千鶴side


それから翌日。
今日も朝早く起きて、テニスコートに向かう。
テニスコートまで行くと…放課後よりは少ないけれど、ギャラリーたちが居た。


「朝なのに…凄い熱気」


朝も来るということは、相当なファンなんだろう。
きゃーきゃーと黄色い声援を絶え間なく送っている。
少しだけ、その気持ちを見上げてしまう。


「わ、私も……っ」


見ている場合じゃない。
私も、あんな風に……。
笑顔で応援するんだ。
フェンスまで近づくと、走り込みをしているのか…フェンスに沿ってレギュラーたちが走っていた。
それ以外の部員は邪魔にならないように中心辺りで素振りをしている。
私はフェンスに手をかけ、レギュラーたちの様子を見る。


「(丸井先輩……)」


もちろん、その中に丸井先輩の姿があった。
大分走っているのか、その額から首元にかけて汗が伝っているのが見えた。
息も上がっていて、苦しそう。
その姿を見ているだけで私の胸まで苦しくなる。


「が、んばって……」


苦しくて、でもドキドキして……うまく声が出ない。
言うまでもなく、私の今の言葉は他の子たちの声に消されてしまった。
思えば、こうやって誰かを応援するのって初めてかも。
しかも好きな人に。


「あっ…」


来る。
幸村先輩を先頭として……レギュラーたちが。
私のいるフェンスに、近づいてくる。
それに伴うように高鳴る心臓。
心臓ってこんなにも激しく動くものなのか、と感心するくらい。
だけど、視線は丸井先輩から離さなかった。
私は……丸井先輩の全てを知りたい。
だから私はここにいる。
嫌われても構わないって思っている。
もう一度、
丸井先輩の笑顔が見られるなら。


「―――――丸井先輩、頑張ってくださいっ!」


前方、丸井先輩と目が合った。
丸井先輩だけじゃない。
他のレギュラーの人も、反射的に私を見ていたみたい。
その中には、切原もいて。目が合った。
だけど私の視線の先にいるのは丸井先輩だけ。
ただ、丸井先輩だけが映っていた。
そして言葉を発してすぐ、私は笑顔を向けた。
緊張してうまくできたかは分からないけれど……。
この気持ち、届いてほしい。

そのすぐ後に予鈴が鳴り、幸村先輩が号令をかけて部活を終えた。
私は未だドキドキしている胸を押さえながら、部室に入っていく丸井先輩の後ろ姿を見送った。
あの時は急なことだったから、驚いたような顔をしていたけど……。
本当のところ、丸井先輩はどう思ってるのかな。
やっぱり……鬱陶しいとか、思ったのかな。
そう思うと少し切ないけれど、後悔の気持ちはなかった。
私は私なりに、自分の気持ちを伝えられたから。
好きな人を応援するって…なんだか、素敵。


「あ、出てきたっ……」


部室を見てみると、次々に人が出てくるのが分かった。
その中に特徴ある赤色の髪を見つけ、私は駆けだした。
昨日は隣には桑原先輩がいたけれど、今日は仁王先輩がいた。


「丸井先輩、おつかれさまです」
「………」
「その……」


いけない。
思わず丸井先輩の前に出て、そう言ったのはいいものの。
二の句が継げない。
何を話していいのか…分からない。
丸井先輩も黙り込んだままで…どうしよう。


「驚いたぜよ。秋月があんなに大声で応援してくるなんてのう」
「に、仁王先輩…」
「よほど本気なんじゃろうなぁ、丸井」
「……お前は黙ってろ」


仁王先輩の言葉に、丸井先輩は不機嫌そうに目を逸らす。
私は、わざと場を和ませてくれた仁王先輩の心遣いが分かり、


「……ほ、放課後もまた、応援しに来ますっ」
「………っ」


もう一度、笑顔で言うと、丸井先輩はまた不機嫌そうに顔を歪め、私の事を見なくなった。
そしてそのまま横を通り過ぎる。
私はすぐ振り向いて、丸井先輩の背中を見てみる。
それは…なんだか、この場から逃げるかのような背中だった。


「……気にするな」
「え…」
「あいつはのう、素直になれんだけなんじゃ。だから、諦めずに関わるのが一番じゃよ」
「あ…ありがとうございます…」
「おう。あの赤也が気に入ってるお前さんならやれる」
「?……でも、どうして仁王先輩が、」
「くく、俺は優しい先輩じゃからな」


そう言って先輩は私の肩にぽんと手をおいて、丸井先輩の後を追っていった。
よく意味は分からなかったけど、応援してくれてるってことで…いいのかな?
仁王先輩が詐欺師と呼ばれていることは知っているけれど、よくよく思うとあまりそうは見えない。
確かにどこか不思議なところはあるけど……。
昨日も、丸井先輩の居場所を教えてくれたりして。
さっきみたいに冗談ぽく自分で言っていたけど、本当に優しい人なのかもしれない。


