これほど、永遠にこのままでいたいと思ったことはなかった。 (だって俺は、大人になるのが楽しみだったから) これほど、時間が進むのを恨んだことはなかった。 (何かしらズレはあるのに、時だけは正確に過ぎてゆく) 俺には仲間が居て、 (やりたいこともあって、) 時間≠烽スくさんあって、 (未来も見えている) だけど、儚い命があるのを知った。 (前から知っていたけど、身近にはなかったから) 俺と同じ年で、命の終わりを告げられている奴が居るのを知った。 (なのにそいつは笑ってるんだ) 俺だったら笑えるだろうか。 (いや、そんなの絶対にない。俺は弱いから) 俺はあいつに何をしてやれる? (残りの時間、あと僅か) あいつに何を感じさせてやれる? (こんな限られた時間で) それでも俺は、あいつを愛した。 「おーい真田、今日も幸村の見舞い行くんだろ?」 「ああ。手土産は何もないが……」 「毎回もってこられても困ると、前言ってましたよ」 「流石幸村じゃ」 と、着替えながら談笑する。 幸村に会えるという楽しみもあるが、俺には少し嫌なこともある。 病院≠ニいう場所。 それがあまり好きではない。 小さい頃、無理矢理親に連れてかれて怖い医者に注射される思い出がある。 トラウマっつーのかな。 ……まぁ、今は注射が嫌いとか言わねぇけど。 それでもあの消毒液などの匂いが好きじゃない。 「丸井、何暗い顔しとるんじゃ」 「え?あ……別に」 考え事をしていたら仁王に肩組まれた。 ネクタイをぐっと締めて、荷物を持つ。 「きっと、ケーキがないことに不満があるんスよ」 「んだと?俺はそこまで貪欲に見えるか?」 「え、まぁ」 「そこは否定するとこだろぃ!」 「赤也、丸井、置いてくぞ」 「あ、待ってください柳せんぱーい!」 柳に呼ばれると、犬みたいに進む赤也。 ………俺は持った荷物に肩にかけ、部室から出た。 「先輩も苦労するのー」 「お前も先輩だろうが」 俺はそんなに懐かれるタイプじゃないけぇ、と仁王は呟き、同じように部室から出た。 真田が前から呼んでる。 ああ、うるせー。 俺と仁王はマイペースに前に言ってるやつらの後をついていった。 電車で乗り継ぎ、幸村の病院の前まで来る。 俺はでかい病院を眺めてみる。 白い。白くて眩しい。 視線を上げるうちに、屋上に目が行った。 屋上は幸村もよく寄る場所で、俺たちも何度かそこで談笑した。 そこから見える夕日は綺麗だったのを覚えてる。 だが、ほとんどそこに人が居る時はない。 少し危険ということで、子供は親同伴でないと入れないし、この時間帯は病室で休む人が多い。 そんな屋上に、人影が見えた。 目を細めて見てみると……女がいた。 病院ではよく見るパジャマ姿で、上からカーディガンを羽織っている。 どこか、遠くを見ているようだった。 ぼーっと屋上を見ていると、柳が横から俺たちに向かって声をかけた。 「幸村は今日、自分の病室に居るらしい。いくら同室者がいないからと騒ぐなよ」 と注意を受け、俺たちは病院に入る。 いつものように真田が代表として受付を済ませ、病院の中を歩く。 そこら中から消毒の匂いが鼻をつく。 これだけはやっぱり慣れない。 「丸井先輩、迷子にならないでくださいよ」 「誰がなるか。お前じゃねーし」 「俺だってなりませんよ」 など、どうでもいい話をしながら足を進める。 あまり意識しないうちに、目の前に幸村の病室が見えた。 真田がノックをしてから、返事が来るのを待つ。 「どうぞ、入って」 中から幸村の元気そうな声が聞こえる。 それをしっかり聞いて、真田がドアを開ける。 そこには、ベッドから上半身を起こして俺たちを見て微笑する部長の姿。 「幸村、調子は良さそうだな」 「ああ。検査も終わったところだし、順調だよ」 「そんな時にお邪魔して申し訳ありませんね」 「いいよ。俺も皆の元気な顔が見れて安心したし」 「人の心配しとる場合じゃないくせにのう」 「ふふ、そう?」 皆が次々と幸村に近寄る。 幸村も笑顔で出迎えてくれた。 俺もいつもなら真っ先に幸村のベッドに座りにいくけど、今日はそんな気になれなかった。 さっきの女のことが気になってるのか? 見たところ、同い年くらい……いや、同い年の女が入院していることなんて珍しくも何ともない。 ただ、屋上に人がいるのが珍しかっただけだ。 と自分に言い聞かせてみるが、何故か落ち着かなかった。 「丸井、さっきから黙っててどうしたんだい?」 「え、あ……あぁ、別に、なんでも……」 「腹でも減ってんじゃねぇんスか?」 「んなんじゃねーよ」 「ふふ、悪いね、今日は何もなくて」 「いや、幸村が謝る必要はない。丸井がたるんどるんだ!」 ……真田のやつ、絶対俺が甘い物ねぇから静かだって思ってるな。 「ちげーって。