「………今、何て言った?」
「もう一回言ってほしいC〜…」
「あかん、俺そろそろ幻聴が聞こえ始めたかもしれん」
「……。だから、」


俺は頭を押さえる岳人、ジロー、忍足をもう一度交互に見て、


「俺、千鶴のことが好きかもしんねえ」
「「「今更!?」」」


真剣にそう言った。
すると3人とも驚いた様子で同時に声を荒げた。


「今更ってなんだよ」
「いや……さすがに…今までのはほんまに誤魔化してたんやと…」
「まさか本当に、気付いていなかったなんて思わなかったC〜」
「お前がそこまで鈍感っつーか、千鶴のこと考えてなかたっとは思わなかったぜ…」


昼休み、同じクラスの忍足とジローに岳人を加えたいつものメンバーでの飯を過ごす時。
人が必死に考えて悩んだ末に相談した内容だというのに。
返って来た言葉はどれも心外のものばかり。


「どういう意味だよ」
「いくら幼馴染だからって、本当に意識してなかったのに驚いてるんだよ」
「は?だから今までずっとそう言って…」
「まぁまぁええやん、この際細かいことは。宍戸もようやく自覚したんやし」
「ようやくって…」


フォローを出したつもりの忍足の言葉も少し腑に落ちないが…。
まあいいか。口を挟むのも疲れてきた。


「そうだよな…宍戸も千鶴を女として見るようになったんだな」
「女として…そう言うとなんか違うような気もするけどな」
「A〜違うの?」
「どっちかっつーと…守りたくなるっていうか、守ってやらないといけないような…」
「ほー。つまり、千鶴ちゃんが愛しく思えてきたってわけやな」
「…気色悪い言い方すんなよ」
「でも事実やろ?」


だから、お前の言葉はどうにも妙に聞こえるんだって。
ここで頷いたりでもしたらからかい倒されるに決まってる。
つーか、好きだって思うのも違和感に思うくらいなのに、愛しいって…。


「違えよ。今でも千鶴は俺にとって大切な幼馴染なんだよ」
「うんうん、それは俺たちも見てて分かってたよ」
「……で、それが好きに代わったってだけで…」
「何が好きになったって?」
「だから………って、千鶴!?!?」


急に背後から声がしたと思ったらその正体は千鶴だった。
俺は全身から汗がぶわわっと拭きでそうになるくらいの動揺を感じた。
何でこいつは急に出てくるんだよ!
心臓止まるかと思ったじゃねえか。


「おお、千鶴。ちょうどいい時に!」
「何話してたの?」
「なっなんにも話してねえよ馬鹿っ!声かける時は事前に声かけろ!」
「……亮、何言ってるのか分かんないんだけど」


自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
それくらい、千鶴の登場は予測不能の事態だった。
何もお前のこと話している時に登場しなくてもいいのに…。


「それで、ちょうどいいってどういうこと?岳人」
「あー、それはな……」
「岳人、そういや前榊監督の授業、仮病使って逃げたよな」
「なんでもねえよ。千鶴は気にするな!」


よし、口封じ完了。
岳人とは3年に上がるまで同じクラスだったから千鶴とも他のテニス部メンバーよりは仲が良いからな…。
ぽろっとこのことを滑らすかもしれない。


「えー。私だけ除け者なの?」
「男同士の話だ。お前は気にするな」
「むう…。そんなこと言うと、せっかく作って来たクッキーあげないよ」
「クッキー?」
「うん。一応……昨日のお礼にと思って…」
「クッキー欲しい!」


そこで気付いたが、千鶴の手には可愛らしい袋が握られていた。
いち早く反応したジローが千鶴からクッキーを受け取る。
つか、昨日のお礼ってことは俺のだろ。
なんでジローが先に取ってんだよ。


「へー。美味そうだな!」
「俺らも食べていいん?」
「もちろん!いっぱい食べて!」


指摘する前にこいつらも食べ始めるし……。
なんか、苛々するな。
こうなるとついつい、憎まれ口を叩いてしまう。


「…つか、味は大丈夫なのかよ。お前料理得意じゃねえだろ」
「お母さんと作ったから心配いりませんー。心配しなくても、亮にはついでだからいいでしょっ」


……こいつさっき昨日のお礼って言ってたよな?


