昨日はそのまま幸村と別れ、自分の家に戻った。
家に帰った俺は、ずっと考え事をしていた。


「………」


帰る時、俺は幸村から忠告を受けていた。
それとアドバイス。


「……俺だって、分かってんだよ…」


俺は幸村に言われたことを思い出していた。





「ブン太、」
「ん?」
「真剣に、千鶴ちゃんの事が好き?」
「え……?」
「あの子の病気は、俺たちが思っているより重い。あの子の傍に居たいと思うんなら、相当な覚悟が必要だよ」
「………」
「……千鶴ちゃんに合うドナーは見つからなかった。だから、千鶴ちゃんは本当に、長くない」
「……知ってる」
「それはブン太にとっても辛いし、千鶴ちゃんにとっても辛い」


幸村は一つ一つ、丁寧に俺に話をした。


「それでも千鶴ちゃんの傍に居たいと思うのなら、俺は何も言わないよ。二人の事、応援する」
「幸村……」
「………」


幸村は、綺麗に微笑した。


「だから、最後まで千鶴ちゃんを幸せにさせてあげたいから、ブン太、明日からテニス部の皆を強制お見舞いで」
「へ?」
「俺じゃなくて千鶴ちゃんにね。千鶴ちゃん、友達があまりいないから……」
「ああ……分かった」
「よろしく、頼んだよ」





幸村も、千鶴のことを心配しているらしい。
そして幸村の言葉に気付かされた。
俺は、初めはただ千鶴のことを「可哀想」と思ったいただけだった。
それが、友達になり、千鶴と話しているうちに、
守りたいと思うようになって……。

幸村に言われて、俺は決心した。
最後まで千鶴の傍に居ると。

千鶴を愛し続けると。





あれから1週間。
俺は幸村から頼まれた通り、テニス部の奴らに事情を話して毎日お見舞いに来るよう頼んだ。
初めは千鶴も驚いていたが、元から人付き合いは上手いので、すぐに皆と打ち解けていた。
俺は安心した。
だが、日が経つにつれて、不安の方が増していった。

いつ、千鶴が倒れるかも分からない。
宣告された日に、どんどんと近づいている。
純粋無垢に、笑顔でいる千鶴を見ていると怖くなる。
この笑顔を失うことを恐れている。

俺は、ここまで人を愛したのは初めてだったから。

失いたくない。
ずっと傍に居たい。
愛しい。

願いたくば、
離れないでいてほしい。
ずっと……―――
俺の傍に………―――


「ブン太くん?どうしたの?」
「―――っ」


千鶴の言葉で俺は我に戻った。
周りを見てみると、仁王と赤也が居た。


「なんじゃ、また千鶴に見惚れとったんか?」
「ち、ちげぇよ」


様子がおかしいことに気付いたのか、心配そうに俺を見る千鶴。
それに、大丈夫、と言い千鶴に笑顔を向けた。


「先輩、あんまりたるんでると真田先輩に言っちゃいますよ〜?」
「だったら俺もお前の英語の点数真田にばらしてやるからな」
「うっ!それだけは勘弁!」
「んじゃあ俺は赤也の好きな奴ばらそうかの」
「ちょっ!仁王先輩は関係ないっしょ!」
「ふふふ……」


テニス部の連中が来てから、千鶴は笑う回数も増えた。
それはとても良いことなんだが。
少し寂しい気もする。


「やっぱり、皆さんは面白いですね」
「そうッスか?」
「まぁ、あの真田でも手を焼く三人じゃからの」
「って、俺も入ってんのかよ」
「真田さん、大変なのね」
「いいんじゃよ、副部長には苦労してもらわんとな」
「あらあら」


テニス部も、病状を知りながら千鶴に接している。


「あ、そろそろ時間ッスね」
「え?まだ検査には時間はあるわよ?」
「何言ってるんじゃ。ギリギリまで居ったら、ブン太と二人きりになれんぜよ」
「あっ……」
「お、おい、仁王……」
「ってことで、邪魔者は消えまーす」


