次の日、俺は何だか広く見える世界……と言っても、校内だが。
そこをとぼとぼと歩いていた。
何故そう見えたのかといえば、


「宍戸、どうしたん」
「……え?」
「千鶴ちゃんは〜?」


いつも朝一緒に登校してくるはずの千鶴が、隣に居ないからだ。
そのことを不思議に思ったのか、教室に入って早々忍足とジローが声をかけてきた。
普通なら、教室の入り口で千鶴が「じゃあ後でねっ」と手を振る光景があるものの、それが見られなかったからだろう。


「ああ、なんか知らねえけど、先に行っててくれだってよ」
「A〜?休みとかじゃないんだ」


ジローが驚いたように言う。
それもそうだよな、俺が一人で登校してくるのは千鶴の体調が悪くて学校に来られない時ばかりだった。
どちらかが学校に来られない状態でもない限り、家も近い俺たちは一緒に来るのが普通なんだ。


「喧嘩したとか、そんなんやないん?」
「いや、別に。昨日はいつも通りだったけど」


忍足が心配そうに聞いてくるが、俺にも生憎こうなっている理由が分からない。
メールでも「先に行ってて」としか書いてなかったし……。
どうしたのかと心配のメールを送っても返事が来ない。
体調が悪いのか寝坊でもしたのか……全く分からない。


「……ま、学校には来てるみてえだし、放課後にでも聞くぜ」


そう言いながらも、俺はどこか心に引っかかるものを抱えていた。
いつもはこんなこと感じないのに……。
千鶴を好きだと自覚して、初めて一人で登校したからか?
こんなにも世界が広いと思ってしまうのは。
いつも傍にいる千鶴が隣にいないだけで、こんなにも落ち着かない。
寂しいって、思ってんのか?


「…………」


俺は考えすぎないように頭を振る。
どうせあいつのことだ、何か気まぐれなんだろう。
俺はついこの前、千鶴と喧嘩になってしまった原因を思い出す。
幼馴染でいつも一緒にいるからって、互いに詮索しすぎるのもよくない。
千鶴が俺を先に行かせたことも、理由を教えてくれないことも。
きっと何か考えっつーか……事情があったりするんだ。
メールも返してくれないことを、わざわざ聞きに行く必要もない。
迷惑をかけちまうだけだ。
どうせ放課後になればいつも通り……チャイムと同時に教室に乗りこんでくる。
数日前と何も変わらない笑顔をひっさげて。
そう俺は信じて、放課後になるまで千鶴に会いに行こうとは思わなかった。


「…………」


長いとも短いとも言えない、帰りのHRの時間が終わる。
それと同時にチャイムが鳴る。
俺はほぼ反射的に教室の出入り口に視線を送るが、それらの扉から目当ての人物が出てくることはなかった。
探しても、待ってもいない、千鶴の姿。


「……宍戸、やっぱ自分、何か千鶴ちゃん怒らすようなこと言うたんちゃう?」


忍足が今朝と同じ心配そうな顔で言う。
千鶴がチャイムと同時に乗りこんでくるのは3年に上がってからずっとだった。
そうしない日は、何かHR中に特別なことをしているか、昨日のように喧嘩した後とか何か理由がある日ばかり。
だが今日は……今朝から思っていたが、何もないはず……なのに。


「そう、かな……」


流石にここまでくると、心当たりが何もないのに不安になってくる。
そんな様子に気付いたのか、ジローがひょっこりと顔を出して、


「とりあえず、千鶴ちゃんの方に行った方がいいよ」


明るい表情と口調で言ってきた。
俺が不安に思わないように、励ますように。


「ジロー……」
「きっと理由があるはずだしさっ。宍戸がそんな暗い顔してると、逆に千鶴ちゃんが心配しちゃうよ」
「……そうだよな。わかった、行ってくる」


俺はジローと忍足にそう告げ、教室を飛び出した。
普通じゃない状況があるということは、千鶴も何か普通じゃない何かを抱えているからだ。
それが悩みか気まぐれかは分からないが。
とにかく、こういう時は力になってやりたい。
幼馴染としてではなく……好きな奴のために。
そうして千鶴の教室の前までくると、


「………!」


千鶴は誰かと話をするわけでもなく、一人でぼうっと突っ立っていた。
少しばかり、俺の中にあった……先生や友達と話しこんでて来れなかったという希望が砕かれた。
だって、そうでもないってことは……千鶴はわざと、教室に来なかったっつーことだろ?


