翌日。私は同じように朝部活に行った。
誰も……昨日の事を詳しく追及なんてしなかった。
そこが少し不思議に思えたけど、私にとっても都合が良かったから何も言わなかった。
皆の、私への態度が変わったわけではなかったし……。
だから、いつまでもこのままがいいな、なんて思ってた。
思っているだけだった。
そしてそれを願うかのように、ペンダントを握る。
これは、直登が亡くなる前にもらったペンダント。
初めて大好きな人からもらった宝物……。
それを今でも身につけている時点で、私は直登を完全に忘れるなんてできないと思っていた。
でも、外すこともできなかった。
今一番……私に勇気を与えてくれているのは事実だから。


「………ねぇ、千鶴ちゃん」
「…ん?なに?」


朝、皆より少し先に教室に戻ると、いつもの女友達から話しかけられた。


「あ、あの……聞きにくいことなんだけど……」
「?」


3人の女の子が、それぞれ眼を合わせる。


「大丈夫?」
「……?私、顔色悪いように見えるかしら」
「あ、いや…そうじゃなくて、」
「部活……とか」
「?……ええ、問題ないわよ?皆優しいし、私もなんとかついていけるし……」


そう答えると、少し3人の表情が和らいだ。
……一体何なんだろう。


「そっか……。それなら、よかった」


一人が私を見て、安堵の息を吐いた。


「?…どうしたの?何かあるの?」
「何かってわけじゃないんだけどさ……」


3人が気まずそうに目を合わせる。
何か、話していいのか、相談するかのように。
私にはよくわからなかった。


「あっ……そういえば千鶴ちゃん、最近仁王と仲良いよね」


3人の内一人が、話題を変えた。
私はさっきの話はあまり気にならなかったので新しい話題に乗ることにした。


「そ、そう……?あまり意識してないけど……そう見えるのね」
「見えるよ!だって、いっつもお昼一緒に食べてるじゃん!」
「あ……」


そういえば、こっちに転校してきてからほぼ毎日仁王と食べてる気がする。
たまに、この3人とも食べるけど。
事情もあって……仁王との方が多い。


「もしかして、千鶴ちゃんって仁王のこと好き?」
「ち、違うわよ……」


好きだなんてありえない。
……だって、私と仁王は、


「ふーん…?まぁ、千鶴ちゃんにその気はなくても、仁王はどうだかねぇ……」
「え?」
「あ、私も思ってた!仁王って千鶴ちゃんのこと好きだよね」
「ちょ、ちょっと待ってよ。どうしてそうなるの……」
「だって、仁王ってあんな感じでしょ?あんまり女の子と仲良くしないっていうか……」
「どこか、一歩後ろに下がってる感じがするよね」


それは、仁王が詐欺師って呼ばれているからだろうか。


「でも、千鶴ちゃんにだけは違うみたいだし」
「え…」
「そうそう!わざわざ仁王の方からお昼誘ったり、部活に誘ったりするなんて絶対何かあるって!」


何か………確かに、ある。
でも、それは騙し騙される関係だけであって……。
そこに別の感情なんて、ない。


「……そんなの、ただの気まぐれよ」
「ふうん……。じゃあ、千鶴ちゃんにとって仁王ってどんな存在?」
「…………」


私はその質問に答えることができなかった。
存在……関係……。
私にはよくわからない。
友達?
相談相手?
部活の仲間?
……どれもしっくりこない。
だけどその答えが、
恋愛だなんて……思いたくもない。


「千鶴、朝はすまんの。先に行かせてしまって」
「………別に、気にしてない」


今は授業の間の休み時間。
朝の会話があってからか。
私は仁王の顔を見ることができなかった。
どうして……。
どうして?


「……千鶴?」


そんな私を不審に思ったのか、仁王は私の顔を覗き込む。


「どうしたんじゃ、具合でも悪いんか?」
「ち、違うわよ…。平気だから」


それを私は背けるようにして、なんとか仁王の顔を見ずに過ごしている。
何を動揺しているの。
何を心配しているの。
何をそんなに怯えているの。
私は答えから目を背ける。


「そうか…?……あ、もう始まるな…。んじゃ、またな」


仁王はそう言って席に戻った。
私も自分の席に着いた。
そして、ほっと胸を撫で下ろした。





昼休みの時間のチャイムが鳴った。


「千鶴ー」


予想通り、私を呼びに仁王がやってくる。
私は迷いながらも、席を立った。


「仁王……」
「今日も一緒に飯食わんか?」


いつもの微笑で、私を見る。
その瞳が私を捕らえる。
その瞳を私は見れない。


「……千鶴、やっぱりどこか具合が…」


返事をしない私をおかしく思ったのか、仁王はまた私の顔色を見る。
私は顔を伏せる。


「………千鶴、」


仁王は手を伸ばし、私の額に手を当てようとした。
それを私は振り払った。


「あっ……」
「………」


仁王は何も言わず、私を見つめた。
私は朝から初めて……仁王の目を見つめた。
吸い込まれそうなくらい、真っ直ぐに私を見る瞳。
やめて……。
そんな目で見ないで……。


「っ……」
「あっ、千鶴!」


私は振り返らず、走った。
屋上まで。
私は気付きたくなかった。
この感情が、何ものかを。





屋上に上がると、そこには広い空。
人は誰も居なかった。
その理由が、少し天気が悪いからだと気付いた。


「………」


私は屋上の隅に寄る。
仁王が私の後を追いかけてくる気配はなかったから、少し安心してしゃがみ込んだ。


「………なによ、」


私には直登が居る。
私が好きなのは直登だけ……。
そっと、首から提げていたペンダントに触れる。

「仁王って千鶴ちゃんのこと好きだよね」

そんなこと言わないで。
そんなこと言ったら……。
直登が悲しむ。


「……私には、直登だけ…」


今だって覚えてる。
直登の顔、声、瞳、匂い……。
ぜんぶぜんぶ。
ほら。
今だって、すぐに会える。
目を閉じて、暗闇を見つめればすぐそこに。
いつだってあなたは私の傍に居てくれた。
昔も、これからも。
なのに……
あの人≠ヘ、
私の心をかき回す。

「千鶴ちゃんにとって仁王ってどんな存在?」

そんなこと、私に聞かないで。
答えは決まってる。
仲間=B
それでいいじゃない。
……それがいいじゃない。
だからお願い。
このうるさく動く心臓は、
気のせいだと思わせて。
だめなの。
私には直登が居るから……。

もう恋なんてしたくないの。





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