いざトリップ(2)


「まままままマジで!?やった!!やっばいあたしあんたのこと神様だって信じちゃうかも!」
『褒めろ。もっと褒め称えて崇めろ』
「今のは流石にびっくりしたわ……。でもどうして私たちに?」
『お前らがテニプリオタクだってことは前々から知ってたからな』
「え、もしかして覗き?ストーカーだったの神様」
『違え。神はなんでもお見通しだからだ』
「あ、あの………!」


軽やかに会話が弾んでいることが不安で、頑張って声を振り絞った壱加。
皆の視線が壱加に集まる。


「と……トリップ、って……何…ですか……?」


人見知りスキル絶賛発動中なのか、神様に向けおどおどした態度で訪ねた。
その様子を見て、はあーと深い溜息をついて神様は壱加を見る。


『お前な、俺は神様だぞ?尊敬するのは大事だが、もっと堂々としろ。そんな様子でトリップ先でやっていけると思ってんのか?あ?』
「とてもフレンドリーな神ね」
「ご、ごごごごめんなさい……」


何故か神様に説教をされた壱加は平均よりは大きな身体を小さくして、さらに涙目になって謝る。
すると急に仁菜が神様をチョップし真っ二つにした。もちろん、透けた身体で物理的に存在しているわけではないので、霧のように神様は姿を再生させた。


「ちょっと、いくら神様でも壱加を泣かすのは許さないよ」


さっきまでのお調子者だった仁菜の表情はそこにはなく、真剣で敵を見るような目で神様を睨んでいる。
急な態度の変化に驚く者はそこにはいなかった。強いて言えば、壱加が恐縮したくらいだ。
神様もわかりきった変化であったのか大して気にもせず、少し眉を寄せた無表情で仁菜を見た。


『ああ、悪かった』
「仁菜、あんまり神に突っかかるとトリップの話なくなっちゃうかもしれないわよ」
「え、それはだめだめ!!私絶対にテニプリの世界に行きたい!!」


くすっと笑いながら言う珊里の言葉に、さっきの真剣な表情が嘘のように焦りに変わる。
そしてふらふらと浮いている神様に必死に謝った。


『俺の心は寛大だからな。そんなことはしない。だから壱加、俺のことを怖がるな』
「……は、はい……」


腕を組んで告げる神様が壱加を見る目は、どことなく優しげで切なげだった。
その表情に気付いたのか、壱加は珊里の後ろに隠れるのをやめた。


『トリップってのはな、テニプリの世界に入り込めるってことだ。なに、少し次元を歪ませれば簡単だ』
「さすが神ね。人智ではとても不可能に思えることを簡単に言ってみせるのね」
「テニプリの、世界……?」
「ぜーったいに楽しいよ壱加!だって生で!触れられる位置で!テニプリの皆を拝めるんだから〜!」


まるで夢を見ているように恍惚とした表情を浮かべる仁菜。
その嬉しさが、1oたりとも共感できない壱加は複雑そうな表情を浮かべていた。


『そうと決まれば、早速トリップするぞ』
「待って。私たちがトリップすることに異論はないけど、現実世界での影響は?」
「もー珊里ってば焦らすんだから!こんな世界のことなんてどうでもいいじゃん!」
「………一応、ね」


早く行こうよ、と急かす仁菜に珊里は作り笑いを浮かべて言う。


『そのことなら心配いらん。お前らが向こうに行っている間、現実世界の時は進まない。向こうの世界に何年といようが、こっちじゃ1秒にもならない』
「ふうん……」
『もう一つ言えば、お前らは向こうでは年をとらない。漫画のキャラクターが年をとらないのと同じ原理でな』
「マジで!?じゃあ永遠の17歳になれるってこと!?」
「仁菜、気が早いわよ。……ねえ、それって随分素敵なお話だけど、何かリスクみたいなものはあるの?」
『ねえよ』


珊里の質問に、次々と簡潔に答えていく神様。


『全くのノーリスクだ。戻ろうと思えばいつだって戻してやる。トリップ中の記憶を消すだとか、そういった事後処理もしない。旅行気分で行ってくれて構わん』
「………どうして、私たちにそこまでしてくれるの?」
『言ったろ。ただの遊びだ。俺の暇つぶしだ』


それ以上は何も言おうとしない神様の態度を察したのか、珊里は問い詰めるのをやめて理解した素振りを見せた。


「それならいいわ。じゃあ早速連れてって」
『さっきから俺に対して偉そうだな、おい』
「私、神は信じてないの。今は微粒子と話している気分だからかしら」
『俺がここまでしてるのに信じないってか……』
「もう、喧嘩はあとにしてよ!早く行こうよーっ!」


とうとう我慢できなくなった仁菜が二人の間に割って入る。
喧嘩が始まらなかったのはいいが、そろそろ話についていけず泣きそうになっている壱加へのフォローを入れて欲しいところだ。


「トリップ、決まったの……?」
「即決だよ!壱加、大丈夫心配いらないって。あたしたちがついてるんだからさ!」
『それだが、俺の勝手な都合で3人を同じ場所に移動させてやることはできん』
「………えっ」


その神様の言葉に絶望したのは壱加。


『テニプリには色んな学校があるんだろ?連れて行くのは別々の学校に一人ずつだ』
「どどど、どうして、そんな……」
「なるほど、詳しい事情は面倒だから聞かないけど、それじゃあ早いもの勝ちってことだね!あたし立海!」
「じゃあ私は四天宝寺がいいわ」
「えっ、えっ……」


壱加のことはさておき、各々行きたい学校名を告げる仁菜と珊里。
神様もふむふむと頷く。


『で、お前はどこがいい』
「あっ……えっと……」


どこがいいと聞かれても、テニプリに関して全く知識のない壱加は口をパクパクさせるだけ。
すると、そんな壱加の様子を見かねた仁菜が横から声を挟んだ。


「壱加、氷帝に行くといいよ。あそこは面白いよ〜。壱加以上にからかい甲斐のある子がいっぱい!」
「ひょ、ひょうてい……?」
「そうね。ちょっと奇想天外だけど、常識人もいるし、壱加にとって良い刺激になるかもしれないわね」
「えっ、珊里ちゃ……」
「いざとなったら跡部を頼ればいいよ!意外と優しいし!壱加は美人で放っておけないタイプだから、力になってくれるよ」


にこにこ顔で壱加にキャラクターブックを手渡す仁菜。
そのページには、跡部という人物の紹介が書かれていた。
急に手渡された壱加は、なんとか跡部という人物の外見を必死で覚えた。


『あんまり時間かけてらんねえし、さっさと連れてくぞ』
「ちょ、ちょっと待っ……」


まだ不安なのか壱加は持たされた本と皆とを交互に見るが、無情にも神様は指をパチンと鳴らす。
それがトリップへの合図となったのか、3人の姿は仁菜の部屋から消え、壱加が直前まで持っていたキャラクターブックがぱさりと、床に落ちた。