「千鶴!」


どうしてだよ。3年に上がって、目立つからやめろって俺が言っても聞かなかったのに。
どうして今日は教室に乗りこんでこないどころか、そんな悲しそうな表情で突っ立ってんだよ。
俺は気になって居ても経ってもいられなくなり、名前を呼びながら教室に入る。


「っ……亮」


千鶴は驚いた様子で目を見開き、俺を見た。
いつもなら俺から会いに行くと嬉しそうにするのに、今見せた千鶴の表情は切なげだった。


「どうしたんだよ……帰らねえのか?」
「………」


心配そうに聞くも、千鶴は目線を逸らしたまま何も言わなかった。
答えられない、というよりは意図して答えないという様子の千鶴に、俺はカッとなって「おい!」と怒鳴る。
すると千鶴は少しだけびくりと肩を震わせて、目線をずっと下に向けた。


「……幼馴染だからって、毎日一緒に帰る必要はないんだよ」


そして小さく弱い声で、そう呟いた。
俺は予想もしていなかった言葉に、眉を寄せる。


「おい、それってどういう……」


更に問い詰めようとした時、俺の肩を誰かが叩いた。
はっと振り向くと、そこには厳しい顔つきの跡部が立っていた。


「お前ら、こんなところで痴話喧嘩すんなって言っただろ」


そう言う跡部の言葉に、俺は気付いたように教室内を見回す。
俺たちの様子が気になっているのか、ほとんどの連中がこっちを見ていた。
……しまった、昨日と同じことを繰り返してしまった。


「……千鶴、こっちこい」
「あ、ちょっ……亮、」


また跡部に「他でやれ」と怒られる前に、千鶴の手を引く。
突然のことに千鶴は驚いたようだが、振り払おうとはせずについてきた。
ああ、後ろで跡部が溜息をついている様子が目に見えるようだ。
だが形振り構っていられないのも事実。
俺はもう、少し前の俺とは違う。自分の気持ちに気付いてしまったんだから。


「ちょっと……っ亮、もう離してっ」


なるべく人気のない場所に行こうと思っていたが、屋上に行く途中の階段の踊り場で千鶴がそう言って立ち止まった。
手を振り払われてしまったため、俺は仕方なく止まり千鶴を見る。


「だめだよ……こんなの」


向き合う形になると、千鶴は控えめに呟いた。
俺は何の事だか分からずに、首を傾げる。


「もう、やめよ?そりゃあ私も、幼馴染だからって亮にひっついてばっかだったけど……」


千鶴が何を言いたいのかよく分からなかった。
だが、途中で口を挟むのも悪いと思い、黙って続きを待つ。


「亮も……嫌ならそう言ってくれていいんだよ。私、ちゃんと聞くから」


悲しげに言う千鶴を見て、俺は疑問を持つというよりは、苛々を感じた。
何で急に俺を避けるような行動をしたのか、その一片が見えた気がした。
俺が千鶴を嫌がっていると、何故かは知らないが勝手に思っているらしい。


「あのな……どうして俺がお前を嫌がるんだよ」
「だ、だって……亮、好きな人ができたって……」


呆れながら聞いてみると、千鶴はぼそぼそとそう呟いた。
ここでようやく、千鶴の異変の原因に気がついた。
つまり、昨日俺が好きな奴ができたとか言ったせいで、幼馴染である自分が邪魔なんじゃないかって思ったわけだな。