「おーい、千鶴ー!」
「あ、切原」


部室の方を見てみると、切原が走ってくるのが見えた。
なんだかもう、この光景も日常風景みたい。
でも今日は……少し焦ってるみたい。


「今さっき仁王先輩と話してたよな?」
「うん」
「な、なんか妙なこと言われてねぇか?」
「妙なこと……?別に、大したことは話してないけど」
「そ、そっか……はぁ、よかった」
「?」
「あの人、ちょっと油断するととんでもないことするからなぁ…」


どうやら、切原は仁王先輩には気をつけてるみたい。
よっぽど嫌な経験したのかな……。


「それより、さっきの、すごかったぜ!」
「えっ」
「応援!まさか、千鶴があんなこと人前でするなんて思ってなくってよ」
「あ…私も、ちょっと勢いで言っちゃったところあったけど…」
「それでも充分だぜ!俺、感動した!」


目を輝かせて大袈裟に言う切原を見て、私はくすっと笑った。


「それは言い過ぎだよ」
「んなことないって!………あの言葉が、丸井先輩に向かってなければもっとよかったんだけどな」
「ん?何か言った?」
「なんでもねぇよ」


ふと切原を見ると、優しそうに笑っていた。
私はその笑顔を見て……切原には悪いと思いつつ、丸井先輩を重ねた。
1ヵ月前……丸井先輩はこうやって明るく笑っていたんだ。
部活の中でもムードメーカーっぽいところがあって……。
いつも、きらきらしていたのに。


「……千鶴こそ、俺の方見てどうしたんだよ」
「あっ、な、なんでもない」
「なんだよ、もしかして俺に惚れた?」
「な…そんなことないでしょ!」
「あはは、冗談だって!」


そんな調子の切原と教室に向かいながら、
私は頭の中に……思い浮かべた。
入学当初、自分が丸井先輩に惹かれた原因であるあの人の笑顔を。
優しげに目元を細めて、あたたかく言葉をかけてくれた時を。
あの時私が丸井先輩に救われたように。
私も、丸井先輩に何かしてあげられたらいいなと。





丸井side


「ブン太ー、さっきから顔が怖いぜよ」
「………」


席が前後ということもあって、前に座っている仁王が俺の方を見て顔を覗きこんでいた。
それだけでも不愉快だってのに、そんなことを言うもんだから…余計に苛々する。
こいつは、何がしたいのか分からない。
秋月に俺の居場所を教えたり。
昨日、俺に妙な事を聞いてきたり。


「無視はいかんぜよ」


それよりももっと気に入らないのが、こいつ自身この状況を面白がっていることだ。
どうして俺にこうも構ったり、秋月を庇ったりするのか……。
それがただの好奇心なのかお節介なのか……退屈凌ぎなのかも分からない。
だが、そう意味ありげな笑みを浮かべられるのが不愉快だ。


「うっせ。全部お前が悪いんだろぃ」
「おーおー、人の所為にしよるか」
「気まぐれなくせに、秋月の肩持つ気かよ」
「……別に俺はそうしとるわけじゃなかよ。俺は中立的立場にいるだけじゃ」


その曖昧な言葉に、俺は更に機嫌が悪くなる。
結局、こいつの考えていることは全く分からない。


「秋月は、良い子じゃと思うけどな」
「……は?」
「あれだけブン太から逃げられて、それでもしっかりと後を追う……。一途で、強い」
「………」
「さっきの応援の時だって、あんなに笑顔で……」
「だから……だよ」
「?」


俺は眉を寄せて、呟いた。


「だから……気に食わねぇんだよ。なんで、笑ってんだよ……あいつ」
「………」
「普通、笑わねぇだろ…。嫌いって、言われた奴に……」


俺だったら絶対に笑えない。
本人を目の前にして……何もなかった風を装って。
笑うなんて無理だ。
だから、気に食わない。
どうして…あれだけ言って、俺に関わることを止めないのか。
それが、昨日から気になって。
ついついあいつのことを考えてしまうのが、自分でも悔しかった。


「……それが、本気なんじゃろ」


仁王のその言葉には何も返さなかった。

初め、告白された時……こんな抜け殻みたいな俺を想い続けるのは止めたほうが良いと言った。
それ以上傷つかないためにも。
それなのに…あいつはことごとく裏切る。
何度突き放してもしがみつく。
何度嫌いと言っても好きだと言う。
………俺だって、そうしたかった。
だが、もうそうすることはできない。
そうしたかった相手はもう、ここには居ないから。
一人で……空の上に居るから。

だから俺も一人で居るんだ。
あいつを想いながら。
それで……いいんだ。
それが俺の決めた……一途な想い。





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