔で真田へと向く仁菜と幸村。
真田はこほんと咳払いをして仁菜を見る。


「美川仁菜と言ったな。お前の年はいくつだ」


ドストレートに聞く真田の発言に、仁菜はもちろん幸村も黙った。
真田にとってはただの世間話に過ぎなかっただろうが、仁菜は笑顔を凍りつかせた。
それを見て、背後では真田に気付かれないように仁王、切原、丸井があちゃーと額に手を当てる。
ジャッカルは冷や汗を流し、柳生は生唾を呑み、柳はサッとノートを取りだした。


「………え、なに。女の子に向かって年齢の話するの?」
「!……し、失礼であったか」
「うーん、確かに女性に向けては失礼にあたるけど、仁菜相手ならいいんじゃないかな」


ひくひくと口角をひきつらせ始めた仁菜に、少し焦る真田。
年齢の話が仁菜の弱点だと分かった幸村は笑顔をより一層爽やかにして言う。


「で、でもよ、そこまで失礼でもないだろぃ。仁菜、若いんだからさ」
「そ、そうだな。年を気にするまでもないだろ」


必死のフォローに入る丸井とジャッカル。
だが、それが逆効果だということになろうとは。


「え、なに。それってもしかして私が子供っぽいって言いたいの?」
「実際子供じゃないか」
「ま、失礼しちゃうわねこの神の子。じゃあ逆質問。皆には私がいくつに見えるの?」


なるべく笑顔を崩さないよう、仁菜は聞く。
するとすぐに答えは返ってきた。


「14かな」
「14ではないのか」
「14歳だと推測する」
「14だと思うきに」
「14歳でしょう」
「14か」
「14に見えるぜぃ」
「14!同い年っしょ!」


つまり中学2年生ということだ。
全員一致の答えを聞いた仁菜は笑顔をつくることをやめ、怒りの表情へとシフトチェンジした。


「あたしのどこが14に見えるのよアァァァァン!?あたしはね、ちゃんと17歳よ!高校2年生なの!あんたたちよりずっと大人なんだからね!!」


怒りのあまり若干跡部が入ってしまった仁菜。饒舌に反論する。
その言葉の内容に、別の世界から来たと言った時よりも驚きを露わにした立海メンバー。
あの幸村も、素で驚き言葉を失っている。


「17?……にしては色気ないのう」
「言ったわね、仁王。オ・モ・テ・デ・ロ」
「うへぇ、年上には見えねーわ」
「疑いまくりの目で見ないでくれる?デブン太って呼ぶよ?」


天真爛漫なイメージから一転、冷たく圧のある言葉を発する仁菜。
幸村と言い合いしていた時とはまた違う冷たさというか黒さに、仁王と丸井もたじたじ。


「ご、ごめんなさいッス!あんまり仁菜さんが可愛らしかったから、つい……」
「……ふふっ、赤也は皆と違って素直で良い子だね!赤也は許す!」


仁王と丸井に対する態度を見て察したのか、切原が子犬オーラを纏わせながら言う。
そんな態度には弱いのか、仁菜はにこっと笑顔を取り戻して切原の頭を撫でる。


「そ、そうだな……年の割には若いっつーか、幼い、よな……」
「幼い?つまり子供っぽいって言いたいんでしょ?ジャッカル、後頭部貸して」


切原に向けていたにこにこ顔のままジャッカルに向けてどこから取り出したのかマジックペンのキャップを口で開けて準備する。
必死のフォローのつもりが墓穴を掘ったらしいジャッカルはサーッと血の気が引く思いだった。


「なるほど……どうやら仁菜さんは童顔なのを気にしているようですね」
「……っ、ドストレートに言うわね、この似非紳士……」


ひくひくと口の端を動かす仁菜。
だが、こういうことは先に言っておくべきかと冷静に考え、ふうと長く息を吐いた。


「そうね、皆には先に言っておくべきだったかも」


不満げに唇を尖らせながら口を開く。
そして皆を見回し、


「私は確かに童顔っていうか……年齢よりも幼く見られることが、多いことがある……っ」


言いにくそうに言葉を紡いだ。
どうやら自分では認めたくはないらしい。


「だけど、私は子供扱いされるのすごく嫌だから。いい?言ったからね?今度こんなことがあったら容赦しないからね?」


にこっと取り繕うように笑うも、その笑顔に優しさは感じられなかった。
立海メンバーが感じたのは、笑顔で押し付けようとする、脅しのようなものだった。
そんな脅しには慣れているのか、ジャッカルは苦笑し、柳は冷静に頷いた。