「……お前は馬鹿か」
「えっ……?」
「俺に好きな奴ができてもできなくても、お前は大切な幼馴染に変わりねえだろ」


ぽんぽんと千鶴の頭を撫でる。
だがそうしても、千鶴の表情から暗さが抜けることはなかった。
俺はどうしたらいつも通りに戻れるかを模索した。
すると、ふと昔のことを思い出した。


「……ほら、昔約束しただろ」
「っ……!」


言うと、千鶴がはっとしたように目線を上げ、俺を見つめた。
俺は続けて言う。


「俺とお前は、何があっても大切な幼馴染だって」


あの時は無邪気だったな。
この先に何が待ち受けているわけでもないのに、お前が大切だ、ずっと一緒にいる、とか言って。
覚えてるか?と千鶴の顔を覗き込むと、まだ落ち込んだ様子のままだった。


「……馬鹿なのは、亮だよ」
「え?」


そしてどこか不機嫌そうに、苦しそうに呟いた。
てっきり、この言葉を言えば思い出して笑ってくれると思ってた。
だが目の前の千鶴は、全く逆の表情をしている。


「そんなことばかり覚えてて、肝心なことは忘れてるんだから」


呟く千鶴を、俺は黙ったままじっと見つめることしかできなかった。


「好きって、どういうことなんだろう?」
「………?」
「幸せってことなのかな」


俺が何も反応を示さないからか、千鶴は何かを言い出した。
突拍子もない言葉に、俺は目を見開く。
だが、どことなく聞き覚えのある内容だった。
そして、少し軽い口調でその言葉を言った千鶴の顔は、何故か、泣きそうに笑っていた。


「―――――っ!!」


あ、ああ……思い出した。
そうだ……俺は昔、千鶴と約束≠した。
さっきの、大切な幼馴染だっていう約束≠カゃない。
もっと別の、大事なもの……。

「すきって、どういうことなんだろう?」
「しあわせってことなのかな」
「じゃあ、ずっとずっとわらっていようよ!」
「どうして?」
「だって、わらっていたらしあわせじゃない」
「そうだな。おれも、千鶴がわらってたらしあわせだ!きっと、これがすきってことなんだろうな!」
「うん!わたしも、亮がすき!」
「あ、だめだぞ!すきっつーのは、おとこから言うもんなんだからな」
「え……そうなの?」
「だから、お前から言ったらだめだ」
「わかった!」
「いつか、おれが大きくなったらセイシキに言うから、まってろよ。やくそく≠セからな!」
「うん!やくそく≠ヒ!」


まだまだ、初等部に上がる前のずっと小さい頃。
どこかで聞いた好き≠フ言葉の意味を二人で考えたが、小さい俺達にはまだ難しかった。
でも、俺たちは気付いてた。二人とも、お互いを好きだと言うことを。
そして約束≠オた。
大きくなって好きの気持ちが本当に理解できるようになったら、俺から告白をするんだと。
……小さい頃の俺、なんつう無邪気な……。


「っ……思い、出した」


冷や汗が流れるのを感じながら、無意識のうちに呟く。
すると、千鶴は若干悲しそうな顔をしながらも、俺をじっと見つめた。


「亮は、ひどいね。自分から約束しておいて、忘れて、私の動きを止めていたんだから」
「うっ……わ、悪い!マジでごめん!」


頭を下げて千鶴に謝る。
やべえ……本当に忘れてた。千鶴はずっと覚えてたのに、情けねえ。


「私はちゃんと覚えてたよ。それで、待ってた。ずっとずっと、亮が約束≠思い出してくれるのを待ってた」


頭を下げたままでいると、千鶴は俺に背中を向けて呟き始めた。
俺はふと頭を上げ、千鶴の後ろ姿を見つめる。


「私の気持ちはあの頃から何も変わってない。だから、亮の傍にいたんだよ。亮が約束≠忘れてることは何年も前から気付いてた。でも……きっといつか、亮が言ってくれると信じて」
「千鶴……」
「だけど、私は怖かったの。亮が、別の誰かを好きになることが。だからクラスが離れた時、すごくすごく焦った。私の知らないうちに、誰かを好きになるんじゃないかって怖くて、最低限、亮に会う時間を作った」


