次の日、仁王は朝の練習を休んで教室に行った。
すると予想通り、教室に入った途端、ある一点に人だかりが。
その横を通り過ぎる時に見てみると、やっぱり真ん中には秋月が。


「千鶴ちゃん、今日のテストどの辺が出るか分かる〜?」
「ああ、それだったら多分、ここの応用が……」
「へー、やっぱり秋月さんって頭良いんだね!」
「きっと前の学校でもトップクラスだったんじゃない?」
「そ、そんなことないよ……私より凄い人なんか、たくさんいたし……」


そんな会話が聞こえてくる。
俺は机に伏せて会話を聞いていた。


「こらーもう時間だぞ。席に着けー」


担任の声が聞こえ、俺は顔を上げた。


「うわ、担任だ。じゃあ、またあとでね、」
「あ、うん」


その時、俺はふと秋月の顔を見てみた。
何故かとかいう理由なんてなく、ただなんとなく。
そうしたら、見てしまった。


「………」


彼女が悲しそうに俯いて、その後切なそうに前を向いたのを。
俺の席は秋月の席の斜め後ろだから横顔しか見えなかったが。
それでもあの表情は印象深い。
さっきまで女子に囲まれて、笑っていたのに。
誰が考えても、その後に悲しむ理由なんて見当たらない。
嫌いな奴が居たのなら別かもしれないが。
秋月は転校してきたばかりだし、居ないだろう。

それから午前の授業は秋月の顔ばかり見ていた。
休み時間になると周りに人が集まる人気者。
人が多いから席からじゃ表情はよく見えなかったけど、やっぱり笑っている。


「(まぁ、それが心からかは分からんがのう……)」


疑問は残ったまま、見ているだけじゃ解決できない。
俺は昼休みのチャイムが鳴ると同時に、席を立ち屋上に向かった。
今日は特別用事があったからだ。


「早いな、仁王」
「おお、丸井か」
「俺も居るッスよー」


屋上に行くと、見慣れた二人が座っていた。


「しかし珍しいッスねー。テニス部で昼食なんて」
「まー、特別一緒に食う奴なんていねぇからいいけどよ」
「丸井は一人身やからな」
「ッスねー」
「って、お前らもそうだろーが」


と、他愛もない会話をしながら他のメンバーを待った。
すると5分と待たないうちに揃って屋上に上がってきた。


「やあ皆、早いね」
「それを部活にも生かしてほしいものだ」
「あ、あはは……」


切原が苦笑いする。
相変わらず、真田には弱いのう。


「で、何か話でもあるのか?」
「いや、何もないよ」


丸井が聞いてみたが、呼び出した本人の幸村はあっさりと答えた。
それについて、さっきまで企みを探っていた丸井と赤也が拍子抜けする。


「えー、何もないんスか?幸村部長なのに」
「俺なのに、って、どういう意味?」
「あ、いや…それは……丸井先輩が、」
「(バカ也……!)」


丸井が赤也に凄まじい視線を送っている。
悪い事は隠せんのう。


「……おい、何かあったのか?」
「いや、何も」


ジャッカルに聞かれたが、そう答えた。
あの悪ガキ二人が揃ったら、一番心配するのはジャッカルだからな。


「まぁ、いいでしょう。お昼を食べる時間がなくなってしまいますよ」
「そうだな。このままだと、8分はこの調子だ」
「うむ。では、早速食べよう。冷めてしまっては美味しさが半減してしまう」
「(つーか、このメンバーで食べてもあんまり美味くないッスよ……)」


赤也が何か言いたそうにしていたが、それには触れないでおこう。
そしてそれぞれ弁当や購買で買った物を広げて食べる。
その時も、少し秋月のことが気になったが、今は深く考えないようにした。





「仁王くん、もう授業が始まりますよ」
「知っとる」
「……またサボる気ですか」
「最近お疲れ気味なんじゃよー」
「何言ってんだが。部活もそう来ねーくせに」


あの後、移動授業の幸村や真田、赤也たちはすぐ屋上から降りて行った。
今屋上に居るのは柳生と丸井と俺。


「それと、今日の放課後の部活も行けんって、幸村に言っといてくれ」
「放課後までサボるのかよー」
「貴方が来ないと、私が困るんですが」


丸井と柳生は呆れきっている。
だが、俺は気にせず、


「今は忙しいんじゃよ。それに、約束もあるしな」
「……約束、ですか」
「誰とだよ」
「秘密じゃよ」
「んだよ、もったいぶって」


丸井は不満らしいが、柳生は溜息をついて、どこか納得した様子だった。


「約束ならば、仕方ありませんね」
「え?」
「丸井くん、早くしないと私たちまで遅れてしまいます。行きますよ」
「お、おい柳生……」


柳生は眼鏡をかけ直しながら背を向け、歩き出した。


「おい仁王、お前、また柳生の弱みでも握ったのか?」
「丸井くん!行きますよ!」
「お、おう……」


丸井は柳生の気迫に押されて素直に従った。
少し俺を睨み気味だったけどな。


「しょうがないじゃろ……」


気になってしょうがない。
あの、彼女の表情に。
それに、
俺の予想が正しければ、今日も……。
放課後のチャイムが鳴り、空の日も傾き始めた頃。
彼女がやってきた。


「やっぱり来たか」
「………」


フェンスにもたれながら彼女を迎える。
その表情は無に近い。
俺にしか見せない顔……そう思うと、何だか気分がいい。


「今日、午後から教室に居なかったけど」
「ああ……丁度昼寝したい気分だったからな」
「………」


秋月は、黙ってフェンスを背に座りこんだ。
俺とは少し距離をおいて。


「で、ここに来たってことは、何かあったんじゃなか?」
「……別に、何もないわよ」


目を閉じて、俺から顔を背けた。


「ただ……疲れただけよ」


か細く、そう呟きながら。


「へぇ。それは、周りの奴らのせいなんか?」


あいつらが色々聞いたり話したりするから、ずっと気を遣って、疲れるってこともあるからな。
そう言うと、秋月は首を振った。


「違う。皆は良い人よ……。ただ……」
「ただ?」
「本当に、疲れただけ……」


秋月は悲しそうに笑った。


「……そういえば、お前さん、周囲に人が居なくなった時、悲しそうな顔したよな」
「え……」
「俺、偶然見たんじゃ。朝、担任が来た後な」
「………」
「やっぱ、何かあるんじゃろ?」


そう聞きだすと、秋月は両腕で自分を抱くようにして、震えだした。
見るからして、普通じゃない。


「……辛いんなら、泣けばいいじゃろ」
「だめ……私は、泣いちゃいけないから……」
「……泣いたらだめ?誰かに言われたんか?」
「………違うけど」
「なら、泣けばいい。そう強がっても、楽にはならんぜよ」


そう言ってみても、秋月は強く腕を抱くだけ。
心を許す気配もなければ、力を抜く様子もない。


「私が泣いたら……全て、壊れてしまう……」
「壊れる?」
「……泣いたら……皆が……」
「皆が……?」


秋月はそれで黙った。
俺も、それ以上何も言えなかった。
『泣け』と言っても彼女は首を振る。


「私は……強くないといけないから……」


だから、例え辛くても涙は見せない、か。
どんなことがあっても、笑顔は絶やさない。
それが、彼女の強がりだと、分かっても。
事情も何も知らない俺はどうすることもできない。
彼女の決心を壊すこともできなければ、他人事だと考えることも躊躇われる。

俺は「部外者」だから
何もできないんだと、知った。





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