「理解した。では年上として、礼儀ある態度で接しよう」
「蓮二は理解が速くて助かるな〜。あ、でも、接し方は同級生にするような友達感覚でいいよ?」
「……そういや、仁菜は俺らと友達になりにきたんじゃったな」


最初に聞いた目的を思い出したのか、仁王がそう呟く。
すると仁菜はうんうんと満足気に頷いた。


「そうそう。それにあたし、立海に転入するつもりだから!」
「「「えっ」」」


えっへんと腰に手を当てながら言う仁菜に、皆揃いも揃って目を剥く。
これまた予想外の言葉だったようだ。


「だが待て、俺たちは中学3年生。仁菜、いくらお前がおさな……」


ボキッ。
仁菜が指を鳴らす。
怒りが我先にと現れ、真田の口から出る中学3年生発言につっこむことも忘れている。


「……か、可愛げがあるからといって、入れるものではないだろう」


その異様なオーラに気付いた真田は咄嗟に言葉を変えた。
切原の言葉を習ったのか、珍しく可愛いなどと言った真田に仁王や丸井あたりはぷっと口を手で抑えた。


「そこのところはなんとかなるよ!先生を脅してでも立海3年になってみせるからさ」
「へー?でも俺は、仁菜が3年になれるとは思えないなぁ」


ここで黙っていた幸村が人の良さそうな笑みを浮かべながら言った。
その発言に仁菜は表情を固まらせながらも幸村を見た。


「……言っておくけど、これでも一応高校2年生程度の知識はあるからね?編入試験とかはパスできる自信あるんだけど」
「そんなことじゃなくて、ただ、仁菜の、ねえ……?」


目を細く開き、仁菜を見る幸村。
その視線を訝しんだのか、仁菜が眉を寄せて首を傾げた。


「いやあ、仁菜のその幼児体型を見たら、中3というよりはやっぱり中2くらいがちょうどいいんじゃないかなと思って」


そして最高の笑顔を見せながら幸村は言った。
その発言の裏で、他の立海メンバーは揃えて口を抑える。
少しばかり大人しくしていたと思えば、とんでもない爆弾を用意していただけのようでした。
仁菜もその発言を受け、しばらく静かになる。
空気が重く、その場にヒュオオオオと冷たい空気が流れているような気さえした。


「ふうううん、へええええ?精市ったら、本当いい度胸してるなー。五感を奪うプレイスタイルといい、本当に相手を虐めるのが好きなんだからぁ」


言いながら、ポキポキと指を鳴らす仁菜。
男勝りな性格もあってかつい喧嘩腰になってしまう。
幸村もそんな仁菜の反応が面白いのか、にこにこ顔で仁菜を煽っている。
もう恐ろしくて周りの子は近付けません。思わず、後ずさってしまっています。


「……幸村は、何故あんなにも生き生きとしているのだ……」
「精市は気に入った奴はからかいたくなる性分だからな。真田や赤也然り」
「俺もかっ!?」
「真田くんには自覚症状はなかったようですね……」
「全く、面倒な性格しよる。幸村も仁菜も」
「仁菜の奴は単に短気なだけじゃね?」
「なるほど、つまり幸村部長も仁菜さんも、短気すぎるからあんなふうになっちゃうんスね?」
「「何か言った?赤也??」」
「なんも言ってないッス!!」


声を揃え、恐ろしい笑顔で言う仁菜と幸村に、実は息が合っているんじゃ……と思い始める立海メンバーだった。


「あたしの成長具合はどうでもいいでしょ?ちょっと自分が中性的な容姿なくせに男前だからって生意気なんだから」
「微妙に褒めとるぞ、それ」


呆れながら仁王が言うと、仁菜はくわっと仁王を睨んだ。


「しょうがないでしょ!性格が悪いこと以外精市は完璧なんだから!ほんっとにチートみたいな存在!ちょっと友達後輩先生みんなから好かれてるからってむかつくーーー!」


どうやらそこは認めざるを得ないらしい仁菜。
地団太を踏みながら叫ぶ。
すると幸村ははっとしたように、怒っている仁菜を見つめた。
そしてそっと、優しく仁菜の肩に手を置いた。