その千鶴の呟きで、とあることに気付いた。
朝、ギリギリまで俺の教室にいる千鶴。
そして放課後は、チャイムと同時に俺の教室に入り込んでくる千鶴。
もしかしてそれは、少しでも長く俺の傍に居て、別の誰かを好きにならないようにしていたとしたら。


「それも無駄だった。亮はやっぱり私の知らないうちに好きな人を作って、友達に相談して……。私はどうしても、幼馴染だから……っ」


千鶴は千鶴で、幼馴染の壁の厚さを感じていたんだな。
いくら約束≠オたとはいえ、小さい頃のことだし、あの時の好きは幼馴染としての好きだった可能性もある。
俺も忘れちまってたし……千鶴は一体いつから、このことを一人で抱えていたんだろうか。


「っ千鶴……」


俺は呟きながら、後ろから千鶴に抱きついた。
そして分かった。千鶴の肩が震えていて、泣いているということに。
ずっとずっと、一人で我慢してたんだな。


「千鶴、約束*Yれててごめん……」
「あ、あやまら、ないでよ……」


ひっくひっくとしゃくりあげながら、千鶴は言う。
俺は抱き締めながら、千鶴の頭を撫でた。
たった一人でも、約束≠ずっと守ってくれていた小さな身体を感じながら。
俺の心はあたたかさと切なさでいっぱいになった。


「昨日言った……俺の好きな奴ってのは、お前なんだよ……」
「っえ……?」
「ごめんな、変な言い方になって……。でも俺も、その……恥ずかし、かったんだよ」


ああ、俺今絶対に変な顔してる。情けねえ顔してる。
千鶴が背中を向けてくれていて良かった。


「うそ……」
「嘘じゃねえよ。本当だ。つっても、気付いたのは最近なんだけどよ」
「……馬鹿」


言うと、千鶴は震える手を顔までもっていき、多く流れる涙を拭った。


「馬鹿ぁ……」
「悪い。許してくれよ」
「っい、いやよ……許さない。まだ、亮の口から聞いてない。約束℃轤チてもらってない……」


何度も何度もしゃくり上げながら懸命に、千鶴はそう伝えてきた。
その小さく震える身体を俺は少しだけ強く抱き締め、耳元で伝える決心をつけた。


「千鶴、好きだ。幼馴染としてじゃねえ。一人の女として、お前が好きなんだ」


そう確かに伝えると、千鶴が俺にも聞こえるくらい大きな声で泣いた。
口元を手で抑え、我慢しようとしている。


「遅いよぉ……わ、私、もう諦めようと思ってたのにぃ……」
「わ、悪いって……」
「何よ、最近気付いたって……ずっと好きだった私が、馬鹿みたいじゃん……」


……う、それを言われると俺もきついところがある。
すげえ罪悪感みたいなもんが込み上げてくる。


「ずっとずっと言いたかった……亮に、大好きだって……っ」


今までの苦しみ全部を吐き出すように、千鶴は泣きながら言った。
……そうだよな、千鶴は、それすら言うことができなかったんだよな。
小さい俺が、そう約束≠オたせいで。
ああ……何で俺は、こうも大事なことを忘れてたんだよ。
本当、今までの俺を責めたくなってくる。


「亮の、馬鹿…馬鹿ぁ……大好き、なんだからっ……」
「ああ。ありがとう……ごめんな」


ようやく、これで。
あの日の約束≠守れたことになるのかな。
長かったな……約束≠オてから、果たすまで。


「好きだ、千鶴。この気持ちだけは、もう絶対に忘れねえから」
「っうう……」


少しだけ腕の力を強くすると、千鶴もその腕にそっと手を添えた。
そして俺の方に顔を向け、泣き顔のままだが、嬉しそうに笑った。
その幸せそうな表情を見て、俺は今更ながら。
あの時の「相手が笑ってくれるだけで、幸せだよ」という千鶴の言葉は。
遠回しに「好き」と伝えていたことに気付いた。
確かに、こうして千鶴の笑顔を見るだけで、俺も好きだって心から感じられる。





