「………」


今日の私はいつもと違います。
少ないおこづかいを貯めて貯めて……ようやく手に入れた、香水…。
前にちら、と見かけてそれから何だか欲しくなった。
それを、何と!
今日学校につけてきたんです!


「だ、誰か気付くかなぁ……」


女友達は敏感そうだから、気づいてくれそう……。
でも、あいつは?


「おっはよー。千鶴」
「あ、お、おはよ!ブン太」


幼馴染兼恋人のブン太。
家が近いから登校や下校は一緒だ。
小さい頃からずっと一緒だったから、ある意味学校中に知られているカップル……らしい。


「あれ?千鶴……」


きたきたきたっ!!
もしかしてっ、気づいた?
てか早くない?
ああ、ブン太の好きそうなバニラの甘い香りだからかな!


「何で今日髪上げてんの?」
「ほえっ?」


あまりにも検討違いな答えに私の喉から変な声が出た。
色んな意味の恥ずかしさで顔が赤くなる。


「……べ、別に」


香水は首周りと耳たぶの裏にちょっとかけたから……。
ちょっとでもブン太が気付いてくれるようにーって……。


「そうか?……っま、そっちでも似合うからいいけどな」
「っ……もう、ブン太……」


よくそんな恥ずかしいことをそんな無邪気な笑顔で……。
いや、それがブン太なのだけれど。
なのだけれど、私は未だに慣れないよ。


「ほら、そんなモタモタ歩いてると遅刻するぜぃ?競争すっか?」
「えーやだよ。ブン太足速いじゃん。置いてかれそう……」
「あのなぁ、俺がそんなに白状な奴に見えるか?」
「………そういう意味じゃないけど」


それでも競争は嫌だ。
私足遅いし……ブン太が軽く走っても私は遅れる。


「大丈夫だって。ほら、手繋げばお前のスピードに合わせられるだろ?」
「あっ……」


その言葉と同時に、ブン太は私の手をすくうように取り駆けだした。
私も自然と走る。
速い、と言ったら短く悪いと言って、少しスピードを落としてくれる。

ああ、愛しいな。
背中越しに呟いた。
大好きだよ。

でも、まだ香水には気付いてくれないんだなぁ………。

学校に着いた頃はギリギリ、というくらいの頃だった。
ドタバタと廊下を駆け、教室に滑り込む。
周りから冷やかしの声が上がるがいつものことなのであまり気にしない。
でも、残念なことに私たちは席が離れている。
そこで二人別れ、それぞれの席についた。
すぐ後に先生が来たから友達と話す暇はなかった。
でも後の休み時間、


「ねぇねぇ千鶴!」
「んー?」


後ろに座っていた私の友達が背中をつついた。


「もしかして、香水つけてる?」
「えっ!分かる?」
「分かるよー。ふむふむ、これはバニラの香りですね」
「当たりー。凄い、よく分かったね」


二人で話していると、他の子たちも段々と寄ってきた。


「もしかして、愛しの彼氏からの贈り物ー?」
「ん?呼んだかー?」
「もう丸井くん、何で今の言葉に反応するのよー」


あはは、と笑いが巻き起こる。
ブン太は「俺じゃないのか?」とか言いながら男子の友達のところに戻っていった。


「で、そうなの?」
「違うよー。私が自分で買ったの」
「ほうほう、彼氏を誘惑するために?」
「ちょっ、誘惑って……」


私は苦笑を浮かべた。
確かに香水を買ったのはブン太に気づいてもらいたい為もあるけど……。
私がこの香水を買ったわけ。
それは、その為だけの理由じゃない。
私はちらっとブン太を見てみた。
男子の中で一際目立つ赤い髪。
楽しそうに笑っている顔。
このバニラの香りは、何だかブン太を思い出させるから。
甘い甘い……ブン太の匂い。
お菓子のせいもあるかもしれないけど、私はそのブン太の匂いが大好きだ。


「それで、丸井くんには気付いて貰えた?」
「うっ……まだ」
「えー!マジで?」
「丸井くん鈍いなー」
「あはは、しょうがないよ。まだそんなに近づいてないから……」
「嘘だー!今日手繋いでくるの見たんだぞー!」


