あれから1週間。
皆本当に私に良くしてくれた。
部活に行くと、全員が笑顔で迎えてくれる。
たまに真田に怒鳴られることがあったけれど。
それでも、皆優しかった。
コートの準備だって、レギュラーはやる必要がないのに丸井や切原が手伝ってくれて。
私が作るドリンクを「美味しい」って言って飲んでくれて。
……久しぶりだった。
間近でテニスを見て、ギャラリーの応援の言葉に囲まれる。
その真ん中にいる皆は輝いていて。
何度か氷帝の皆を思い出した。
だけど、
私は忘れようと必死だった。
思い出すと、私の表情から笑顔がなくなる。
また皆が心配する。
仁王が心配する。
そんなのは嫌だった。
私は戻りたかった。
あの幸せな日々に。

いらなかった。
昔の弱い自分なんか。
皆と居ると、錯覚かもしれないけど、自分が強くなれた気がして。
それでも良かった。
だって本当に幸せだったから。

そして今日もまた、仁王にお昼を一緒にと誘われた。





仁王side


「どうじゃ、もう慣れたようじゃが」
「ええ。仁王の言うとおり……皆、優しい人ね」
「じゃろ?」


もう日課となっている二人での昼食。
一部では俺と千鶴がデキてるって噂もあるが、俺は気にしない。
生憎千鶴の耳には入っていないし、そういう事には鈍いんじゃろう。
こうやって、一緒に昼食を食べてくれるということは。


「最近、お前さんの笑顔も増えてきたしな」
「……私は前から笑顔だったわよ?」
「『作った』……な」
「失礼ね」


そう言って千鶴はクスクスと笑う。
以前は仕方なく俺に付き合ってくれたような感じだったが、こう笑ってくれるということは少し俺も信頼されたということじゃろうか?
ああ、いつ見ても千鶴の笑顔は綺麗だと思う。


「……やっぱり、お前さんをテニス部に誘ってよかったのう」
「なによ、自信があったから誘ったんでしょう?」
「いや……これは詐欺のはずだったんじゃが」
「知ってるわよ。だから私も騙されたと思って、貴方についていったんだから」


今ではすっかりテニス部に打ち解けている千鶴。
その光景を見ると、俺は少し変な気持ちになる。
俺はその気持ちが何なのか、知っている。
でも、知らない振りをしている。
俺は千鶴の手助けをしているに過ぎない。
千鶴の傷を完全に癒すことはできない。
千鶴の弱みに付け込んで、その気にさせることも……できないことはないが。
流石にそんな最低なやり方をする俺じゃない。
詐欺師もフェアを好むんじゃよ。


「……どうしたの?」
「…え、?」
「食欲がないの?全然食べてないけど」
「いや……なんでもない」
「そう?」


千鶴が少し心配そうに俺の顔を覗き込む。
そうすると、何だか俺の心を見ようとされているみたいで心臓が鳴った。


「……っなんじゃ、そんなに俺の事が気になるんか?」
「別に。いつも得意げな顔してる貴方じゃないから、また何か企んでいるんじゃないかと思っただけよ」
「はは、なんじゃそれ」


俺は笑う。
こうやって顔をくしゃくしゃにして笑えるのは、多分千鶴の前だけだ。
テニス部の連中とでも、ここまで心を許せることはない。
俺は他人とは一線を置かないと落ち着かないんじゃ。
誰にも本心を知られたくない、知らせない。
それが俺≠カゃから。
だから……この気持ちも打ち明けない。
まだその時じゃない。
その時≠ェいつ来るかなんて想像もつかないけれど。
当分……先になるかもしれないと、思った。





千鶴side


「千鶴、部活行くぜよ」
「あ、うん」


放課後になって、仁王に誘われて部活に行く。
部室に行く途中に丸井に出逢った。


「おう、お前らも今行くところか?」
「そうじゃよ。ブン太も行くか?」
「いいのか?んじゃ、遠慮なく」


丸井は人懐っこそうな笑顔になって一緒に歩く。


「でもよかったぜ。千鶴がテニス部に馴染めてよ」
「そうさせてくれるのはテニス部の皆だよ。皆が親切だから、私も気が楽になったの」
「そうか?俺たちは普通にしてただけだぜ?」


その普通が、何より心地よかった。
……変に気を遣われるより、特別扱いされるより、断然。
だから私も自然でいられるようになったのかもしれない。


「ふふ、とにかく私……テニス部のマネになってよかった、って思ってるのよ」


そう言うと、仁王も丸井も笑ってくれた。
それを見て私もまた笑う。
今考えると、今私がここにいるのが不思議に思える。
テニス部から離れるために転校した。
なのに、テニス部員の仁王に見抜かれて、テニス部に近づいた。
初めは嫌で仕方がなかったのに。
今は、そのテニス部にこんなにも癒されてる。
……やっぱり、私はテニスが好きなんだと実感させられる。