「「「付き合うことになった!?」」」


あれから部室に移動すると、既に正レギュラーは待機済みだった。
どうやら、跡部や忍足たちが心配して練習を遅らせてくれていたらしい。
そうまでしてもらってたら隠すのが悪いと千鶴が気を遣い、正直に打ち明けたところこうだ。
……だから俺は、もう少し落ち着いてからの方が良いって言ったのに。


「ま、まままマジかよそれ!」
「マジだよ。いちいちうるせーよ岳人」
「だってよお!ついこないだまで、俺たちにどうしたらいいか相談してただろうが!」
「わあああ!おまっ、それを言うなっつの!!」


驚きでとんでもないことをカミングアウトする岳人の口を塞ぐ。
秘密だっつったのに、こいつは!


「……相談?」


首を傾げる千鶴を見て、俺は聞き逃したという淡い期待を持つことを諦めた。
そしてバレてしまったら仕方ない、といった様子で面白そうに忍足が身を乗り出す。


「そーなんや。宍戸ったらな、千鶴ちゃんのこと好きやっちゅーことに気付いてからと言うもの、嫌がる俺らを縛り上げて相談をな……」
「俺はそんなことしてねえ。話を誇張すんな!」
「相談したっていうのは本当なの?」


真っ直ぐ俺を見て聞いてくる千鶴に、俺は言葉を詰まらせる。
……やべえ、両想いになったからか、千鶴の顔を見るのが少し恥ずかしい。
だが、隠したままにはしたくないため、正直に頷く。


「俺たちにも相談してくれたらよかったのに」
「……いや、気付いたの最近だしな」


長太郎が少しばかり残念そうに呟く。
その隣で「俺も入れるな」と言わんばかりに若が気だるそうな表情をしていた。
ったく、恋愛事を後輩に相談できるかっつの。


「ほら、千鶴ちゃん覚えてる?ピーマン事件」
「おいジロー。変な名前付けんなよ」


その間にも、ジローが千鶴にそう聞いた。
どうやら覚えているらしく、千鶴はぽんっと手を叩いた。


「あれ、やっぱりピーマンじゃなかったんだ」
「うんうん。でもね、宍戸を怒らないであげて〜?あの時宍戸の相談に乗ってたら、ちょうど千鶴ちゃんが来ちゃったから」
「ああもうっ、詳しく言うなバカジロー!」


えへへ、と全く悪気のない様子のジローに脱力感を覚える。
そうだったなこいつはこういう奴だったな。


「ふん、やっぱりそういうことだったのか。ピーマン事件、俺様にはお見通しだったぜ」
「……なんだよ跡部、偉そうに」


突然インサイトポーズを取り、得意気に言う跡部を俺はジト目で見る。
すると今度は、千鶴が慌てる番になった。


「ちょっ跡部、あまり余計なことは……」
「いや千鶴もな、あまりに不自然なお前の態度に不安で不安で俺様に相談なんぞしやがっ」
「ちょっとおおお!言った傍からっ」


口を塞ごうにも、跡部の口元になかなか手の届かない千鶴。
ぴょんぴょんと虚しい努力を続ける千鶴を、若干可愛く思いながらも、俺はようやくモヤモヤがすっきりした。
そうか、だからあの時千鶴は不安そうな表情で跡部と話してたんだな。
お互いがお互いのことについて相談してたから、本人に言えなかったんだな。


