出逢い(3)



壱加が笑ったことで訪れた沈黙。
それはしばらく続いたが、跡部の一言で破られた。


「お前に聞きたいことがいくつかある」
「………?」


大分落ち着いた壱加は、自分を撫でる跡部の手が離れた後も泣くことなくじっとそこに座っていた。
本来ならまくし立てるように疑問を投げつけたい跡部だが、そうしたら再び泣くと思い一つずつ聞くことにした。


「どうして空から落ちてきたんだ」
「……え、っと……」


じっと見つめられながら問われ、壱加は思わず目を逸らした。
やはり、まだ見つめられることには慣れないようだ。


「ゆっくりでいいですよ。覚えていることだけ教えてください」


きゅっと自分の服の裾を握っていることに気付いた鳳が、優しく声をかけながらその手の上に手を重ねる。
自分の手を丸々覆った鳳の手に安心したのか、壱加は意を決したように話し出した。


「その……私、は……こことは違う、別の世界から来たの……」


声量は小さいが、その言葉はしっかりと皆に届いたようだ。
驚いたように皆はお互いに顔を見合わす。


「別の世界……だと?」
「変な人だと思いましたけど、発言もなかなかファンタジーですね」
「そう言うなや日吉……。嘘ついてるようには思えんよ」
「ああ。それに、実際に空から降ってきて無傷ってのがそのファンタジーの証明になる」


跡部が腕を組み、納得したように言う。
そう言われると日吉も反論できないのか、口をつぐんだ。


「別の世界ってすっげー!なぁ、それでお前なんて名前なんだ?」
「えっ……」
「俺は、氷帝学園3年!芥川慈郎!ジローって呼んでいいC!」
「おっと、そういや自己紹介も必要だよな。俺は向日岳人だぜ!」


目をキラキラさせている芥川が身を乗り出しながら言う。
それに便乗した向日も笑顔で名乗った。


「俺は鳳長太郎です!」
「忍足侑士や。よろしゅうな、お嬢さん」


にこやかな笑顔で紡がれる名前を必死に覚えようとする壱加。
そのあたふたする態度には周りももう慣れたのか、若干微笑ましげに見ている。


「俺は宍戸亮。こっちが日吉若で、こっちが樺地崇弘」
「どうも」
「ウス」


宍戸が紹介すると、日吉と樺地二人とも頭を下げた。


「あ……えっと……私は、栄倉壱加です……」
「へえ、壱加ちゃんか。可愛い名前やなぁ」
「侑士……ナンパ臭いぜ」


いち早く反応した忍足に向日が眉を寄せる。


「跡部景吾だ。……っと、俺様の名前は知っていたな。それも聞きたいことの一つだ」


跡部がそう言うと、そういえばと皆思い出したのか不思議そうに壱加を見つめ直した。
その疑問に壱加は何て答えようかとしばし考える。


「私は、全然何も知らなかったの……。だけど……ここに来る前、仁菜ちゃんが教えてくれたの……」
「仁菜ちゃん?」
「そういやさっきも泣きながら叫んでたな。友達か?」


忍足と宍戸の呟きに、壱加は首を大きく縦に振る。


「優しくて頼りになるから、こっちに来たら頼るといいって……」


言いながら、跡部を上目で見る壱加。
思わぬ理由に、次の言葉が出てこなくなった跡部。


「あ。跡部照れてんじゃね?」
「……うるせえ。じゃあどうしてそのお前の友達は俺様のことを知ってるんだ」


照れ隠しの為か、軽く咳払いをして質問を変える跡部。
その質問に、うーんと首を傾げる壱加。
そこは自分も詳しくは知らない部分だ。
目の前に居る人たちは、仁菜と珊里が愛読している漫画の登場人物たち。
だが、自分は読んだこともないし、こうやってこの世界に来られたのも詳しくは神様でもないから説明できない。
不用意なことを言って質問攻めにされるのも避けたいし、混乱させてしまうのも嫌だ。
そんなことを一瞬のうちに考え、壱加は口を開いた。


「………仁菜ちゃんと珊里ちゃんは、あなたたちのことが大好きだから」


控えめに言う壱加。
その理由はやはり皆には理解できないものだった。
別世界の人間が何故自分たちを知っているのか。
よくは分からないが、壱加の様子からこれ以上詳しいことは聞けないと思い跡部は質問を続けるのをやめた。