二人とも意味深な笑みを残して、病室から出て行った。


「……なんだか、気を遣わせちゃったかしら」
「いーんだよ。元々ああいう奴らだから」


と言っても、心の中では感謝してしまう自分がいる。
千鶴と二人で話す時。
今は、この時間が一番好きだった。


「初めは心配してたけど、仲良くなれたみたいで良かったぜ」
「うん、テニス部の皆さんは本当に優しいから、凄く楽しい」
「そっか……」
「ブン太くん、」
「ん?」
「ありがとう」
「……いいよ、別に。千鶴が幸せなら何よりだしな」


俺はお客用のパイプ椅子から、千鶴の隣、ベッドに座った。


「私ね、皆が来てから、ちょっとだけ学校に居る気分が分かる気がするの」
「………」
「休み時間になると、こうやって皆の話すの?」
「ああ、そうだな」
「……羨ましい。本当に……」
「………」
「でも、私も今、同じように友達と話しているんだと思うと、凄く嬉しい」


千鶴の頭が俺の肩にもたれた。


「全部、ブン太くんのおかげだね」
「……俺は特に、何もしてない」
「ううん。あの時、ブン太くんに会わなかったら、私、ずっと独りで屋上に居た」
「………」
「独りで……、





 死んじゃうところだった」

「っ千鶴、んなこと言うなよ……!」


俺は千鶴の肩を持ってこちらを向かせた。
一瞬、哀しそうな微笑が見えたような気がしたが、すぐに柔らかい表情に変わり、


「ブン太くん、私、ブン太くんが大好き」
「……俺も、千鶴の事好きだ」

「もっと、早く……会っていたらよかった。羨ましくて、少し憎らしくて、自分のこの身体が」
「………千鶴」
「私と同じ年の女の子のほとんどは、学校に行ってて……ブン太くんの周りにも、たくさん居て、凄く羨ましいの」
「……でも、俺は千鶴が一番、」
「ありがとう……」


千鶴はにっこりと微笑んで、俺を見つめた。


「ブン太くん、お願い、私を抱き締めて」
「………千鶴…」
「今まで巡り合えなかった分、埋めたいの。お願い……」


千鶴が哀願するのを見て、俺は胸がきつく締めつけられた。
そして、衝動にも似た感情で、千鶴を抱き締めた。
強く。
でも、あまり強く抱き締めたら壊れそうだったから、少し力を抜いた。


「……千鶴、愛してる……」


何故だか、凄く泣きたくなった。
さっきまで普通に笑えていたのに。
どうしてか。
今の千鶴は、とても悲しく見える。


「私も、愛してる。……初めて、こんなに人を愛しいと思った」


千鶴が抱き締め返す力が強くなる。
俺は、自分の腕が震えそうになるのを必死で押さえていた。
好きだ。
好きだ。
こんなに好きなのに。
いつかは別れがくるのだと思うと。
この腕を、離したくなくなった。


「……ブン太くん、ありがとう。もう、いいよ」
「………」


千鶴がそう言ったので、俺はゆっくり腕を離した。


「私、本当にブン太くんに会えてよかった」
「…俺も」


俺の口から出たのはそんな素っ気ない言葉だったけど、千鶴は優しく笑ってくれた。


「だけどね、本当は、ブン太くんには悪いと思ってるの」
「……?」
「愛してくれてありがとう。でも、すぐ、別れがやってくるから……」


何を、言っているのかと思った。


「本当は心の底で思ってたの、貴方を愛しちゃいけないって」


何を突然言い出しているのかと思った。


「分かってたの。でも……できなかった」


崩れ落ちる千鶴。


「わたし…は、ブン太くんから……」


俺は何も分かっていなかった。
自分だけ、千鶴の死期が近づくのを知っていたつもりで。
千鶴の気持ちを考えていなかった。





「………離れたくない……よ……」





千鶴はもうとっくに、自分の死期を感じ取っていた。





Next...