「「「………」」」
「………?」


ちらっと3人を見るとクッキーを食べながら何か言いたげに俺を見てきた。
なんだよ、元はと言えばお前たちも原因で……。


「で、さっきの話の続き!何話してたの?」
「そこに戻るのかよ」
「確か、好きになったって言ってたよね」


しかも一番核心的な部分聞いてるし。
なんなんだよこいつは。


「この際言っておいた方がええやろ…」
「なっ」
「え?なになに?」
「実はな、宍戸の奴…」


興味津津の様子の千鶴に、にやにや顔で何かを言おうとしている忍足。
こいつ…!完全に俺をからかってやがる。
眼鏡叩き割るぞこの野郎。


「嫌いなピーマンがな、好きになったって自慢してきよったんや」
「………え?それだけ?」
「ああ。子供みたいやろ」


予想外の言葉に忍足を睨むと、相変わらずむかつく顔してた。
どのみちあの眼鏡を割りたくなってくるのは忍足の才能だな。


「もう、それならさっさと教えてくれたらよかったのに」
「……べ、別に俺がピーマン好きになろうがお前に関係ねえだろ」
「…………。確かに、関係ないかもしれないけど…」


ん?今、なんか千鶴の表情が曇ったような……。
何か俺変なこと言ったっけ?
ちらっと他の3人の表情を見ると「あちゃー」とでも言いたげな顔になってた。
何なんだ?


「……じゃあ、関係ない部外者の私はもういくね!男同士のピーマンの話、どうぞ続けてたら?」
「あ、おい千鶴、そこまで言ってね……」


呼び止める間もなく、千鶴はすたすたと立ち去って行った。
……よく分かんねえところで怒るな、あいつ。


「俺もからかい過ぎかもしれんけど、今のは言い過ぎやろ」
「あ?」
「千鶴ちゃん可哀想だC〜」
「好きになっても、千鶴の気持ちは分かんないんだな」
「………分かってたらお前たちに相談なんかしねえよ」


あいつの気持ちが分かんないから、俺もどうしたいいのか分かんねえんだよ。
俺は、確かに千鶴のことが好きだということに気付いた。
だが、ここからどうしたらいいのかまでは思いつかない。
今の何でも言い合える幼馴染の関係も落ち着くし、好きだ。
だから千鶴にもし好きだと伝えた時……この関係がどうなるのか分からない。
むしろ怖くも感じる。変わらないのか。崩れるのか。


「……そう難しい顔しない方がいいよ」
「そうだぜ。一気に気持ちを伝えようとするからこんがらがるんだよ」
「…というと?」
「やから、少しずつや。少ーしずつ千鶴にアピールしてったらどうや?」
「……アピール?」


忍足の言葉を繰り返す。
思えば俺は今まで誰かを好きになったことなんてねえし…アピールらしいアピールが思いつかなかった。


「詳しく言うと、相手が好きだからできることをやるんだよ」
「好きだからできること…」
「うんうん。そうしたら、千鶴ちゃんも気付いてくれるんじゃないかな」
「そうだよな……あいつも人並み以上に馬鹿だけど、そうしたら気付くかもな」


少しでも俺の気持ちに気付いてくれたら…その反応で大体のことが分かる気もする。
嫌われていたら拒否されるし、嫌われていなければ……受け入れてくれる。
なるほど、忍足の言葉より圧倒的に信用できるな、ジローの言葉は。


「………宍戸に馬鹿って言われたら終わりだな」
「何か言ったか?」
「何も言ってねえよ。とりあえず、俺たちは応援してるからよ」


岳人はそう言ってにかっと笑った。
よし、この3人に正直に言って、少し気が晴れたな。
一人でうじうじ悩んでるよりはずっといい。
こうと決まれば、早速試してみるか。
少しずつ……千鶴に、好き≠フアピールを。