その後は散々からかわれた……。
その結果、『何としてでも今日のうちに気づかせなさい』って言われた……。
もう、ブン太は気付いてくれるよ。
そうでしょ?
ブン太……。





それからあっという間にお昼休み。
私はいつもブン太と屋上で食べているから、今日も二人で屋上に向かった。


「んー!今日はいつにも増して晴天だなー」
「そうだね。あったかいから座ってるだけで気持ちいい……」


この時期にしては珍しい、ぽかぽかとした陽気。
それはブン太も同じように感じているみたいで、私の隣に座るとフェンスに背を預けて目を閉じた。


「ブン太、眠いの?」
「ん〜……いや、こうしてるとさ、」


首だけを私の方に向けて、優しく微笑む。


「千鶴の匂いが、心地良いなって思って」
「え……?匂い…?」
「ああ。朝からしてる、バニラの香りな」
「朝からって……気付いてたの?」
「ったりまえじゃん。俺が、お前の変化に気づかないとでも思ってた?」


優しい笑みが少し意地悪にも見えた。
なんだ、気づいてたのか……。
もう、だったら何か言ってくれたら良かったのに!


「俺だって我慢してたんだぜ?朝っぱらから千鶴を襲わないようにな」
「お、襲わないようにって……」
「だってさ、」


ブン太はむくっと身体を起こすと、そのまま倒れるように私の上に覆いかぶさる。
私の後ろはフェンスで、横にはブン太の両手があるので完全に囲まれてしまった。


「ちょっ、ブン太……?」
「髪上げて、そんな甘い匂いまき散らされて……気にしない方がおかしいじゃん?」


私の視界には鮮やかな赤。
ブン太の髪だ。
その綺麗さに一瞬見惚れてしまっていると、気づいた時には耳のすぐ近くであたたかい吐息がかかった。
それはブン太の所為だとすぐに実感する。


「っ……ブン…」
「食いつきたいくらい、その香り……俺を誘ってるぜ?」


そう囁くと、何かが耳たぶに触れた。
あったかくて、湿った感触……。
ブン太の舌だ。
ぺろ、私が香水をつけた部分にブン太は舌を這わせる。


「ひ、ゃっ……ブン太…っ!」


私は恥ずかしさに限界がきてブン太の名前を呼んだ。
すると、ブン太は聞いてくれたのか顔を遠ざけてくれた。


「千鶴、顔真っ赤だぜぃ?」
「っ……誰の、所為よ……」


自分でも分かっていることでも、指摘されるともっと頬が熱くなる。
対するブン太は、私の反応を楽しそうに見ている。


「悪い悪い。だって、千鶴が可愛くて」


ああもう。
ブン太はずるい。
怒ろうと思ったのに……また、そんなはにかんだような笑顔になって。


「〜〜〜っ……もう、ブン太大好きっ…!」
「うおっ」


恥ずかしさを紛らわす為か、気持ちが抑えられなくなったのか、判らない。
でも無性に……抱きつきたくなった。
ぬくもりを感じたくなった。


「ったく…。ま、いっか。千鶴の甘い声も聞かせてもらったし」
「っだから……!……もう…バカ」
「はいはい。千鶴、大好きだから、許してよ」


半分安心させるように、でも半分真剣に。
そんなブン太の言葉に、私は静かに頷いた。
ブン太も恥ずかしがっているのが分かったから。
密着した身体を伝って
心臓の鼓動が……心地よく、でも激しく動いているのに気付いたから。





甘い香りに高まる鼓動
(ほら、やっぱり貴方の香りだったよ)



1周年記念アンケート第2位の丸井くんです!
ブンちゃんの甘い夢は途中からヒートアップするので考えに考えたんですが……。
やっぱり、ブンちゃんの欲望は止まりませんでした(笑
いや、本当はほのぼのの終わりでもよかったんですよ!?
それでも……管理人は狼なブンちゃんが好物ですので!
野性的なブンちゃんなので平気かt(ry
1周年ありがとうございます!
20080920.