「……ったく、俺ら本当に幼馴染だな」
「えっ……」
「同じことで相談して、誤解して、相手の為に納得した振りしてた」


俺はどこかでまだ気になっていたところがあったから。
俺には内緒で、跡部には話せる相談事とやらが。
それがすっきりして、今はこうして笑い話にできるようになった。


「最初から言ってれば、喧嘩せずに済んだのにな」
「……ほんとだよ。亮が約束♀oえてくれてたら、こんなことにはならなかったね」
「うっ……まだ言うか」
「亮の好きの気持ちが、私の好きの気持ちを上回ったら言うのやめてあげる」


意地悪を言うように千鶴は呟く。
だが、それも俺にとっては痛い言葉だ。
俺と千鶴の気持ちには、十何年という差がある。
今は本気で千鶴のことを好きでも、その想いの長さ……時間を埋めることはできない。


「なーんて、冗談だってば。そんな顔しないでよ」


つんつんと頬を人差し指で突かれる。
いつもの千鶴の様子を見て、少しだけほっとした。


「……なんやなんや、二人だけの世界作ってもうて」
「約束≠チてなんなんだよー」
「ふふ、教えなーい。二人だけの秘密の約束≠セもん」
「ったく、こういう時ばっかりは調子の良いこと言いやがって」


忍足と岳人が聞くも、千鶴は答える気は全くないらしい。
となると、俺が話すわけにもいかないから秘密にしておくとしよう。
二人だけの秘密ってのも、悪くない。
……ってのもあるが、正直なところあの約束≠フ内容を知られるのは恥ずかしい。


「そろそろ練習始めませんか」
「ん、そうだな。じゃあ宍戸は着替えてろ。俺たちは先にコートに行ってる」
「ああ、わかった」


若の我慢が限界まできたようだ。
練習第一の若がここまで俺たちに付き合ってくれたことが少し珍しい。
そして跡部が先導して部室から出て行く。
最後に、千鶴が部室を出て行こうとした時、


「亮、私これからも応援続けるからね」
「おう。ありがとな」
「今日からは幼馴染としてじゃなくて、その……恋人としてだからっ」


恋人。まだその響きは慣れないところがあって、気恥ずかしい。
それは千鶴も同じなのか、自分で言っておきながら少し赤くなってる。
そして言い逃げするように扉を閉め、たたたっと走り去る足音が聞こえた。


「……ったく、んなの反則だろ」


可愛いこと言っておいて、逃げんなよ。
千鶴のバーカ。……好きだ。

俺の大切な、幼馴染兼恋人。





End.

ようやく書き終えましたごめんなさい!!
4周年記念だというのに……もうすでに5周年突入済みとか><
本当に本当にすみません申し訳ございませんんんん……。
そしてこんなにも遅れてしまったにも関わらず、ここまで読んでくださった貴方様に感謝感激です。本当にありがとうございます。
宍戸さんの幼馴染の恋ということで、ありがちですがなかなか難しかったです。
鈍感な宍戸さんばかり書いている気がします。短編でも長編でもいつでもどこでも。
でもそんな宍戸さんが好きだああああああ!鈍感で男前なんて素敵じゃないか!日本男児!
と気合いで乗り切った作品ですね、これは。前回の丸井くんの物語とは全く違う内容でしたが、書いていてとても楽しかったです^^
幼馴染っていう微妙な距離感って素晴らしいですよね……。
私に幼馴染と呼べる人物はいないので、だから魅力的に感じるのでしょうか?
まぁそんな私的なことはいいとして、やっぱり宍戸さんみたいな幼馴染はいいですよね。
「幼馴染にしたいキャラ」というアンケートで宍戸さんが見事1位に輝いたのですが、その理由はもう一目瞭然というか激しく同意というか。
私もそういうアンケートがあったら、真っ先に宍戸さんを想い浮かべると思います^^
さて、大分記念日は過ぎてしまいましたが、4周年本当にありがとうございます!
今年は素敵な5周年となるよう、これからも努力していきます!
ですので、これからも「密色ロジック」をよろしくお願いいたします!
あとがきまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!
20130121.