出逢い(2)



「あかやん!あかやん!」
「わわっ、ちょっ、頭ぐしゃぐしゃにすんなよ!」


背伸びをして、満面の笑顔で切原の頭を執拗に撫でる少女……仁菜。
切原は困ったように仁菜を引き剥がそうとするが、なかなか離れてくれない。


「取り込み中悪いが、いくつか質問してもいいだろうか」
「あ、蓮二!いーよー!あたし、何でも答えちゃうよ!」


近くまで来た柳を見て、仁菜はまたにかっと笑う。
そして切原から離れ柳へと向き直す。人差し指を伸ばしたと思ったら、再び背伸びをして柳の頬をつんつんと触った。


「わあ意外とふにふにしてるっ!ちゃんと触れるー!」
「……スキンシップ激しすぎだろぃ」


呆れたようにガムを膨らませる丸井。
柳に制止の意味で人差し指を掴まれた仁菜は、その言葉を聞いてぐるんと顔を丸井へと向けた。
そしてしばらく丸井を見つめていたと思えば、つかつかと足取り軽く丸井の元へ来る。


「な、なんだよぃ」
「………」


にこにこ笑顔のまま、問答無用で仁菜は丸井の腹を摘まんだ。


「うおあっ!」
「むむ、思ったよりお肉ないなぁ……やっぱりパワーリストの外し忘れなのかな」


ぐにぐにと丸井の肉を指先でいじりながら難しい表情で呟く仁菜。
慌てて丸井は自らの腹の肉を守るように仁菜から離れた。


「急に何すんだよ!この馬鹿!」
「きゃー!馬鹿とかまさに馬鹿っぽいボキャブラリを披露するブンちゃんマジ可愛い!マジ天才的!」


丸井の言葉に仁菜なりの萌えを感じたのか、両手を広げて丸井に抱きついた。
丸井は嫌がっているが、お構いなしだ。
本題に入ろうとして結局入れなかった柳を誰か気遣ってやってほしいところだ。


「ちょっといいかな」


ぎゃーぎゃーうるさくなってきたのに苛々してきたのか、幸村が口を開く。
その声が聞こえた瞬間、仁菜は黙って丸井にちょっかいかけるのをやめ、幸村を見た。


「ここじゃあ少し場所が悪いね。君、付き合ってくれるかな」


爽やかな笑みを浮かべながらも、親指を立てて部室へくいっと動かすそれはまさに「表出ろ」という挑発そのものにしか見えない。
仁菜以外の全員が幸村の不機嫌さに怯えている中、仁菜はにいっと意地悪な笑みに変えた。


「もちろんいいよー。精市の頼みならねっ」
「………」


初対面の相手に名前を呼ばれても動じない幸村。
ここが外でギャラリーの目に触れるからという理由と、早く場所を移動して疑問を解決したいという気持ちが強いからだろう。
他の立海メンバーも幸村の考えていることが分かっているのか、何も言わずに部室に移動した。


「まずはお前の名前を教えてもらおうか」


部室に設備されているソファに堂々と座っている仁菜に柳が問う。
きましたと言わんばかりの笑顔で、仁菜は言う。


「美川仁菜だよっ!気軽に仁菜ちゃんって呼んでくれておっけー!」
「む。名乗られたのであれば、俺たちも名乗らねばならんな」
「あ、その必要な全くないよー」


礼儀正しく真田が仁菜を真っ直ぐ見るが、仁菜は両手を振る。


「そうだね。どうやら君は、俺たちのこと知っているみたいだし」
「む……そういえば、俺の名前も知っていたな」


ごついと言われたことにショックで忘れていたのか、真田がようやく思い出す。


「うん、皆のことは何でも知ってるよ!なんたってあたしは、別の世界から来たんだからね!」


えっへん、と両腕を組んで身体を反らせる。
そのカミングアウトに驚いたのは「ええええええっ!!」と叫んだ切原だけではなかった。


「別の世界って、どういうことだよ!」
「そのまんまの通りだよー赤也。あたしはね、こう、神様に次元をねじまげてもらってこっちに来たの!皆のことは、あたしが元いた世界で知ったの」


嬉しそうに語る仁菜に興味を持ったのか、柳が顎に手を添える。


「そうか……空から落ちてきたのは、そのせいか」
「そうだよ!さっすが参謀!マスター!理解が早い!」
「……柳の異名、よう知っとるのう」


自分たちのことを知っている、という言葉に嘘はないと分かったのか、仁王が面白そうに呟く。


「異名なんて軽いもんだよ、コート上の詐欺師さん!なんなら皆の身長体重も言おうか?あ、スリーサイズまでは分かんないんだけどね!」
「い、いや、もういいぜ……誰も疑っちゃいねえよ」
「さすがジャッカル!もう、本当にあんたは良い人だねーっ!」