そして放課後のチャイムが鳴る。
いつものように千鶴が来ると思ったら……今日は来ない。
不思議だ。いつも…チャイムと同時にクラスに乗り込んでくるのに。


「やっぱり昼のことで怒ってるんじゃない?」
「マジか……」


ジローの言葉に、俺は眉を寄せて呟く。
つっても、千鶴の怒っている理由なんてさっぱり分かってねえけど。


「ま、たまには宍戸から迎え行ったらどうや?千鶴も喜ぶで」
「………そうか?」


そういうものなんや、と忍足に言われ俺は千鶴のクラスまで来る。
思えば、このクラスに寄ったことは数回しかねえな。
いつも用事がある時は登下校時に言うし、何かある時は千鶴がこっちまで来るからな。
そんなことを考えながらクラスを見回すと、何やら千鶴と跡部が話しこんでいた。


「………ね、変だと思うでしょ?」
「まあ、あいつらしくはねえよな」
「私だって鈍くないから、あれが嘘だって分かってるし」
「そんなに気になるなら忍足とかに聞けばいいじゃねえか」
「そうしたら亮にばれちゃうかもしれないし、皆教えてくれるか…」
「まあ、宍戸が口止めしてるだろうな」
「だから聞きたくても聞けないし…。ああもう、どうしよう…」


遠くから見ている限り、会話の内容は全く聞こえてこねえけど…。
何やら千鶴が不安そうな顔つきで跡部と話してるな。
対する跡部も珍しく鬱陶しがらずに話を聞いてるし。
……相談事、か?
俺はどうしても気になって、その二人の傍まで行く。


「千鶴」
「あ、亮!ごめんね、つい話しこんじゃって…」
「いや、別にいいけどよ」


ちらっと跡部を見てみると、ふうと困ったように溜息をついて俺から目を逸らした。


「……何話してたんだ?」
「えっ」
「相談事か?何か困った顔してたけど」
「も…もしかして、亮見てたの…?」
「見てたっつーか…見えたっつーか…」


そう答えると、千鶴は跡部と話していた時よりも困った顔をした。


「えっと…!なんでもないの、どうでもいいことを話してただけだから!」
「そうか?そうは見えなかったけど…」
「ほ、本当に大したことじゃないの!ねえ、跡部」
「………どうだかな」
「!?も〜〜っ、跡部の馬鹿!」


呆れ顔で答えた跡部。
……これはからかっているようにも見えない。
となると、やっぱり気になるのは千鶴と跡部の話していた内容だ。
千鶴に困っていることがあるのなら、俺も力になりたい。
……つーか、俺が力になりたい。
跡部じゃなくて俺が。俺が……千鶴を守りたいから。


「教えろよ。困り事か?」
「っだから……大丈夫だって……」


俺には分かる。これが誤魔化そうとしている顔だって。
何年一緒に居ると思ってんだよ…。
こんなことに俺が誤魔化されるかってんだ。
そう…少し腹立たしい気持ちを抱えながら、千鶴に向かって言った。


「跡部には話せて、俺には話せねえことなのかよ」
「えっ……」
「俺は心配してるんだぜ?お前が困ってるんなら、力になりてえって思ってるんだぜ?」
「亮……」


眉を寄せながら少し強い口調で言うと、千鶴は切なそうに顔を歪めた。


「………亮だって…誤魔化したじゃない…」
「……?」
「お昼休みの時の話……亮だって、私に教えてくれなかったじゃん」
「っ、あれは……」
「それと同じだよ!私だって、亮に言いたいことと言いたくないことがあるの!それなのに私ばっかり責めないでよ!」