「………?」
「そうか……そうだったんだね、仁菜……」


何か納得したような物言いに、仁菜はまた首を傾げた。
そして訝しむように幸村を見上げていると、


「そんなにも俺が羨ましかったんだね……」


どこか慈愛に満ちた眼差しで仁菜を優しく見て、そう囁く。


「ちがうわああああああああ!その、完全に自分より格下を見るような目で見るのはやめて!!」


辛抱たまらんと言った様子で反論する仁菜。
それでも幸村はうんうんと子供を宥めるような態度で頷くばかり。


「大丈夫だよ、仁菜。たとえ周りが疑っても、俺が君を中3だと宣言してあげるよ」
「あたしが疑われる前提で話すのはやめなさいよ……。それに、元はあたし高2だからね!?」


小さな体で一生懸命反抗する仁菜に、いつの間にか応援したくなる気持ちを抱いていく立海メンバー。
そして、元はと言えば自分がこの話題を振ってしまったからこうなってしまったと罪悪感を抱いていた真田が、再び二人の仲を取り持つようにして割って入った。


「ま、まあ……落ち着け二人とも。何はともあれ、仁菜は立海3年として転入できそうなのだから、いいではないか」
「老 け 顔 は 黙 っ て て」


見事な返り討ち。


「ふ、ふけ……」


ショックなのか立ちつくしてしまう真田。
あわわとジャッカルが慰めるために真田に近づく。


「まあ、仕方ねえよ真田……。仁菜は、お前とは真逆のコンプレックスを持ってんだからよ」
「あたしはコンプレックスだなんて認めてないんだけどなぁ?……真田もろとも、後で潰す」


ぐしゃっとテニスボールの形が若干歪むほどの握力を披露した仁菜。
……腹黒い人というのは、皆総じてパワーが桁外れなのかと恐れ慄くジャッカル。


「ふふっ、本当、嫌な性格してるなぁ仁菜は」
「その台詞、精市にだけは言われたくない台詞だなー」


そして更に二人の口論が始まろうとした時、仁王が切原の背を突き飛ばす。
思わぬ事態によろけながら切原は仁菜の目の前まで来た。


「……赤也?」


突然現れた切原を見て目を丸くした仁菜。
切原が慌てながら仁王を見ると、「なんとかしろ」と視線で訴えられていた。
どうやら、仁菜が切原を気に入っていることを利用したらしい。


「あ、えっと……その、仁菜さん、少しは機嫌を直して欲しいッス……」
「……でも、元はと言えば精市が、」
「俺!仁菜さんの笑ってる顔が見たいッス!」


両手で拳を作り、訴えかけるように言う切原。
その言葉に嘘はないようだった。切原も普段幸村のとばっちりを受ける側だからか、このままではいけないと思っているみたいだ。


「赤也……」
「それに、俺たち友達じゃないッスか!だから喧嘩ばかりじゃなく……もっと、仲良く……」


へらへらと必死で作り笑いをしながら紡がれる言葉。
仁菜はその言葉を聞いて、思わず切原に抱きついた。


「うおっ!!」
「赤也ってば素敵!可愛い!天使!マジ天使!」


どうやらそのたどたどしさが仁菜を悩殺したのか、仁菜の機嫌は目に見える程に急上昇した。
抱きつき、切原の胸のあたりにある頭をすりすりとする。


「んも〜〜〜ほんっとに赤也は年上キラーだよね!もうお姉さん赤也の言うことならなんでも聞いちゃう!赤也がそう言うなら精市とも仲良くできるよ!」


きらっきらな笑顔を切原へと向けると、それと同じような笑顔を幸村へ向ける。
対する幸村は、面白そうに仁菜を見ていた。


「ということで精市、あんたともちゃんと仲良くしてあげるから、これからよろしくね!」
「ふふっ、上から目線なのが超絶気に入らないけど……君がそこまで言うなら俺も妥協しなくはないよ」


仲直りをする時まで互いに貶し合うのかと、周りは呆れているが……無事握手を交わした二人の姿を見て、どこかほっと一安心した。