丸井side


「どうしようもないくらい、大好きなんです」


そう言った秋月の表情は、なんだか優しげで。
俺がこれだけ厳しく…断っているのに。
なんでそんな顔になれるのか、不思議で仕方がなかった。


「お前がそうでも、俺は……」


俺の心には、まだ真澄が居るんだ。
1ヵ月経っても…鮮明な記憶、思い出。
絶対に忘れたりなんかしない。
真澄と交わした言葉。
その時の表情、声。
あいつの笑顔―――――

ぜんぶぜんぶ、俺の大事な思い出であり、真澄が生きていたという証なんだ。


「っなんで、そこまで俺に構うんだよ…」


目の前の2年は、俺が真澄のことを忘れないと知っている。
それなのに俺を好きだといい、傍に居たいと言っている。
どこにも、自分にとっての幸せなんてないのに。
報われない恋。
届かない想い。
傍にいるのに……遠く思う、そんな関係。
なぜこいつはそれを望むんだ?


「私は、丸井先輩の笑った顔が見たいんです」


俺の問いに、また笑顔で答える秋月。
なんでそう笑えるんだ。
俺は、お前を拒絶しているんだぜ?


「………俺は別に、お前なんかいなくても笑える」
「そう思ってるのは……強がり、ですよ」
「っお前に何が分かる!」
「だって、テニスをしている時の丸井先輩、全然楽しそうじゃありませんでした」
「………っ」


まさか、見てたのか?
ああ……俺のことが好きなら、それくらい当り前ってことか?


「うぜえ」
「っ…」


俺ははっきり、そう言った。
こいつの真っ直ぐな目を見ていると、苛々する。
俺は優しくなんかない。
真澄にだって……最後まで気を遣わせて。
約束も守れなくて。
未練……たらたらで。


「もう俺に付きまとうな。迷惑だ」


そう言うと、秋月は切なそうに顔を歪めた。
泣くか、と思ったけど……泣かなかった。
それから秋月も何も言わず、俺も何も言うことがないから視線を逸らした。
これで分かっただろ。
俺にはもう何も必要ない。求めてもいない。
もう……恋なんか、しない。
背中を向けて歩き出す。
すると、


「っ私、諦めませんから!」


意志の強い声が、俺の耳に届いた。
思わず振り向くと、秋月の笑顔。


「っ…!」


俺は下唇を噛んで、再び前に歩き出した。
なんであいつはこんなにも俺に構うんだ。
あんな真っ直ぐなやつ……俺は嫌いだ。
先程の秋月の言葉や笑顔を忘れようと、俺は頭を振って部室に戻った。


「っ赤也!」


部室に戻ってすぐ、赤也の胸倉をつかむ。
まだそこにはレギュラーのメンバーが居たが、そんなことはお構いなしだ。


「丸井!いきなり何をしている!」
「うるせえ!お前には関係ねーだろぃ!」


真田が止めに入ったが、俺も引かない。
そして俺はこの苛々を赤也に向けた。


「お前、知ってたのか」


目の前にある赤也の顔を睨み、言った。
赤也は苦しそうに顔を歪めていたが、


「っ…それは、あいつが丸井先輩に告って振られたってことがッスか?」
「ああ。知ってて……俺にまた会わせたのか」
「そうだったら……何か悪いッスか?」


悪びれた様子もなく、そんなことを言う赤也に切れて、俺はロッカーに突き飛ばした。
ガシャン、という金属音が部室内に響く。


「丸井くん…!やりすぎです!」
「何があったかは知らないが、もう少し落ち着け」
「うるせえ!部外者は黙ってろ!」


はぁ、はぁと息を荒げ俺は言う。
赤也は突き飛ばされた身体を起こし、俺を睨んだ。
もしかしたら切れているかもと思ったが、そんな様子はなかった。


「……丸井先輩、あいつの話ちゃんと聞いてやったんスか?」


それどころか、妙なくらい冷静だった。


「話……?」
「あいつ、本気なんスよ。昨日振られても、事情を知った途端頑張るって……あんたを元気づけたいって言ったんスよ?」
「っ……だから、」


俺は歯軋りをし、


「それが迷惑だっつってんだろい!」
「なんでッスか!」
「俺には真澄がいる。励ましなんていらねーんだよ!」
「っ、それ冗談言ってんスか…?真澄さんは、もう…!」


そこで、喧嘩は中断された。
幸村が俺たちの間に入ったから。


「っ部長…!」
「赤也、それ以上は言うべきことではないよ」


そう凛とした声で言うと、赤也は口をつぐんだ。
そして幸村は、今度は俺を見て、


「ブン太も、少し冷静になったらどうだ」
「っだけど…」
「俺は何も知らないが、話を聞いている限り赤也を責める正当な理由は見つからないようだ」
「……ちっ、」


そう言われ、俺も仕方がなく黙った。
まだ胸の奥が熱い。
心臓の鼓動が止まらない…。
少し…興奮しすぎたみてぇだ。


「ほら、分かったのなら帰るぞ」
「………」


俺は自分の荷物を取ると、誰よりも先に部室を飛び出した。
……分かってる。
今のはただの八つ当たりだって……。
でも、他に怒りの矛先がなくて。
秋月には…何を言っても、すぐに受け入れられちまうから。
とにかく、その場から離れたかった……。





