「…………」


辿り着いた先は屋上。
ここが、一番直登との距離が近い場所だった。


「………っ直登……」


皆と、会っちゃったよ。
懐かしいって思うより……また恐怖心が芽生えた私って、やっぱりおかしいのかな?
強くなろうとしたのに、やっぱりまだ弱いままだったのかな?
私……直登に会いたいよ……。


「千鶴……ここか、」
「!仁王……一人にしてって、言ったのに……」
「今のお前さんを一人にできるわけがなか。……直登って言うのは、お前さんの恋人か」


私に近づきながら、ひどく静かな声で言う仁王。
私は目を伏せた。


「……千鶴がテニス部に近づこうとしなかった理由も、そいつにあるようじゃな…」
「………」


仁王は鋭い。
ずっと目を見ていると、心が見透かされそう。
……だから一緒に居て心地よかったのかもしれない。
もしかしたら、この人に助けを求めていたのかもしれない。
私を、過去から連れ出してほしい。
ずっと……そう言っていたのかもしれない。


「………あの教室からね、テニス部って……ほんとによく見えるの」


私は少しだけ笑って、仁王にそう言った。
仁王は、求めている答えと違った答えが返ってきて、少し眉を寄せたが、黙ってくれていた。


「っあ、はは……やっぱりだめみたい。どうしてもね、テニスをしている人を見ると思い出しちゃうの」


元気にコートを駆け回る直登の姿。
本当に楽しそうで。
初めは興味のなかったテニスも、こんなに好きになれて。
今の私が居るのは、全部直登のおかげ……。


「……直登を失った私は、本当に何もかも失ったみたいになって、ずっと立ち直れないでいた」
「………」
「それで、全部から逃げようと、氷帝から立海に転校して……こっちでは、自分の気持ちを隠すように、氷帝での思い出を思い出さない様に、笑ってた」


笑っていれば、皆も同じように笑ってくれる。
新しい生活が送れる……。
私が笑ってさえいれば……、きっと、心配なんてされずに……。


「だけど、貴方に気付かれて……また、テニスに近づくことになって……」
「……俺が、」
「でもね、嫌じゃなかった。……ただ、こんな自分でいいのかなって、私……こんな気持ちのままで、皆に迷惑をかけないかなって、不安だった…」


高く高く、私たちを見下ろす空を見上げた。


「でも……皆は優しくしてくれた。……嬉しかったよ」


だけど、


「それなのに私は、……ずっと直登を求めていたの」
「………千鶴、」
「仁王に騙されているだけ、って思おうとしたけど……それはやっぱり自分の言い訳に過ぎなくて……」
「っ……」
「本当に、直登が好きなんだなって……痛感した」


今、仁王を見たらどんな表情をしているんだろう。
………氷帝の皆と同じかな。
だけど……
やっぱりこの人は、そんなことしないって。
あたたかい目で私を見てくれるって…
思ってしまう。


「……だから、早く氷帝のことを忘れたかった……」
「…じゃが、忘れたからって、」
「うん……それは分かってる。私の気持ちは変わらない。……っ私、今すごく辛い…」


氷帝の皆は、今でも私のことを心配してくれていた。
さようならも言わずに、氷帝から出て行った私なのに。
最後の最後まで、皆を責めてた私なのに。
それが、今になって凄く重たい罪悪感として私の心にあって……。


「っ……氷帝の皆には、本当に悪いって思ってるの……」


私は膝を折って座り込む。
テニスコートを見ても、
学校の門を見ても、
思い出してしまうのはいつも直登の姿。


「でも……っ直登が、死んでしまったって……気付くのが怖かったの…!」
「千鶴……」
「私はずっと……頑固に、直登は今でも私の心の中で生き続けてるんだって……思ってて……」
「………それは、いけない事なんか?」
「……わからない。だけど、その気持ちが皆を困らせたのは事実だから……」


私が直登はまだ生きていると言い出したから、皆はあんな顔をした。
私が直登を殺さないでと叫んだから、皆は必死になって否定してくれた。


「っだけど……!私が直登が死んでしまったって認めたら、本当に私の心の中の直登が居なくなってしまうと思った……!」


堪えられなくなって涙が溢れる。
視界が揺れて、もうまともに空はおろか、目の前のフェンスさえ見えなかった。
仁王は後ろから私をそっと抱き締めてくれた。


「……それなら、認めないままでいい。…お前さんの心ん中で、ずっと生きてるんじゃ……直登は、」
「っでも…」
「それが一番じゃよ。……千鶴にまで忘れられたら、直登はすごく悲しむんじゃろ?」
「………におう、」
「氷帝のことは気にせんでええ。……千鶴の今の気持ちを伝えたら、分かってくれる」
「………っあり、がと……」