「あ、やべっ、真田たち先にいるぜ!」
「また怒られるんかのう?」


案の定、私たちは遅れてきたことについて真田に怒られた。


「全く、秋月も二人を甘やかすな!」
「……少し話に夢中になっちゃっただけなの。そんなに怒らないで」
「そうだぜ。コミュニケーションは大切だろぃ?」
「そんなに怒っとると、また皺が増えるぜよ」


怒られていても、部室には笑顔がある。
それは仁王と丸井のせいだと思うけど。
この輪の中に居られることが、今一番幸せで……。
あのことも、今だけ忘れられることができる。


「はぁー。まさかあれから20分も説教受けるはめになるとは」
「ブン太が言い訳をするからじゃ」
「お前が余計なこと言うからだろ!真田が気にしてることズバッと言っちまいやがってよ」
「……お二人とも、真田くんに聞こえてますよ」


柳生の言う通り、二人の声は真田の耳にも届いていた。
それでも真田が怒鳴ったりしないのは、ここが街中だという理由と、幸村に落ち着くよう言われているからだ。


「にしても、まさか全員で帰ることになるとはな」
「本当ッスよ。幸村部長も良い提案するッスね!」
「ふふ、ありがとう、赤也」
「しかし全員で帰るなんて久しぶりだな」
「……でも、急にどうしたの?」
「千鶴ちゃんとも皆仲良くなったと思うからね。たまにはいいかな、って思ったんだよ」


もう空がオレンジ色になりかかっている時、幸村は綺麗に笑った。


「………そう、ありがとう」
「ふふ、何もお礼を言うことはないよ」


何故かこの人を見ていると、すごく気持ちが落ち着く。
それはこの人独特のオーラからだろうか。
私が幸村と仁王の間を歩いていると、仁王の隣に居た丸井が走り出して、


「なーなー、あそこのケーキ屋、寄ってこうぜ!」
「またッスかー?ブン太先輩あそこ好きッスねー」
「切原は行ったことがあるの?」
「何度か。もうブン太先輩よく食べるもんスから、」
「いーじゃねぇかよ!うまいんだから」
「それは認めるッスけど」
「中学生が買い食いなどたるんどる!」
「お前のそのカチカチの頭の方をたるませた方がいいと思うぜーっと!」


丸井はひょいっと道路と歩道の間にあるブロックに飛び乗る。
そしてバランスを取りながら進んでいく。
よく子供がしている遊びだ。
だけど、
私には遊びには見えない。


「っ丸井!!!今すぐそこから降りて!!」
「えっ―――――――?」





フラッシュバック。
氷帝の皆との、記憶。

「おーい、早く来ないと置いてっちゃうよー?」
「もう、待ってよ直登ー!」
「ったく……直登は元気やなぁ」
「ほんとだぜ。子供じゃねーのに」
「その言葉、お前にだけは言われたくねぇセリフだよな」
「なんだと!?くそくそ宍戸!」


ジローも珍しく起きていて。久しぶりに全員が揃って、一緒に帰ろうって話が出た。
そして景吾が食べ物を奢ってくれるって言って……。
人一倍仲間思いな直登は、それを凄く喜んでて。
一人で先を歩いていた。

「おい、行き過ぎて迷子になるなよー」
「そんな、ジローじゃないんだから」
「俺は迷子にはならないよ!途中で寝ちゃうだけだC」
「それが一番タチ悪いんや」


いつもと変わらない会話。
この後も、どこかファーストフード店に入って、同じように他愛もない話をするんだとばかり思っていた。
直登も同じことを思っていたのか、ブロックの上に乗って早く早くと皆を呼んでいる。

後ろから迫ってくる存在に気付かないで。

「……!?直登!!そこをどけえっ!!」
「!?!?」


景吾が叫んだ頃にはもう遅くて。
車が、
直登の身体を―――――――――





「いやあああああああああっ!!」


目の前を『飛ぶ』人間。
ゴツンッ、という鈍い音。
目の前に広がる赤、赤、赤。
その全てが一瞬にして私の脳裏を過ぎった。


「千鶴っ!!」


近くに居た仁王が崩れ落ちる私の肩を掴む。
ただならぬ状況を感じた丸井も、ブロックから降りて私に近寄ってきた。


「駄目っ………あ、か……赤い……っ赤…………!」


人間って、あんなに血が出てくるものだなんて思わなかった。
本当に怖かった。
怖くて仕方がなかった。
愛しいと思っている人にさえ、
恐怖で近づくことができなかったんだから。


「千鶴!!しっかりするんじゃ!!」
「っ!!!」


今まで聞いたことないくらいの大きな声。
それは仁王の声だった。
いつになく真剣な顔をして、私だけを見つめて。
私の心を救ってくれた人。
私の心に気付いてくれた人。


「あっ……う、あぁ………っ」


私は泣くしかなかった。
周りの目なんか構ってられない。
ただ、自分が安心できるために。
どうしようもできず、泣き崩れるだけだった。
他のメンバーも私に何も聞かなかった。
それはとても不思議なことだと後で気付いた。
でも今は、そのことにとても感謝していた。





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