切原side


「一体、何があったというのです」
「………」


丸井先輩が飛び出して行った後、残っている先輩たちが俺を見て心配そうな顔をしていた。
幸村部長も理由を知りたがっているのか、俺の前から離れてくれない。


「……別に、何もッスよ」
「そうは思えないな。あんなにブン太が取り乱すのは珍しい」
「参謀の言う通りじゃ。何かあったとしか思えんじゃろ」
「っ……先輩たちには、関係ないッスよ」
「だったら巻き込むなよ」


ジャッカル先輩が溜息をついて言った。
俺は少し口を尖らして、


「悪かったッスね…。でも、ほんとに何もないッスから」
「嘘をつくでない」
「ふ、副部長……俺は嘘なんてついて、」
「まあいい」


今度は目の前の幸村部長が溜息をついた。
俺は少しびくびくしながら見上げると、


「真田、このことにはあまり干渉しないようにしよう」
「む、何故だ……」
「本人が大丈夫と言っている。それに、二人とももう子供じゃないんだ。自分たちの事くらい解決できる」
「だが、」
「真田、赤也が信じられないのか?」


部長がそう言うと、真田副部長も少し言葉に詰まっていた。
そして、じっと俺を見る。
……なんか、物凄く疑われているような視線。


「……幸村がそこまで言うのなら仕方がない。少し大目に見てやろう」
「ふぅ……」


その言葉で、俺もようやく安堵した。
さて、


「ってことなんで、俺先に帰るッス!」
「待て赤也、まだ話は…」
「おつかれっしたー!」


副部長は話をすると長いからな。
俺は早急に荷物を持って部室から出た。
そして、すぐに校舎裏に向かった。





千鶴side


私は丸井先輩が去った後も、ずっとその場に居た。
動けなかった……と言っていいかもしれない。
それくらい、丸井先輩の表情は怖かったし、言葉も胸に突き刺さった。


「………丸井先輩、」


すごく、怒ってたなぁ。
こうなることは分かっていたけど……結構きつい。
あんなに拒絶するなんて…本当に、真澄さんを愛しているんだと分かった。
でも、これで自分の意志もはっきりした。
私の事を応援してくれている切原のためにも、私が諦めてたらいけないよね。


「千鶴ーっ!」
「あ、切原…」


遠くから手を振ってこっちに来る切原。
私の元まで走ってくると、にかっと笑った。


「どうして……私が帰ってないって分かったの?」
「ん?直感だよ。俺、千鶴については結構分かるんだよ」
「………そっか」


私を元気づけようとしてくれているのか、明るい声音で、優しい表情で言った。
その心遣いに、ふと胸があたたかくなるのを感じた。


「丸井先輩に……ひどいこと言われたんだろ?」
「えっ……」
「先輩、すごく荒れてたから」
「………」


会ったんだ…。
きっと、切原が私と何か関わりがあるって気付いたんだ。
それで…切原を責めたんだ。


「ごめんね…。切原にまで迷惑かけちゃうなんて、」
「俺のことは気にするな。それより大事なことがあるだろ」
「………」


そう言って、真剣な顔をする切原。
私の事を心配してくれているのがよくわかる。


「……優しいね、切原は」
「っば、馬鹿!俺は別に……ただお前のことを心配してるだけで…」
「ふふ、知ってるよ。ありがとう」
「………」


そう言って私は笑うと、今度は眉を下げて、


「……なぁ、悲しく、ねぇのか?」
「え…?」
「さっきから笑ってるけど…、俺に気なんか遣うなよ。泣きたい時は泣け」


言葉が優しい。
嬉しいけど……今はその言葉、私には必要ないよ。


「大丈夫だよ」
「でも…」
「これは、強がりでもなんでもないから」
「千鶴、」
「本当にね……涙、出ないの」


すごく悲しくて、すごく切ないけれど。
泣きたいとは思わない。


「私が泣いたらいけないんだよ、きっと」
「……なんで?」
「丸井先輩を支えてあげたいと思っているのに、こんなことで泣いちゃうのは、不謹慎だってこと」
「………」
「泣いても何も始まらない。切原に教わったんだよ。行動あるのみ!……ってね」


そう言ってにこりと微笑む。
悲しいから泣くんじゃない。
私、分かったの。
涙が出てくるのはね、悔しいからだって。
私は、くじけない。


「千鶴……」
「ん?」
「お前、強くなったな」
「……そう、かな?」
「ああ。初めて会った時なんて、気が弱そうで大人しかったのに」
「ふふ、じゃあ切原の影響が強かったのかも」


1年の時、偶然隣になった私と切原。
その時私たちは本当に対照的で。
でも、明るい切原に何度も元気づけられた。
そのおかげで私にも友達ができた。
切原には感謝している。


「言ったな。……でもま、大丈夫そうでよかったぜ。泣いてるかと思ってすっ飛んできたのに」
「私、もう泣かないようにするよ。逆に、ずっと笑顔でいる」
「……千鶴」
「だから、応援してて。頼りにしてるから」
「わかった。任せとけ!」


そう言って私たちはまた笑った。

その日は切原が家まで送ると言ってくれて、その言葉に甘えて二人で帰った。
帰り道でも切原は何度も私を励ましてくれた。
切原の気遣いに、また明日も頑張ろうと思えたよ。
ありがとう。





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