ああ、この人はなんでこんなに優しいんだろう。
それに比べて、なんて私はこんなに残酷なんだろう。
………仁王が私を見てくれる目は、直登のものとすごく似ていたのに。
それに私は気付かない振りで。
……ううん、騙し騙される関係≠理由に……この気持ちさえも嘘だと言った。
こんな私……もう二度と、恋なんかしてはいけないよ。

その時、丁度立海と氷帝の皆が屋上の扉を開けた。


「千鶴っ!」
「……みんな、」


私は小声で大丈夫と言って、仁王のあたたかい腕の中から離れた。
そして、


「皆……ごめんなさい。私の所為で……こんなに振り回してしまって、」
「…そんなこと、いいんだよ……」
「私の為を想って言ってくれる皆の言葉を、無視してごめんなさい……」
「千鶴……」


涙を拭いて、謝る私を氷帝の皆は驚いたように見ていた。


「………でも、私も…ずっと、怖かったの…」


私は、仁王に話した事と同じことを話そうと思う。
直登のこと……。


「皆は優しいから……正確な判断ができない私を、正しい道へと誘ってくれるでしょう?」
「……当たり前だ…。俺達全員、千鶴のことが大切なんだからよ……」
「ありがとう……。だけど、私はその優しさが、嫌だった」


言うと、皆は少し黙った。
立海の皆も何も言わずに話を聞いてくれている。


「私……本当に、直登のことが大好きなの。……昔も今も」


氷帝の皆は、知ってる、とでも言うかのように頷いた。


「……初めて、あんなに人を愛したの」


全てを愛していた。


「あまり……恋人らしいことはできなかったけれど、本当に大切で……」


まだ若い私たちには、デートをしても恥ずかしくて手を繋ぐこともできなかった。
それでも一緒に居ること事態が幸せだった。


「今でもずっと……その思い出を壊さないように、私の心に残してあるの……。それを、壊してしまうのが怖かった……」
「っ千鶴……」
「直登が死んだ、って……気付いてしまうと……私の心にある直登が本当に消えてしまうと思って……」


今でも、ずきんずきんと胸が痛む。
私の心から……直登は消えていないよね……?


「もういいっ千鶴……俺たちが悪かったんだ……お前の気持ち、察してるつもりで、全然気付けてなくて……」


景吾が悲しそうな顔をして言った。
それがきっかけとなったのか、氷帝の皆が次々と言葉を発する。


「そうや、千鶴は悪くない。……やから、そんなに抱え込まんでええんよ」
「俺たちこそ、千鶴に謝らなくちゃいけねーのによ……」
「あん時、千鶴はまだ苦しんでたんだよな……」
「……そんな…あれは、私の我儘で……皆は悪くなんて…」


侑士、岳人、亮……。
皆、見たこともないくらい悲しい顔をしてる。
私がそうさせてるってことは分かってるけど……。
それでも少し嬉しいと思ってしまう。
私、皆に嫌われてなかった……。


「ごめんね、千鶴ちゃん……慰めることもできなくて……」
「俺も……全然千鶴先輩の気持ち、分かってませんでした…。すみません」
「……千鶴先輩が居なくなってしまった時、初めて気付いたんです。……千鶴先輩が、どれだけ苦しんでいたのかって…」
「わ、たしだって……皆の優しさ、受け取れなかった……」


ジロー、長太郎、若……。
私、まだこんなに皆に想ってもらえてたんだ……。
今になって……こんなに、皆に悪いって思うなんて…。


「……もう、素直になったらどうじゃ」
「っ仁王……」
「再会、喜びたいんじゃろ?……氷帝の奴らに、笑顔見せてやりんしゃい」


後ろから優しい言葉をかけてくれる人までいる。
私、幸せ者だったんだ……。
ここで改めて、私を追って来てくれた立海の人を見た。


「……俺たちの事は気にしなくていいよ。……元々、テニスをする為に呼んだんじゃないからね」
「幸村部長も、人が悪いッスよね。……一人で決めちゃってさ」
「俺らだって千鶴のこと心配だったのにな、」


皆笑ってくれた。
私……たくさん迷惑かけたのに。
いけない。
嬉しくて涙が出ちゃうよ……。


「っ皆……ありがとう……」
「……ほら、泣くなよ。………もう、俺たちにも笑ってくれるよな……?」
「うん……っ!」


この日、久しぶりに私は氷帝の皆の前で……心から笑った。





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