辛そうに声を荒げる千鶴。
その声は辺りに響き、少しクラス内が静かになる。
俺はその内容に驚きを隠せず、目をまん丸にして千鶴を見つめた。


「……ごめん。私、先に行ってるから…」
「っ千鶴…!」


呼び止めるも、昼の時と同じように千鶴は聞かずに去って行った。
残されたのは動けず立ちつくす俺と、はあと大袈裟な溜息をついた跡部。


「……痴話喧嘩は他でやれよ」
「なっ…痴話喧嘩って…」
「一つ聞きたいが、幼馴染ってのは隠し事をしちゃいけないのか?」


跡部はじっと俺を見て言う。
その瞳は厳しく、責められているのかと思ったら……。


「少しくらい許してやれよ。お前の時だって追求されなかったんだろ。それくらい寛容じゃねえとモテねえぜ」
「っ……余計なお世話だ」


どうやら、俺を落ち着かせて状況を理解させようとしているらしい。
跡部らしい自分勝手なやり方だが、俺も高ぶった感情が落ち着いてきた。
そしてその場から走って千鶴の後を追う。





「……余計なお世話、か…」


走り去った宍戸の後姿を眺め、跡部は小さく呟いた。


「だったら、周りに必要以上に心配させるなよな」


それは、どことなく優しげな表情だった。





確かに、俺は千鶴に隠し事をされたと思って少しむかっとしてた。
今まで俺たちは…何でも言い合える幼馴染だったからな。
だから……今思うと、俺は初めて千鶴に隠し事をしたんだ。
ようやく分かった。あの時の千鶴がなかなか引き下がらなかった理由。
俺に話していた内容を秘密にされて…今の俺みたいに、悔しかったんだ。
幼馴染の自分にも話せないようなことがあるのかって…問い詰めたくなってきたんだ。
俺にだって話せないことがある。それは千鶴も同じだ。
だから、ああして責めることなんてできねえのに…。
ああくそ、後悔しても遅いよな。今は千鶴を見つけて、謝るのが先決だ。


「ここら辺か……」


走って走って、辿り着いたのはテニスコート付近。
千鶴は先に行ってるって言ってたからな…。
辺りを見回すと……居た。部室の近くのベンチに座ってる千鶴。
その横顔は少し暗く、悲しげだった。


「千鶴……!」


俺は走って近づく。それに千鶴は気付いたのか立ち上がった。
そしてすぐ傍まで来た俺を見て、何の迷いもなく言い放った。


「亮、ごめんね!」
「へっ…?」
「私我儘言って……あれから少し考えて…。誰にだって隠し事があるのは当たり前なのに…」


反省しているように呟く千鶴。
悲しそうな顔で続ける千鶴に、俺はなんだか優しい気持ちになった。


「謝るな。俺が悪かったんだから」
「え…」
「ったく、俺から先に謝ろうと思ってたのに」


そう言うと、千鶴は驚いてるような顔で俺を見上げてきた。
その真っ直ぐな目を俺は見つめ返し、言った。


「俺も、悪かったな。千鶴の気持ち考えてやれなくて…。幼馴染ってのにこだわりすぎだ」
「亮……」
「俺もさっき同じこと考えてたんだよ。俺にもお前にも、秘密にしたいことくらいあるよなって」
「……うん。無理に聞き出そうとして、ごめんね」
「いいって。俺もあんなところで責めちまったしな」


そう言って俺たちはお互いに笑みを浮かべる。
仲直りの印、だな。


「おし、仲直りもできたし、部活やってこうぜ」
「うん…そうだね」


そうして俺たちは二人並んで部室へと向かった。





本当はまだ、心のどこかで気になっていた。
(それでもまだ、この胸にある不安は消えなかった。)

千鶴が俺に何を隠していたのか。
(亮が私に秘密にしたことが何なのか。)

それは、本当に俺にだけ言えないことなのか。
(皆に言えて、私にだけ言えないことがあるの?)

もちろん口には言えない。
(この笑い合う仲を壊したくないから。)

でも、この複雑な気持ちが収まるわけでもない。
(秘密が気になって気になってしょうがない。)

俺に初めてした、
(私に初めてした、)

千鶴が誤魔化してまで隠そうとした、
(亮が誤魔化してまで隠そうとした、)

たった一つの、
(ただ一つの、)

初めての秘密。
(初めての秘密。)





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