「つか、また名前が増えたな。その二人は向こうの世界の友達なんだな?」
「……うん。こっちの世界に行きたいって言ったのも、二人なの」
「Aー!?んじゃあ、その二人もどっかに居るのか!?」


どことなく嬉しそうに、飛び跳ねて部室の窓から外を見る芥川。


「あっ……で、でもね、その二人は別々のところに行っちゃったの……」


心細そうにだんだんと声を小さくして言う壱加。
その様子を見て、隣にいた鳳までもが切ない気持ちになった。


「そうなんですか……離れ離れは寂しいですね」
「うん……神様がね、全員一緒はだめだって……」


思い出したのか、再び瞳を潤ませる壱加に、向日や宍戸が慌てて止めに入る。


「だ、だから泣くなって!」
「なんも怖くねえから!な?」


そうして焦りながらも無理矢理笑顔を作り、壱加から涙を撤去しようとする。
そんな二人を見て、壱加はぐっと涙を堪えた。


「………そう、だよね。私が泣いたら……迷惑、だもんね……」


消え入りそうな声で呟き、溜まった涙を跡部のハンカチで拭う壱加。
だがその言葉を否定したのは芥川だった。


「違う違うC!壱加ちゃんが泣くのが迷惑なんじゃなくって、俺たち心配になっちゃうんだC!」
「………え?」
「そうですよ。悲しんでる壱加さんを見ると、俺たちも悲しくなっちゃいますから」


傍に寄り、首を振りながら伝える芥川と鳳。
壱加にとっては全くの予想外だった理由を聞き、言葉を詰まらせる。


「……またあんな大声で泣かれたら宥めるのが大変だからな」
「ったく、日吉は素直じゃねえなあ」
「まあええやん。心配なんは同じやし」


苦笑しながら、忍足は壱加を見て頬に手を添える。


「やから、もう泣かんといてや。俺らは壱加ちゃんの味方や。不安なことがあったら何でも言い。力になるで。な、跡部」
「……そうだな。お前の友人とやらは俺様を頼れって言ったんだろ?それなら友人の言う通り俺様を頼れ。泣き虫の一人くらいなんともねえからな」


腕を組み、偉そうに言い放つ跡部を周りのメンバーは呆れながら見つめる。
だが跡部らしいか、と納得し、これも跡部なりの優しさだと思い返す。


「………なんで」
「アーン?」
「なんで……あなたたちは、そんなに優しいの?初めて会うのに……こんな……泣き虫で、ウジウジしてる私に……」


自分で言いながら、顔を俯かせる。
それが自分の引け目だと分かっているから。
今まで何度も他人に指摘された短所。どうしても、好かれない特徴。


「なんでって……壱加さん、見知らぬ場所に一人で、心細いだろうし……」
「困っているやつがいたら力になるのは当たり前だろうが」
「………あたり、まえ?」
「せやな。こないな美人さんが困ってるんや。助けとうなるわ」
「いちいちそっちに結び付けんなよ、侑士は。普通に困ってる時はお互いさまだって言えばいいのによ」
「ウス」


ごくごく自然と繰り出される皆の言葉に、壱加は目を見開いて全員を見た。
今まで自分にこんな言葉をかけてくれる人がいただろうか。
考え、脳裏に親友二人の姿を映し出す。
……その二人以外、確かいなかったはずだ。
だから自分は今まで、ずっと一人だったのだから。


「………ありがとう」


三度、涙が零れそうになるのを堪える。
だがこれは悲しい涙ではないことに壱加は気付いていた。

「だったらお前も頑張れ。こっちで友達でも作って、あいつら驚かしてやれ」

ふと神様の言葉を思い出す。
あの時は自分にできるのか、不安でたまらなかった。
でも、親友二人の後押しもあって、自分は今ここにいる。
そしてその親友はこの人たちのことが大好きだ。
だから自分も、もしかしたら大好きになれるのかもしれない。


「………あの、皆さん」


この時壱加は初めて思った。
―――――友達になりたい、と。


「私と、その……友達、になってください……」


壱加の表情にもう不安はなかった。
あるのは、若干の気恥ずかしさだけ。


「もちろんですよ!」
「そうだC!っていうか、とっくに俺たち友達だC!」


そうして返ってきた言葉を聞いた壱加は、
とても無邪気な、子供が見せるような満面の笑顔を皆に見せた。