………俺、トイレ行ってくる」 「一人で行けるんかー?」 「………」 仁王の言葉は無視して、俺は病室から出た。 ……と言っても、あそこから抜けたいだけだったから行く場所がない。 ここの病院の中っつっても、幸村の病室か屋上くらいしか……。 「……屋上、か……」 俺はとりあえず、屋上に足を向けた。 もうさっきの子はいないかもしれないし、一人で涼むのには丁度良い場所だからな。 屋上に続く階段をたんたんと上り、ドアノブに手をかけ、ガチャリと回す。 ドアはゆっくり開いて、外の空気を一気に引き寄せた。 その風を受けながら、俺は一歩外に出る。 外は病院という白はそこにはなくて、青が広がっていた。 皆と一緒に居る時は気にしなかったけど、一人で来ると結構色んなものに目が行く。 「………あ」 俺の目の先には、さっきの女がベンチに座っていた。 ベンチに座って、空を見ている。 俺はその姿から何故か目が離せなくて、そのまま見つめていた。 すると、あっちが俺の気配に気付いたのか、振り返って、目が合った。 変な人だ、と顔をしかめられると思ったけど、そいつは俺に向かって微笑んできた。 「はじめまして」 「あ……お、おう」 俺は声をかけられて、思わずそいつに近づいた。 そいつは、茶色の背中くらいまでの髪を二つの三つ編みで結んでいた。 「あなた、立海の人ですよね?」 「そ、そうだけど……なんで知ってんだ?」 「私も、立海生なんです。だから制服で分かりますよ」 「あ……そうなのか?」 それにしては、見たことがない。 同学年ではないな……。 後輩か? 「何年?」 「私は3年生です」 「え、マジで?……全然知らねぇ」 言って、思わず口を押さえた。 悪いこと言ったか?と彼女の顔を見てみるが、そんな様子はなく、逆に笑っていた。 「そうでしょうね。私、全然学校に行ってませんから」 「?……そうなのか?」 「生まれつき、病気を持ってるんです」 「病気……?ああ、だから入院生活、ってわけか」 「はい」 「何の病気なんだ?」 そう聞かれると、彼女は少し間を置いて、自分の左胸に触れた。 「心臓です」 「え………」 「心臓が、悪いんです」 「………」 「……本当は、こんなに生きられるなんて思ってなかったんですけどね」 彼女はそう言うと、悲しそうに笑った。 俺には、何故そんな顔するのか分からなかった。 だって、そうだろ? 自分がいつ死ぬかも分からない状況だってのに、……俺だったら笑えねぇ。 「でも、良くなってるんだろ?」 俺は少し元気づけようと、顔を無理矢理笑顔にして言った。 だけど、彼女の顔は下を向いて、 「………あと1ヵ月、生きたら良い方なんです」 「……!!」 俺は言葉が出なかった。 あと1ヵ月? 生きたら良い方? 俺には考えられない。 自分があと1ヵ月しか生きられないなんて。 信じられないし、そう言われても絶対信じない。 目の前には同い年の女。 今まで15年間、生きてきたのに。 終わりが全然違う。 全然信じられなかった。 「あ……ご、ごめんなさい。初対面の人に、こんなこと……」 「いや……別にいいぜ……つか、俺の方も、いろいろ聞いちまって……」 「いえ、そんな……」 何だか急に気まずくなって、二人とも視線を泳がす。 俺はそんな雰囲気を壊そうと、彼女に話しかけた。 「お前、名前何て言うんだ…?」 「名前……?」 一瞬きょとんとしていたが、ああ、と思い出し恥ずかしそうに笑う。 「そういえば、名乗ってませんでしたね……私は秋月千鶴と言います」 「俺は丸井ブン太。シクヨロ」 「し、しく……?」 「よろしく、ってこと」 「あ、はい……よろしくお願いします」 彼女はまた笑って、俺を見上げた。 すると、ドアの方から誰かの声が聞こえた。 「あ……看護師さんが呼んでる」 「あ、そっか…」 「今から検査なの」 「………」 検査……か。 幸村ん時は、異常ないって信じてた。 その結果、病気が見つかっても入院すればよくなるかもしれないという希望が見つかった。 それを信じて、今も病気を頑張って直して、リハビリの準備をしている。 だけど……、 「あの……丸井くん」 「ん?」 「また、会えるかな」 「えっ……」 「私、個人の病室だから友達もできないし……屋上が好きだから、丸井くんが良かったら、また……」 恥ずかしそうに視線を逸らしながらだけど、言っていることは伝わってくる。 たしかに、こんな学校よりもでかいような場所で一人なのは辛いし寂しい。 「ああ。んじゃあ……明日また来るぜ」 俺は即答した。 何故か、とか思わなかった。 ただ……また会いたいと思った気持ちがそのまま出た。 残り1ヵ月の命。 そんな難しいことはよく分からない。 ただ、俺は願った。 彼女に、ずっとずっと未来の時間を。 Next... |