始終ハイテンションな仁菜に若干乱されつつある雰囲気。
それをぶち壊す勢いで口をはさんだのは、仁菜の正面を陣取っている幸村。


「それで、どうして別の世界からわざわざ来たの?」
「わあ、なんだか刺々しい言い方だね〜」
「気のせいじゃないかな。俺は普通だよ」
「うんうん、知ってる知ってる。精市は素で腹黒いもんね」
「……ふふっ、よく分からない話をしているね」
「おっと失敬。五感を奪われる前に正直に話すからそんな怖い顔しないでよ」


二人の会話に口を挟めないでいる他のメンバー。
幸村と対等どころか、からかいも混ぜる余裕を見て凄いと思いつつ冷や汗を隠しきれない。


「あたしが皆のいるこの世界に来た理由はね……皆のことが、どうしても大好きだったからだよ」
「「「なっ……」」」


この理由には、真っ直ぐ見つめていた幸村も驚いたようで、目を見開いた。
そう話した仁菜の表情が、今までのふざけたようなものではなかったのも、そうさせる原因の一つだ。


「きゃっ!言っちゃった!恥ずかしい!」


だがその真面目な表情はすぐに消え、ぶりっ子のように両手で顔を隠した仁菜。


「………なんだか不思議な方ですね」
「それは褒め言葉?」


両手の隙間からそっと柳生を上目遣いで見る仁菜。
その言動が妙に小動物らしく、皆は目を逸らすことができない。


「ありがとう比呂士!そして皆さんに一つ宣言しておくことがあります!」


バッと急に立ちあがった。
なんだなんだと訝しむ視線を集める。
そして隣に居た切原の腕を組み、


「赤也はあたしの嫁!」
「はあああっ!?な、何言ってんだよ!!」


突然の意味不明な発言に一番動揺している切原。
腕を振り払うことも忘れて仁菜を凝視している。


「つうか、嫁ってなんだよ……」
「お、さすがジャッカル。つっこむねー」
「それはつっこまざるを得ないな」


柳も同感なのか眉を寄せながら言う。


「だってあたしの大本命なんだもん!あ、そこ!ブンちゃん!嫉妬しない!」
「してねえよ!」


大丈夫かこいつ、という視線を送っていたのに気付かれたのか、巻き込まれた丸井。
くわっと噛みつくように反応した丸井だが、それすら嬉しいのか仁菜はにこにこ笑ったままだ。


「……君、どうしてそんなに笑っているんだい?」


冷たいとも言える態度をとられても尚笑顔を崩さない仁菜を見て、幸村がふと問う。
すると仁菜は予想外の質問だったのか、少し目を点にしたが、それもすぐに笑顔へと変わる。


「だってあたし、皆に会うのが夢だったもん!大好きで、憧れだった立海の皆に!」
「……何故そこまで、俺たちを好いているのだ」


真田も同じように疑問を投げかける。
それにも仁菜は明るく答えた。


「ずっと夢見てたの。こんな人たちと友達だったら、すごい楽しいだろうなぁって。あたしの人生、がらっと変わるだろうなぁって……」


少し遠い目になり、床へと視線を落とした仁菜。
その妙にしおらしい態度を心配したのか、切原が「大丈夫か?」と顔を覗き込む。


「大丈夫よ!だから皆にお願い!あたしと友達になろっ?」
「……どこがお願いじゃ」


お願いと言いながら、なろうと言っている仁菜に仁王が呆れたように笑う。


「なんだ、そういうことだったのか。仁菜、最初は変な態度とってごめんね」


理由や仁菜の気持ちを理解したのか、優しい笑みで仁菜を見た幸村。


「いやいやいや、いいよ、精市が謝るとかマジ悪寒だから」
「……ふふっ。登場シーンからかなりの変人だったからね、自然と変人と接する対応になってしまったよ」
「やだなぁ、変人さなら精市も負けてないよ?いやむしろ変人の神でしょ?」


一瞬は良い雰囲気になろうとしていた空気が徐々に怪しい方向へと向かうのに気付いたメンバー。
だが口を挟む勇気はなかった。
どうやら仁菜の言葉が神の子の機嫌を損ねたらしく、両者笑顔で貶し合いに突入しはじめた。
それをしばらく、他の面子は呆れたように傍観していた。